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短夜(みじかよ)(2)
花火が終わり、少しずつ人が少なくなった頃、流星のスマホが震えた。志村からのメッセージのようだ。
「知り合いとばったり会ったから、そっちと帰るだと」
「そうなんだ。ひとりじゃなくて良かった」
自分ばかり流星と楽しく過ごしてしまって申し訳ない、という気持ちがあった。流星は、なぜか笑みを浮かべてすばるを見つめている。
「俺らも帰るか」
頷いたものの、本当のところすばるは名残惜しさを感じていた。賑やかだった人混みは、潮が引くように減っていく。神社の階段を下りきると、なんだか特別な場所からいつもの雑多な地上へと戻って来てしまったような気がした。
腰の辺りまで稲の伸びた田圃の真ん中を、一本道が貫いている。蛙がけたたましいほど鳴いていた。
「田舎の夜って静かだと思ってたから、初めて来たときにはびびったな」
「うるさい?」
「いや? 静かすぎるとこえーし」
流星は肩を竦める。冗談めかしてはいるが、それはついうっかり零れ落ちた本音なのではないかとすばるには思えた。
好きで来たわけではない田舎だ。それも実の親に追われて。
流星が母親に言われたという言葉を、あらためて思い出す。
『あんたも人を不幸にする属性なの』
まだ十代前半、自分が『誘惑したんじゃないよな』と言われたのとさほど変わらない年齢だ。きっとショックだっただろう。
自分も流星も、呪いをかけられたのだと思う。
本来なら、守ってくれるはずの親からかけられた、呪い。
でも、自分の呪いは流星が解いてくれた。
誰かと一緒の食事。放課後の友だちとの時間。花火。お祭りの日の特別な食べ物。もう二度と味わえないと思っていたものを、全部流星が取り戻してくれた。
「お」
先を歩く流星が足を止め、満面の笑みで振り向く。
「流れ星!」
すばるが夜空を見上げると、まるでそれを見計らったかのように、幾筋もの光が夜空を滑り落ちていった。
星々の煌めきに導かれるように、思った。
流星が好きだ。
自分だって苦しみを抱えていながら『大丈夫か?』と訊ねてきた。
冷たくあしらいたいわけじゃないのに、そうしないといけなくて困っていたとき、助けに来てくれた。――ずんずんと机の上を歩いて。
流れ星を見つけたら、宝物を惜しみなく差し出すように真っ先に教えてくれる。そんな流星が。
気がつきたくなかった。
だって、自分はつがいを失ったオメガ、ストレイシープだ。
嘔吐や不定愁訴を軽くする薬は飲んでいる。でも、一生治ることはない。
好きになった相手と触れ合ったら、体調を崩してしまう。
唇を重ねることもできない。その先なんて望んでしまったら、発狂してしまうかもしれない――
そんな面倒な奴、誰が好きになってくれる?
ついさっきまで、流星に出会えて良かったと思っていたのに、今はつらい。
流星に出会う前なら、ある程度受け入れていたのだ。もう一生誰とも愛情持って触れ合えないことも。
今の時代、一生独身を貫く人も珍しくないんだから。そう自分に言い聞かせていた。たまたまきっかけが不幸な事故だっただけで、そういう人たちと変わらないと。
ひとりでも困らないよう勉強して勉強して、誰ひとり自分のことを知らない場所まで行って、ひとりでできる仕事を探して、ずっと一人で生きていけばいい。
出来ないことじゃない。
いや、簡単なはずだ。
『おまえが誘惑したんじゃない、よな』
あんなふうに言われるくらいなら。
歩き出したら、なにかが終わってしまうような気がして立ち尽くしていた。
同じように空を見上げていた流星が身じろぐ。どうやらスマホになにか着信があったようだ。
すばるは流星の背中を見つめる。たくましいその背中に、スマホをいじるその手に、触れたいと思った。――触れられないから。
「今日、おまえんち泊ってもいい?」
急に振り向かれてどきっとする。触れたいと思いながら流星の背中を見つめていたことに、気づかれてしまっただろうか。そんなはずはないと思うのに、やけにどぎまぎした。
「姉ちゃんの友だちたちも泊まるっていうからさ、騒がしくて」
「あ、うん。――」
応じた拍子、すばるは足に痛みを感じた。実は神社に着いた頃から怪しいとは思っていたのだが、限界を迎えたようだ。しゃがんで確認してみると、案の定鼻緒の当たる指の股に水膨れができている。
「どした?」
流星が手を差し出して来る。「大丈夫」と応じて手を取ろうとし、はっと我に返った。
触れたら、体調を崩す。悟られてしまう。流星に、おれの気持ちを。
「――ちょっと小石挟まっただけ」
足裏を気にするふりで、流星の手を無視して立ち上がる。
流星は、不意を突かれたような顔をして、立ち尽くしていた。
やばい。
気づかれた。触るのが嫌で無視したって。
いや、大丈夫。どうしてそうしたかまではきっとわかってない。
なんか言わなきゃ。でも言うのも変か? どうしよう。どうしよう――
高速で考えれば考えるほど、考えがより複雑に絡み合ってしまう。
途方に暮れるすばるの耳に、訝し気な声が響いた。
「――すばる?」
家の前に、人影がある。声の主が誰なのかを悟ると、さっきまで暑くて仕方なかったのに、冷水を浴びせかけられたように全身から血の気が引いて行った。
「――とう、さん」
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