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33.毒牙(★)
「ぐぁあ!? あっ!? ぅ……はぁ……ッ!」
視界が明滅する。口が勝手に開いた。それなのに上手く息が出来ない。
「相変わらずいい声で啼 きますね~」
「や、めろ……っ!! ナオから離れろ!!!」
奏人 が近付いてくる。少しずつ這 いつくばりながら。
「何言ってんだ? ナオはアンタだろ」
「違う!! 俺が奏人――っ!!?」
「えっ……?」
直後、鋭い音がした。何かが破れるような、何かに突き刺さるようなそんな音が。
「な……に……?」
すごく近いように思う。横を見てみると――ベッドに何かが突き刺さっていた。
「包……丁……?」
深く刺している割りに刃が露出している。長い。幅も細いように思う。
「……てっ、てめぇ何、考えて……」
「ナオトだろ」
「は……っ?」
「お前はナオトだ」
底冷えする程に冷たく、暗示をかけるようにゆっくりと告げた。それを受けた奏人は、目を見開いたまま固まってしまう。
「ナオト、そこの壁のとこまで来い」
谷原 さんは顎で、ベッド横のリビング側の壁を指した。歩いて5~6歩程の距離だ。でも、今の奏人には遠い。歩けないからだ。辿り着くには這いつくばるしかない。
「……おい」
谷原さんの目が僕に向く。
「何か?」
「アイツには何もしねえ……そういう約束だろ?」
目に力を込める。斬られたって構わない。この条件だけは絶対に譲れない。
「っは、安心しろよ。約束通り触りゃしねーから」
触れずに辱 めるつもりなんだろう。睨 みつけると唇に指を押し当ててきた。
「しゃぶれ」
「………………」
無闇に反抗するのは危険だ。警戒を維持しつつ口を開く。
「ん゛ぅ!?」
1本だった指が3本になった。喉の奥まで入ってくる。
「オ゛ェッ! ……ふぅ……んくっ……」
生臭い。溢れ出る唾液が谷原さんの指を、手を濡らしていく。
「んっ、んぅ、んっ……んくっ……」
唇を窄 めて谷原さんの指を吸った。
「あがっ! んっ、んんぅ! んっ……」
指が前後に動き出す。ああ、そうか。これは口をアナルに見立てているのか。
「ナオ……っ」
「てめぇはさっさと来い」
「~~っ、くそが」
奏人は既に壁の近くにいた。
「あ゛ぐっ……~~っ」
あと1歩のところで蹲 る。脇腹の辺りを押さえてる。肋骨 が折れているのかもしれない。
「ノロ。オンナかよ」
「んぅ!」
口から指が抜ける。
「ゴホッ! がっ、ゲホゲホッ……はっ……!!」
喉に無数の針が刺さる。不味い。唾液を飲み下して痛みを紛らわす。
「どうしました?」
問いかけつつ指を口に含む。僕の口に入れていた指だ。そんな指を美味しそうに舐めしゃぶる。悍 ましい。僕には到底理解出来ない。
「ははっ、アンタは本当に俺のツボを突くのが上手いなぁ~……」
谷原さんは恍惚とした表情を浮かべると、僕のセーターをインナーごと持ち上げた。
「もっともっと愉しませてくれよ? ナァ!?」
「っ!!」
包丁のそりを裾 に当てると上に――僕の顔に向かって振り上げた。刃は僕の顎先を掠めて、谷原さんの頭上で止まった。斬られたセーターとインナーが左右に割れてベッドに広がる。
「えっろ……」
「~~っ!!! てめっ……」
「いい乳してんじゃねーの……」
谷原さんの血色の悪い手が薄く隆起した胸に触れる。硬い胸に谷原さんの指が沈み、手の平に潰された乳首が勃ち上がっていく。
「傷付けたら映えるだろ~なぁ~」
「やめっ!!」
乳首に切っ先が触れる。
「んっ……」
1回、2回と突いて、包丁の峰――背の部分に勃ち上がった乳首を乗せた。
「そそるねぇ~……」
「やめっ――」
「ンっ! ……ぁ……」
むしゃぶりつかれる。刃は僕の首の横に移った。身を捩ると当たったのか僅 かに斬れた。包帯が湿っていく。血が出たんだろう。息を詰めて耐え忍ぶ。
「かぁ~~っ、うめぇ~~っ」
「あっ! んっ、~~っ……」
熱く滑った舌先が乳首を弄ぶ。右に左にぐるぐる回して、ねっとりと舐め上げた。
「………っ」
乳首から唾液が零れ落ちる。酷く卑猥に見えた。僕は堪らず目を閉じる。
「~~っ、止めろ!!!」
「んんっ、あっ! んぁっ」
力任せに吸われる。鳴り響く淫猥な音。顔が熱く、背筋が冷たくなっていく。
「胸、はもう……」
「あ? ははっ、おねだりか? 可愛いじゃねえーの」
「あ゛っ!!? あっ! んくっ……」
好き勝手に拡げられていく。顎が反り返って、額がベッドに埋もれた。
「ほぉ~ら、ほぉ~らっ。うめぇか? オッサンのチンポはよぉ?」
「あっ! んん゛っ、んくっ……」
「あ? まだ馴染んでねえのかよ」
「そん、なの……っ」
「いい加減、可愛い声聴かせてくれよ」
「~~んのっ」
「昨日のあれ。最高に良かったぜ? 出せんだろ? なぁ?」
唇を噛む。口の中に血の味が広がった。
「ナオ……っ、もういい。もういいから」
僕は首を横に振って、無理矢理に口を開いた。
「あンっ! あんっ、~~っ、あっ♡ んぁっ♡♡♡」
「~♪ いいねぇ……」
「ナオ……」
奏人の声が悲嘆に沈む。『ごめん』『見ないで』漏れかけた言葉を呑み込む。
「あっ……」
涙が溢れた。ダメだ。こんなんじゃ。手の甲で涙を拭う。
「谷原ッ! ここで、いいんだろ……っ」
ゴンっと鈍い音が立った。奏人だ。指定通りの位置に壁を背にして座っている。
「で? どうすんだ――」
「オナニーしろ」
「は……?」
「ナオトとして、な」
奏人は目を伏せて、キツく唇を引き結んだ。
確かにそれなら谷原さんが奏人に触れることはない。だけど――。
「無理だ。ンなの見たことねえし」
そう。奏人は僕を貶 めることが出来ない。高尚な愛故に、だ。だから僕は入れ替わりを提案した。この狂乱の舞台から遠ざけるために。
「くぁっ!?」
「ナオッ!!!!!」
首を斬られた。包帯の守りもあってか傷は浅いように思う。なのに例えようもなく熱い。両肩に力が籠る。
「……狂ってる」
侮蔑の表情。けれどその声は震えていた。
「褒めてんのか?」
「くっ! う゛……っ」
谷原さんは僕の首に包丁を押し当てると、直ぐさま腰を振り始めた。
「っ、あ……~~っ」
「ナオ!!」
刃が包帯を、首の皮を破って、血管を斬っていく。錆びついた臭い。血が流れ出て包帯と胸を濡らしていく。
「止めろ!! 言う通りにする……からっ……」
律動が止まった。でも、包丁は変わらず僕の首筋にある。
「ンっ……くっ……はぁ……」
奏人はペニスを取り出すなり、上下に扱き始めた。
「あ? おいおい……」
谷原さんを悦ばせるような煽情的な仕草や言葉は一切ない。精を絞り出す。そのことだけに意識を向けているようだった。
「ツマンネーな。もっと工夫しろよ」
「ンッ……ハァッ……マス掻き、なんて……こんなもん――」
「ちゃーんとオンナ想像してっか? ナオはお前と違ってノンケなんだぜ?」
「っ!」
ノンケ。異性愛者のことか。否定は出来ない。だけど、肯定も出来ない。僕は恋をしたことがないから。
「ナオのオカズといやぁ~、日菜子 だろ」
「なっ……」
「っ! 谷原さん!」
誤解だ。根底から間違ってる。
「彼女は無関係です。僕が勝手に2人を引き合わせようとしただけで」
「だそうだが?」
奏人は何も答えない。顔を俯かせて唇を噛み締めている。
「奏人……?」
「ははっ、まぁ仮にアンタの言った通りだったとしても、だ。……ノンケであることには変わりねえんだろ?」
「っ、……」
「それも込みで弟止まりなんだよな?」
「そんなこと――」
「俺とヤった時、吐いてたじゃねーか」
「あれは――」
「コイツの時も堪えてただろ?」
「……っ」
「妄言は止してくださ――……?」
意識が飛んだ。何だ? 違和感がある。脚、か。
「あっ……」
太股に包丁が刺さってる。嘘。何で???????
「~~~~~~~~っ!!!! ザケんなてめえええぇええええ!!!!!」
「がぁ……っ゛!?」
包丁が――抜けた。
「あぐっ!? がぁッ!? あぁあ゛ぁっ!!」
血が噴き出す。寝返りを打って背を丸める。患部を押さえ込んでも止まらない。止めどなく溢れてくる。視界が歪む。熱い。痛い。熱い。痛い――。
「ナオ!! ナオ!!」
「次は腹だ」
「まっ、待っ――」
「なら、ナオトになれ」
「っ!! ~~っ、この……っ」
「んで女を抱け。いいな?」
「……………………」
奏人の瞳に影が伸びる。ダメだ。これ以上、奏人にストレスをかけたら。
「んっ、ぁ……っ」
「っ!」
扱き始めた。股を一層大きく開いて。
「だめ、だ。奏人――」
発した声はひどく弱弱しかった。僕は死ぬ、のか?
「ナオっ、喋ンな」
「なぁ? ちゃんと想像してっか?」
「……してる」
「んじゃ、言ってみろよ」
「……………っ」
「だんまりか? あ?」
谷原さんはベッドから降りて、奏人の目の前に腰掛けた。僕がこの状態だから離れても問題ないと踏んだんだろう。
「胸、舐めて」
「どんなふうに?」
「乳首噛んで……しゃぶって……」
「それから?」
ベッドの上を這いつくばって2人の元に向かう。
「う゛……」
眩暈 がする。真っ直ぐ進んでいるはずなのにどうにもブレているようで。
「……っ、チンコ、いれる」
「っは、ドーテイ丸出しだな」
「……るせ」
「谷原さん、もう……」
黒い背中に触れる。だけど、谷原さんは振り返らない。
「ゴムは?」
「付ける」
「バカ。孕 ませんだよ」
「~~っ、サイテー……」
「最低だ? っは、ンなふうに思ってんのはアンタだけだろ」
「ちが、……て、ない……」
「何度も言わせんな。尚人 はノンケだ。アンタとはちげーんだよ」
「ち……がぁっ!? はっ! ……~~っ、がぁ……っ」
ここにきてまた喉が痛み出した。掠れ声。自分でも何を言っているのか分からない。せめてもと谷原さんの肩を揺する。
「……分かってる」
「だったら何で弟になった?」
「それは……」
「アンタのことだ。弟でいりゃ、ワンチャンあるとでも思ったんだろう?」
「っ!」
「はははははははっ!!! バカだねぇ~……」
奏人の肩が震え出す。ダメだ。早く止めないと奏人が――壊れる。何とかしないと。回らない頭を必死に動かす。
谷原さんを拘束する? いや、そんなことをしても今の奏人じゃ逃げられない。谷原さんを無力化するしかない。
「お? おぉ? いいねぇ~!!」
谷原さんは奏人の前髪を掴むと、強引に顔を上向かせた。
「なっ……」
奏人は泣いていた。必死に声を抑えて。
「アンタの泣き顔、最っ高にそそるわぁ~……」
「~~っ」
気付けば僕は何かを掴んでいた。木の感触がする。その意識だけ胸に大きく振りかぶった。
「ガハッ!!!??」
「なっ……!?」
殴打した。後ろから、半ば倒れ込むようにして。
「ナオっ!!!」
僕の身体は重力に従って落ちていく。
「~~んのぉ……うごっ!? だはっ!?」
僕が床に落ちたのと同時に、谷原さんが呻 いた。見れば奏人の拳が谷原さんのお腹に食い込んでいる。
「だめ……かな……とっ」
「ぐほっ!? がっ!!?」
奏人はもう一発打ち込むと、そのまま横に突き飛ばした。谷原さんの身体は成すすべなく入口付近に転がる。
「ナオ、ぐ……ハァ……ハァ……っ、気ぃしっかり持て!」
脚に圧迫感を覚えた。ズボンだ。黒いズボンで締め上げられている。見れば奏人が黒い下着姿になっていた。止血しようとしてくれてるんだろう。ありがたいけど、溢れ出る感覚は止みそうにない。
「ナオ! ナオ!!!」
声が出ない。やむなく頷いて応える。たったそれだけのことなのにどっと疲れた。意識を保たないと。視線を転がす。手の中には、無我夢中で手にした木製の何か。
「っ!」
赤く黒く染まったガラス板、その中には幼い2人組の男の子と若い夫婦の姿があった――。
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