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第7話

「いくらだ?」  店を出る時には既に会計が済まされていて、朝霞は払うタイミングを見失ってしまった。とりあえず、タクシーに乗り込んで、朝霞は支払いを返そうと谷山に言ってみた。 「いいですよ」 「そんな訳に行かないだろう?俺の方がかなり年上なのに」 「まじめですね、課長は。でも、今日はいいです。デートですから。誘った僕が払いますよ」  遠山は朝霞からお金を受け取る気はない。ときっぱり断ってきて、年下の遠山に払わせてしまったことをなんだか申し訳なく感じた。谷山にしても遠山にしても、朝霞の想像を超えてこういうことに手慣れている気がする。朝霞は二人よりも年上だしそれなりに経験も積んでいるから、朝霞もデートとかそういう時に二人と同じように対応するが、遠山に至っては新卒の会社員なのに慣れすぎだろう。 「着きましたよ。支払いはこれで」  そんなことを考えている間に、目的地に着いたらしく乗っていたタクシーが止まった。遠山は朝霞に声をかけながら運転手に支払いをしていて、朝霞が財布を出す隙を与えて来ない。タクシーの中で支払いがどうこうともめるのも気まずいものがある。朝霞は、遠山に「悪い」とだけ伝えると遠山は「いえ。行きましょうか?」と言ってタクシーから降りた朝霞を店の入口へと案内した。  洋館のような建物の、入口を抜け階段を下りて地下へ進むと、もう一つの扉が見えた。 「すみません、正臣さんの紹介で来た遠山です」  黒い制服を着た男に、遠山が声をかけると男はどこかに電話をかけ始めた。しばらくすると内側からドアが開かれ一人の男が姿を現した。  「いらっしゃい。渚、本当に来たんだな。初めまして、オーナーの佐伯正臣です。どうぞ」  身長は遠山と同じくらい、年齢も同じくらいなのだろうか。佐伯が遠山に『渚』と声をかけている所を見ると親しい間柄なのだろう。遠山とは少し違う雰囲気だが人懐っこそうで、とても健康的な青年だ。  「正臣さんが誘って下さったので、来てみました。楽しみにしています」  「期待していいと思うぞ。っつか、渚、なんだその話し方。普通でいいのに。正臣さんって気持ち悪い」  遠山が佐伯に挨拶をすると、佐伯は遠山の様子がおかしいと言い出した。朝霞としてはいつもと変わりがないように見えるが、佐伯の口ぶりからすると佐伯が知っている遠山はこう言う雰囲気ではないのだろう。まあ、佐伯と遠山の年は近そうだから、同年代と話す時は敬語も使わないのだろうし、少し違うのかもしれない。  「まあ、色々と。ですよ」  遠山が少し含みを持たせたような言い方をすると、佐伯は遠山と朝霞の両方をちらりと見た。そして何か考えるようにして、遠山に言う。  「なるほど。そういう事…。あ、そうだ、コースターとか選んでから席に案内してもらえよ?真正面のとこ空けてあるから。遼、…琉唯はステージの後顔見せるって」  「わかりました。ありがとうございます」  佐伯は遠山にそう言ってから、近くにいたスタッフに声をかけると遠山と朝霞を店内に案内するよう、指示を出した。若いのに、オーナーなんて大したものだな、と考えていると佐伯に指示を出された店員が朝霞と遠山を席に案内して説明を始めた。  「グラスや瓶につけるゴムの種類は四種類です。性対象が女なら赤、男なら青、両方若しくは問わないならレインボー、わからない場合や知られたくない場合は白です。コースターは属性です。Sなら赤、Mなら青、どちらも可能なら紫、不明や知られたく無い場合は白をお選びください。ファーストドリンクもお伝えいただければ席までお持ちいたします」  流れるような説明を受けたものの、朝霞はよく意味が分からなくて、頭の中で復唱してみた。  ――性対象と属性?なんだそれ?

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