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颯真くんと司くんの場合
「そうだ司! 水風呂しよう水風呂!」
「へ? 水風呂?」
暑さにうだる7月後半の土曜日。
珍しく二人ともバイトが休みなのに、暑すぎて何もやる気にならなかった午後。
いきなり颯真が飛び起きたと思ったら、ゴソゴソ鞄を探りながら水風呂を提案してきた。
「昨日さ、ハッカ油もらったんだ」
「はっかゆ? 何それ。お湯?」
「お湯じゃなくて、えーと……なんだっけ。アロマオイル?」
「へ~? ……で、なんで水風呂? アロマオイルって焚いたりするやつじゃないの?」
「お風呂に入れたら涼しいんだって」
あったあった、と嬉しそうに取り出してきたのは、緑のラベルが貼られた小さな瓶だ。
「新海さんがくれたんだ。なんか、翔太が猫拾ってきちゃったらしいんだけど、猫にはハッカが猛毒だから使えなくなっちゃったんだって」
「へ~、そうなんだ」
「暑いし、どうせなら水風呂に入れてみない? 足だけとかでも涼しくなるかも」
水貯めてくるね~、と浴室に走った颯真を見送って、小瓶の蓋を開ける。
恐る恐る鼻を近づけたら、ハッカの爽やかで涼しげな香りがして、それだけで体感温度が下がるような気がするから不思議だ。
「匂いってすごいなぁ」
ふんふん鼻を鳴らしてもう一度香りを楽しんでから、颯真にも涼しい体験してもらおうと自分も浴室に走った。
*****
10㎝程度の水が張られた浴槽に、ハッカ油を垂らす。ちょっと手が滑って5、6滴くらい入った気がするけど、適量も分からないからまぁヨシとした。
目が覚めるようなスッキリとした香りに目を細めて、せーので素足を浴槽へ。
そろりと滑り込ませたら、つめてー、と互いの口から揃って声が上がった。
「ひゃ~、すごいね、きもちぃね」
「ちょっとこれ、もっと水足す!? バシャバシャしたくない!?」
「いいねそれ、やろうやろう!」
今だけはどんだけ司が可愛くてもエロスイッチよりワクワクスイッチが入るのは、男のサガなのかなんなのか。
水道代定額の強みはこんな時に発揮するんだなぁなんて思いながら、蛇口を捻って20㎝程度まで深さを出してみる。
二人で狭い浴槽にそろりと入り込んだら、膝下くらいまで水に使った状態になった。
「っひゃ~、つめた~!!」
「なんだこれ気持ち~」
妙なテンションになって狭い浴槽でキャッキャしてたら、服がびしょびしょになるのはお約束で。
この際全裸(下着は安全を考慮して着ておいた)も、まぁお約束の範囲内だ。
ただしハッカ油じゃなければ、の注意を誰もしてくれなかったのが、痛恨のミス。
びしょびしょになった服を脱ぎ散らかして、本格的な水遊びに突入して10分ももっただろうか。
「ねぇそうま」
「うん……?」
司が何を言いたがってるのか----理解できない訳がない。
「……さむくない?」
「さむい」
ハッカ油を舐めていた訳ではないが、たかだかアロマオイルごときと思っていたのは事実だ。換気扇がついたままだったことも影響しているかもしれない。
「あがろ?」
寒さに震える声を出した司の肩を、抱えるようにして浴室を出る。
タオルで体を拭いてもまだ寒い。
最初は足だけパチャパチャするつもりだったから、着替えは持ってきていなくて。
とにかく服を着ようと、全裸のままでリビングに駆け込んだところで、水風呂前の自分達の無邪気を呪った。
「だれー! クーラーつけっぱなしにしたのだれー!」
「颯真じゃん!」
「司だって付けとこって言ったじゃん!!」
叫びでもして気を紛らなければ、やってられない寒さだ。
ガタガタ震えながらタンスを漁って服に着替えながら、
「……ハッカ油すごいな」
「……すごすぎだよ」
「次は足だけにしよう……」
「クーラーも消しとこうね……」
ハッカ油の威力にひれ伏すしかなかった。
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