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第6話 好きがあふれる2 ※
「……もう君には、遠慮しなくてもいいか?」
「遠慮ってなに? 必要ないよそんなの」
頭をゆっくり優しく撫でると、俺を抱きしめる壱成の腕がまたさらに強まった。
「君の前では……素直に感じてみたくなった。俺はネコらしくないが、それでもいいか?」
「俺、どストライクだって言ったでしょ?」
「……ありがとう、ノブ」
呼ばれた瞬間、現実がやってきた。
俺はいま“京”のつもりでいた。違うだろ、いまはノブだろ。
壱成は俺が京だと知ったらどう思うだろうか。
……やっぱり無理だろうな。バレたらダメだ。絶対に。
「俺の声で、萎えないでくれよな?」
顔を上げた壱成が、少しだけ茶化す風にそう言いながら、俺のバスローブを脱がせた。
「だからもうバキバキだってば」
「ははっ、本当だ」
「え、そこ笑うの?」
「嬉しくて笑ったんだ。ノブ」
ノブと呼ばれると胸がズキッと痛む。
ダメだ、考えない。考えるな。
俺はゆっくりと壱成を押し倒した。
「でも壱成。ネコらしくないって言うけど、声だって仕草だってすごい可愛いよ。いままでの男たちはどこまで求めてたのかな」
「……求めてない」
「え?」
「いままではあんなこと、されたことがない」
「あ、フェラ?」
「……なにも」
なにも……?
キスとフェラをされたことがないのはわかった。
でもなにも、ってどういうことだ。
「壱成はいままでどんな風に抱かれてきたの? なにもってなに……?」
「どんな風に……。自分で準備して、舐めて勃たせて、入れて終わりだ。舐めても勃たない男もいたが……」
「は……?」
あまりにありえない話を聞かされて固まった。
「なんだ……それ……っ」
声が怒りで震えるのを抑えきれない。
「なんだよそれ……っ。なんでそんなゲス野郎ばっか引っかけんだよっ」
あ、やばい。いまの口調は“京”だった。
「ばっか……というか、二人だけだ。いままで同情でも抱いてくれたのは二人だけだ。と言っても一人はもう昔の話で……」
「そんなのっ! 全然同情じゃねぇっ!」
だめだ“ノブ”に戻れない。怒りで頭が沸騰する。
勃たせて入れて終わりって、そんなの同情以下だろっ。
情なんか一ミリもないだろっ。
「どうして君が怒るんだ?」
壱成は面を食らったようにぽかんとする。
「だってっ!」
「ノブはおかしなヤツだな」
ははっと笑う壱成の笑顔に、急速に怒りの熱がおさまっていく。ノブの前だと壱成がよく笑う。胸が熱くなるのを止められなかった。
「大丈夫だ。同情の気持ちくらいはあったと思うよ。抱いてあげようか? って。その気持ちだけでも俺は嬉しかった。俺はネコとして抱かれたかったから。だから……ありがたかったよ」
壱成のその言葉がたまらなく切なくて泣きそうになる。
俺は壱成の頭を抱き込むようにぎゅっと抱きしめた。
「……ノブ」
「……わかった。じゃあ今日は。……今日からは、俺がいっぱい壱成を優しく抱くから」
「今日、からは……?」
今日だけじゃない。この先もずっと俺は壱成を離すつもりは無い。だからそう言った。
「だから、もういままでの男は全部忘れて。お願い」
「全部……と言っても二人だけだって」
「勃たなかった男も全部だよ」
「……ああ、うん全部な」
「もう今日からは、俺のだけ覚えてて」
「…………」
壱成の返事は無かった。
それはそうか。俺は恋人でもなんでもない。
バーで知り合った今夜の相手、それだけだ。
胸がズキズキと痛い。いまにも張り裂けそうだった。
「いまから、忘れられないような夜にするから。覚悟してね? 壱成」
「それは、楽しみだな。……んぅ……っ」
唇をふさいで深い口付けをした。
まだぎこちない壱成の舌が必死に絡みついてくるのがたまらない。
不意に壱成の手が俺のうなじを撫でた。その手の動きもぎこちなく、不慣れなのが伝わってくる。熱い吐息を漏らしながら、また苦しそうに唇を震わせた。
「鼻で呼吸するんだよ、壱成」
「……わかってる、が……難しいんだ」
目を見合わせて二人で笑った。
壱成の後ろは久しぶりだとわかるほど閉じていて、ほぐしがいがあった。
一人でするときは、癖になると怖いからいじらないと言う。
怖い? と首をかしげると、「……相手もいないのにほしくなったら怖いだろ」と少し寂しそうに言った。
「じゃあ、もう俺がいるから怖くないね」
と言ったら壱成はぐっと押し黙った。
目がなにかを訴えているが、残念ながらわかってあげられない。
「黙んないでよ。俺にはもう遠慮しないんじゃなかった?」
「…………」
「壱成? 言わないと、こうやって」
ずっと焦らして避けていた壱成のいいところを、俺は一気に攻め立てた。
「あ……ぁっ、そこ、ぁ……っ……」
「すごいよがって可愛い壱成。ちゃんと言わないと、ここばっかり攻めちゃうよ」
「あぁ……っっ」
ビクビクと震えて枕にしがみつく壱成にまたゾクッとした。もう何度目だろう。入れなくてもイッちゃいそうだ。
壱成がよがって鳴いていよいよ限界にきた頃、俺はまた動きをとめた。
「……っ、はぁ、っん…………」
「壱成、もう足がガクガクしてる。言ってよ。さっきどんな言葉を呑み込んだの?」
息が上がり頬を紅潮させ、涙目で見つめてくる壱成にまたゾクッとする。
「…………お、おれは……」
「うん?」
「おれ、は……免疫が無い、から。……さっきみたいなことを、あまり言わないで……くれ」
心臓が苦しいくらい暴れ出す。
それはもしかして、言われると俺を意識しちゃうって意味……?
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