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激しい雨(2)
一瞬、息をするのも忘れていたと思う。
「たぶん、今まで強い薬のせいでおかしくなってたんだと思う。さっきキスしたら、なんか体中がぐわーってなって――発情って、やばいんだな。正直、こうやって話してんのももうつらい」
「負ぶってくるの、我ながらドMだった。よく堪えた」玄関の扉越し、流星は冗談めかす。それから、酷く真摯な声が名前を呼んだ。
「――すばる」
名前を呼ばれただけなのに、心臓に直接触れられたような気さえして、すばるは息を呑んだ。
「おまえが――俺で良かったら、鍵、開けて」
怖い。
流星がおれの運命のつがい?
そんなの、信じられない。
でも。
本当はずっと求めていた。流星のことを。
震える手で錠のストッパーを上げる。カチ、という音が、妙にはっきりと響いた気がした。
扉を開けなくちゃ、と思った瞬間、それは反対側から勢いよく押し開けられて、打ち付ける風雨より激しく流星に抱きしめられた。
「――!」
なにを言う暇も、考える暇も与えられなかった。唇を塞がれる。不快じゃなかった。
不快じゃないどころか、それまで体の中で暴れていた得体の知れない熱が、行く先を見つけてすんなり流れ出したような感覚があった。
長く閉じ込められていた恋情が、ただ流星にだけ向かって流れていく。
キスも解かないまま、お互い靴を脱ぎ捨てた。濡れた足跡が廊下に残る。ふたりともびしょ濡れなのに、冷たいとは感じなかった。
息継ぎも忘れて口づけをくり返していたら、居間になだれ込んだ。
初めてまともに会話したあの日、この場所で、流星がすばるの一番欲しかった言葉をくれた。
あのときもう、運命は回り始めていたのかも知れない。
ずっとつらかった。
流星のキスは、好意を否定してきた体に、雨のように降り注ぐ。
真っ直ぐな瞳で問われた。
「噛んでも?」
全身が総毛立ち、うなじがちりりと熱を持つ。
――心臓止まりそう。
けれど、怖いとは思わなかった。
「――うん」
数え切れないほどキスをして、どうやらうとうととしてしまっていたらしい。
目覚めるとそこに、流星の満足げな顔があった。どうやらずっと腕枕をしてくれていたようだ。
――こういうこと、すっとできるの凄いよな。
不思議だ。
今日の昼まで必死で避けてきたのに、今は「この人がおれのつがい」と、すとんと腑に落ちていた。
胸の中にずっとあった大きな空洞が、今はない。新しく生まれ変わったというよりは、失っていたものがやっと元に戻った。そんな感覚があった。
十二のときに閉ざされた未来の扉が、やっと開かれた。
そう考えたとき、わずかに顔をしかめてしまったのを流星は見逃してくれなかった。
「――親のこと?」
どうせ流星相手に隠し通せない。すばるは頷いた。
誘惑したわけじゃない。ただ巡り会ったのだと話してすぐにわかってもらえるだろうか。
――難しいだろうな。
不意に流星の唇が眉間に触れた。
無意識のうちに皺を刻んでしまっていたらしい。
「まあ殴られるのは俺が引き受けるから、そのあとのことはまたそのあと考えようぜ。ふたりで」
ふたりで。
当たり前のように紡がれる言葉が嬉しい。
雨はいつの間にかすっかり止んでいて、流星の肩越しに見える中庭には日が差していた。嘘みたいに青々と晴れ渡った空だ。
知らない間に種がこぼれていたのだろう。植えた覚えのないひまわりが、いつの間にか大きな花を咲かせていた。太陽に向かって、真っ直ぐに。
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