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08.芽吹き、踏みつける足

「飯、もうデキてるからな」  声が弾んでる。機嫌がいいみたいだ。ちゃんと拾わないと。 「何か……いいことでもあった?」  靴箱を開けてスニーカーをしまう。ものの2秒程度のことだったのに、顔を戻した時には触れるぐらい近くにいた。中扉から玄関までは5メートルくらいあるのに。流石の瞬発力だ。 「分かってんじゃん♪」 「ん……まぁ……」  ほっとする。とりあえず正解出来たことに。 「久々にやれたんだ」 「っ!」  背に嫌な汗が伝う。フラッシュバッグしかけた光景を、無理矢理に塗り潰した。 「相手は猿渡(さわたり)諸塚(もろづか)な」 「……どうして? 連絡先だって知らないのに」 「バーカ。ぐーぜんだよ。オタメイトでバッタリな」    所謂ホビーショップだ。二次元関連の諸々がとにかく何でも揃う。購入特典にも力を入れているのもあって、僕も何かとお世話になっていた。 「アイツらあそこでバイトし始めたみたいでさ」  確定だ。もうあのお店には行けない。検討の余地なしだ。 「向こうから話しかけてきたんだ。どの面下げて、だよな」 「えっ? そう……なんだ」  意外だった。けど、考えてみれば必然だった。中身は奏人(かなと)でも、ガワは尚人(なおと)なんだから。僕から2人に、なんていけるはずがない。 「聞いてもねぇのに色々と話してきやがってさ。アイツら、今何してると思う?」 「学生……かな?」 「専門でゲームの勉強してるんだと」 「へぇ……! そうなんだ……」  肩が軽くなる。本当に良かった。 「プログラムの勉強とかしてるのかな? 何にせよすごいね。夢に向かって一直線って感じで」  奏人が噴き出す。無邪気だけどひどく冷たい。嫌な予感がする。これまで何度となく見てきた。その度に悪いことが起こった。 「何、したの……?」  やっとの思いで声を絞り出せた。知りたくない。けど、知らないままじゃ何も出来ないから。 「友情、努力、勝利! みたいなゲームを創りたいんだとさ。嗤えるよな?」 「嗤えない」 「あ?」  奏人の眼差しが鋭くなる。この目も苦手だ。でも、引かない。引いちゃいけない。 「立派だよ。すごく」  奏人は、猿渡君達の方から話しかけてきたと言っていた。勝手な想像だけど、相当な勇気をもっての行動だったんじゃないかと思う。少なくとも今の僕には出来ない。 「忘れたの……?」  途端に奏人の雰囲気が変わった。(おぼろ)げな輪郭。じめじめとした暗い瞳。尚人のつもりなんだろう。でも、これは僕じゃない。僕にはもう怒りの感情はない。あっちゃいけないんだから。 「君達が、僕にしたこと」 「……止めて」  お願いだから。目でも訴えた。けど、奏人は聞き入れてくれない。嬉々として続ける。古傷にナイフを突き立てるように。 「創れるはずないよね? 群れて、(ひが)んで、叩くことしか能がないんだから」 「~~っ」  そんなことを言ったの? 猿渡君達に? 理解したのと同時に、ドアノブを掴んだ。 「どこ行くんだよ」 「猿渡君達のところ」 「何しに?」 「謝りに」 「何でだよ」  聞きながら反発してる。必要ない。本気でそう思ってるんだ。 「お前はなんだぞ?」 「だよ」 「練習行く度、殴られてたんだろ?」  お腹、背のあたりが鈍く痺れた。埃、砂、血の味と香りがする。図々しいことこの上ない。 「そんなの比較にならないよ」  冷たい雨が降り注ぐ。アスファルトの上には、見知った5人の身体が転がっている。その中には、猿渡君、諸塚君、(かける)の姿もあって――戦慄していた。見下ろす僕を見て。 「止めとけ」 「行かせて」 「尚人じゃムリ。よ」 「…………っ」  みっともなく(ひる)む。顔が下に沈んでく。痛感する。無様な現状を。そこに至るまでの果てしない道のりを。 「んな顔すんなって」  ――みっともないから。  強引に頭を撫でられる。ぐちゃぐちゃだ。目も当てられない。 「どのみち、この程度のことで挫けるようなら、遅かれ早かれ潰れンだろ」  一理ある。けど、諸手を挙げて賛同することは出来ない。もう二度と立ち直れないかもしれない。そんな可能性すらあるんだ。 「ほらっ、さっさと来いよ」  腕を引かれる。 「っ!」 「あっ! てめっ!」  弾いてしまった。反射的に。あの日と同じだったから――。

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