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34.真相の欠片

 撮影場所はキャンプ場。テントのひさしの下で、1組の家族がテーブルを囲んでいる。  お父さんと思われる男の人は、雰囲気も身体も丸みを帯びていて、親しみやすく人懐っこい印象を抱かせた。  お母さんと思われる女の人は痩せ型で、先の尖った大きな目をしている。綺麗な人だけど、目力が強いせいか魅了というよりは圧倒されるような感じだ。  一方の子供達。お兄さんの方は、13~14歳ぐらいのお父さん似。弟さんの方は、10歳ぐらいのお母さん似だ。  弟さんは活発な子供であるようで、キラッキラな笑顔を浮かべながら、カメラに(せみ)の抜け殻を向けている。  ご両親が呆れ顔を浮かべる中で、お兄さんだけは微笑みを浮かべていた。あたたかでやわらかな表情。見ているだけで目頭が熱くなってくる。 「ごめんなさい」  谷原(たにはら)さんに目を向ける。この写真に写るわんぱく少年は、言わずもがな谷原さんだろう。目の辺りに面影を感じる。 「僕……っ、ゲホッ!!」  かけがえのない瞬間。心の支えなんだろう。そんな大切なもので僕は。 「ごめ、なさ――」 「ナオ!!! 喋んな」  奏人(かなと)は両手で患部を圧迫しにかかった。ハリのある大きな手が血で汚れていく。 「謝る必要なんてありませんよ。……むしろ感謝したいぐらいです」 「っ!? 谷原、さん……っ」  谷原さんの手にはナイフがあった。血はついていない。拭ったからか。いや、違う。別物だ。血で汚れたナイフは奏人の足元にあった。 「さて」 「っ!? 止め――」  谷原さんは自身の首筋に刃を押し当てた。なのに表情は不思議なほど穏やかで。 「流石に()りたでしょう?」 「は……?」 「これからは真っ当に生きてくださいね」  入れ替わりのことか。だとしたら。 「止めるために……? 僕らを止めるために谷原さんは……?」  谷原さんは首を横に振ることも、頷くこともなかった。ただ苦笑している。肯定と取るには十分だった。 「まっ、待ってください! 何も死ぬことは――」 「恐れながら、これは償いではありません。私個人のです」  僕にはそうは思えなかった。間違いなく償い。でも、その対象は僕らではないように思う。誰だ。考え抜いた末に思い浮かんだのは――例の女優さん。谷原さんが自殺に追い込んでしまった1人の女性だった。 「……別の方法じゃダメ、なんですか?」 「というと?」  余裕なようでいて、になっているような気がした。  ――待ってたんだ。谷原さんはずっと。  直感的にそう思った。僕らを選んだことにも、僕らにしたことにもちゃんと意味がある。そんな仮定を胸に言葉を選ぶ。 「全部計画通り、だったんですよね? 僕が、奏人がどんな行動に出るのか、すべてを見通した上で谷原さん、は……ッ」  ノイズが走った。お願い。あともう少しだけ。身体に頼み込んで口を開く。 「谷原さんのその胆力、知力を……必要としている人は、きっといる、……はずです」 「おめでたい人ですね」 「応え続けていれば、いずれは自死以上の償いになる。そうは……思いませんか?」 「実にアナタらしい考え方だ」 「……っ、ハァ……っハァ……」  (かす)む視界の中で谷原さんを見る。刃は変わらず谷原さんの首筋にあった。足りないんだ。こんなんじゃ。  視線を逸らして手元の写真に目を向ける。――ダメだ。家族に触れるのは控えよう。現状が不明である以上、安易に触れるのは危険だ。思い止まらせるどころか、トリガーになってしまうかもしれない。 「……っ、……」  (まぶた)が重たくなってきた。覚醒を促すように深く息をつく。 「見習えよ、オッサン」  奏人が口を開いた。谷原さんには目を向けずに、僕の脚を注視している。 「尚人(なおと)君を……ですか。無茶なことを」 「立場を(わきま)えろ」 「これは手厳しい」 「今のままじゃ顔向け出来ねえぞ。親にも、アニキにも」  谷原さんの目が大きく見開く。当てずっぽう――じゃない。奏人は知っているんだ。谷原さんの動機を、原動力を。 「アナタまさか……」 「全部吐かせた。何なら1から順に話してやろうか?」    吐かせた? 誰を? 疑問が湧いては増殖していく。 「お見事です」 「……アホくさ」 「かな……っゲホ、なん……の話……?」 「……………………」  奏人は何も応えない。表情は暗い。感情を抑え込んでいる。そんなふうに見て取れた。 「かな、と………?」 「まぁ、尚人君は知らない方がいいでしょうね」 「……? どう……いう……」 「話すさ。……な」 「おやおや」  とてつもなく嫌な予感がした。 「話は終いだ。さっさと手ェ貸せよ」 「ほう?」  茶番は止せ。そう言わんばかりの物言いだ。肝を冷やす僕を他所に、谷原さんはナイフを放った。 「完敗です」  良かった。安堵しつつも、やっぱりどうにも落ち着かない。腑に落ちないことばかりだ。「奏人」、答えを求めて呼んだはずが僕の鼓膜は震えなかった。 「暴かれるというのは、存外イヤなものですね……」 「電話」 「っち、可愛くねなァ~……」  谷原さんの雰囲気が一変する。いや、取り繕うのを止めたと言った方が近いか。やっぱりこっちの方がしっくりくる。 「何度も言わせんな。さっさとしろ」 「この状況については? どう説明する?」 「……考えがある」 「~♪ さっすがぁ~」 「いいからテメェは黙って――ナオ? ……っ!? ナオ!!」  奏人の声を酷く遠くに感じる。おかしいな。目の前にいるはずなのに。 「ナオ!! 嫌だ……っ、ナオ!!!」  (なだ)めたいのに目も、口も、指すらも動かすことが出来ない。ただひたすらに沈んでいった。真っ暗闇な世界へと――。

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