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第10話 会いたくて会いたくない
怠い身体を起こしてインターホンのモニターを確認すると、真弘さんの姿が映っていた。
昨日の事を考えると部屋に入れるのはやばいだろう。
玄関先だけで済まそう。
そう思い俺は、玄関に向かい扉をゆっくりと開いて顔だけを出した。
「真弘さん」
「あれ、昨日より顔色よくなさそうだけど、大丈夫?」
心配そうな声が響き、俺は苦笑して答える。
「ちょっと今日はよくないから……すみません、ここで失礼します」
「……そう」
あれ、真弘さんの声が少し冷たいような気がする。
「ねえ、秋斗君」
「な、何ですか?」
言いながら俺は、思わず口を押える。
真弘さんの匂いが昨日よりも強く漂ってくる。
アルファって、匂いをある程度コントロールできるんだよな……ってことはこれは……わざと、真弘さんはフェロモンを出している?
なんで、どうして?
真弘さんは微笑み持っているビニール袋を俺の前に差し出す。
「お昼、ちゃんと食べなよ」
声はとても優しいのに、真弘さんからダダ漏れる匂いに俺はくらくらしてくる。
これ……どういうことだよ……?
なんで真弘さん、こんなことするんだ?
混乱する俺をよそに、真弘さんは俺に袋を押し付けそして、ぐい、と顔を近づけて言った。
「僕を頼ってもいいんだよ?」
真弘さんらしくない、低い声に俺の心臓が高鳴るのを感じた。しかも……真弘さんの匂いが俺の身体を包み込む。
何だよこれ……やばい、このままじゃあ俺、真弘さんに縋りたくなってしまう。
俺は首を振り、
「だ、だ、大丈夫だから」
と、震える声で答えた。
「じゃあね、また明日も来るから」
その言葉に俺は全然返事ができず、身体の奥が熱くなるのを感じ慌てて扉を閉めた。
結局、真弘さんが帰った後ひとりでオナって、でも穴に挿れるものなんて何もないから指でやるしかなくって満足はできなかった。
やっぱ玩具を買うべき?
いいやでも、そんなのプライドが許さない。
それでも抑えきれない性欲の処理に困り、俺はただひたすらペニスを扱くしかなかった。
そして翌日。七月三日日曜日。
さすがに四日目となると身体がかなり軽い。
でもだからと言って外に出る勇気はなかった。
どうしよう、明日大学行かねえとなのに……でも、明日になったら大丈夫かな?
自分じゃあ、オメガの匂いがどれくらいするのか分かんねえしな……
明日は大丈夫だろう。
あぁ、大丈夫だと信じたい。
んで、来週の土曜日は通院だ。
俺の身体の事、調べてもらわねえとな……
その日の昼も真弘さんがご飯を届けてくれたけど、特に変わった様子はなかった。
昨日はフェロモンダダ漏れだったのに、今日はそんなに匂い、しなかったな……
何だったんだろ、あれ?
そう思いながら俺は、真弘さんが持って来てくれた肉じゃがと卵焼き、それに漬物とおにぎりを食べる。
とりあえず薬飲んで寝て、体調に問題なさそうなら明日大学行こう。
二限目からだから大丈夫だろう。
そう思い日曜日はぐだぐだと過ごした。
その週末、七月八日金曜日。
発情期を乗り切った俺は、いつものように真弘さんのバーを訪れる。
時刻は六時過ぎ。時間も早いため客は俺しかいなかった。
あの人……神宮寺さん来るかな。
そんな想いが一瞬よぎる。
って、なんで俺、神宮寺さんに会いたがっているんだ? オメガとして生きる覚悟もねえのに会うのは失礼だろ。
そんな想いを打ち消して店内に入ると、真弘さんが笑顔で迎えてくれた。
「あぁ、秋斗君、いらっしゃい」
「こんばんはー、真弘さん。お昼ありがとう。すっげー助かったよ」
言いながら俺は、カウンターの指定席に腰かける。
「それならよかった。何飲む?」
「えーと、ジントニック」
「わかった」
カウンターの向こうで真弘さんが動いてる。
お酒の前に出てきたのは、おにぎりだった。
「あ」
「どうせ食べてきてないんでしょ? 食べてからじゃないと胃によくないから、先にこれ食べてて」
「あはは、いつもすみません」
礼を言い、俺はおにぎりを食べる。
他愛のない会話を真弘さんとかわし、二杯ほどお酒を飲んだ頃には店にお客がやってくる。
そうなると俺の帰る時間だ。
俺はお金を払った後、店を出て階段を上る。すると、記憶に刻み付けられている匂いがした。
この匂い……忘れたくても忘れられない匂いだ。
見ると、階段の入り口から少し離れた所に、スマホを見つめて立っているスーツ姿の神宮寺さんがいた。
彼は俺に気が付くと、微笑みスマホをポケットにしまい手を振る。
「こんばんは」
「こ、こ、こんばんは」
会いたくて会いたくなかった。
相反する想いが俺の心を埋め尽くす。
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