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第40話 目を覚まして ♢壱成♢

 道路に横たわったハニーベージュの髪。必死でそばに寄るとコンクリートが血で染まっていた。  身体をゆする。頬をたたく。ピクリとも動かない。  嘘だ……嫌だ……嫌だ……っ!   「京っ!!」    ハッとして目を覚ます。  夢……?   「目が覚めました? 具合はどうですか?」    人の声に驚いて身体を起こした。  白い布団に白い壁、白いカーテン、白衣の女性。  目に入るものがすべて白い。  ドクドクと心臓が暴れた。  そうだ……夢なんかじゃない。ここは病院だ。京が車にひかれて血まみれで……全部現実だ。  なんで俺は寝てるんだっ! 「京!」  慌てて布団を剥いでベッドから降り、俺は走った。  看護師が呼び止めるのも聞かず部屋を出る。  廊下に出るとすぐ横が緊急処置室だった。  でも誰もいない。秋人は? お兄さんは?   「まず靴をはいてください。病室までご案内しますので」  看護師の女性が俺の靴を床に並べた。  病室……。そうだ、京は処置室からベッドで運び出されて……異常はない、と……。  そうだ、異常はないと、じきに目覚めると、医師にそう言われた。じきに目覚めるとっ。 「病室はどこですかっ」 「ですからまず靴を……」 「教えてくださいっどこですかっ」  涙があふれて流れ出る。早く京のそばに行きたいっ。  教えられた特別室のフロアにたどり着く。廊下にいたサブマネがなにか話しかけてきたが耳に入らない。 「京はっ?!」  俺の剣幕に、サブマネは急いでドアを指し示し、俺はそのドアを開けて中に入った。  特別室の広い病室。電気は消えていた。ソファの横にあるスタンドだけが微かな明かりを灯している。 「あ、榊さん。えっ、血が……」  メンバーの声が聞こえたが、俺の目にはベッドに寝ている京しか映らない。 「京っ!」  メンバーを押しのけてベッドに駆け寄った。京は静かに眠っていた。薄暗い中ではあったが、青白かった顔に色が戻っているのがわかる。  頭の包帯と左腕のギプスが痛々しくて胸が締め付けられた。 「め、目は……まだ……?」  俺は誰に言うともなくつぶやいた。 「まだです。処置室を出てから一時間経ちました」  秋人の声が聞こえた。  一時間……。  俺は一時間も京を放って寝ていたのか……。 「もう時間も遅いから、朝まで目が覚めないかもって……」 「いま……何時」 「さっき日付が変わったところ」  恐る恐る手を伸ばして頬にふれると、ちゃんと京の温もりが伝わってきてまた涙があふれ出た。 「京……っ」  京は生きてる。夢じゃない。ここにちゃんと京がいる。  手は頬にふれたまま、俺はその場に膝をつき肩口に顔をうずめた。  早く……早く目を覚ましてくれ……。   「榊さん」  耳元でささやく秋人の声。 「みんな見てますよ」 「……それがなんだ」 「え、……と。……あ、とりあえず着替えましょ? 手についた血も洗って綺麗にしましょう」 「……必要ない」 「京が見たら驚きますよ?」 「……驚く?」 「そうそう。絶対榊さんの血だと思って大騒ぎになる」  そう言われると確かにそうだな、と納得した。京に余計な心配はかけたくない。 「……わかった」  うなずいて立ち上がると、ホッとした顔の秋人が目に入る。 「……やっとだよ……」 「なにがだ」 「いや……なんでもないです」 「……そういえば、お兄さんは……?」 「安心したら眠くなったって、そこのソファで寝てますよ」  秋人の視線の先に、横になっているお兄さんが見えた。見渡すと、メンバーが全員そろっている。話をしたりスマホをいじったり、おのおの自由に時間をつぶしている。 「明日のスケジュールはキャンセルになりました。だからみんな、京が目を覚ますまでここにいるって。社長もさっきまでいたけど、帰りました」 「……そうか。俺はなにもしていないな……すまない……」 「大丈夫です。はいこれ、着替え」  秋人がコソッと「蓮のだけど」と伝えてくる。 「……ありがとう」  秋人から着替えを受け取り脱衣所に入る。バストイレつきの特別室。ずいぶん立派な個室だ。PROUDの京だ。当たり前か。  手に付いた血を洗うのが先だとはわかっていても俺は躊躇し、先に着替えを済ませた。  そして、横の洗面台に移動すると、不安な気持ちを押し殺し恐る恐る手を洗う。京の血が流れていく。俺のせいで流れた京の血が……。  血を流してしまうと、京の存在自体が消えてしまいそうで……出来ればずっとこのままでいたかった。  俺の手から京の血の痕跡がまったく無くなり、急に不安にかられて慌てて脱衣所を出た。 「京っ!」  急いでベッドに走り寄り、ギプスがないほうの手をにぎりしめる。京の手のぬくもりが伝わってきた瞬間、俺はホッと息をついた。涙がふたたびあふれ出るのを抑えきれない。  京……京……早く起きてくれ……。 「榊さん、どうしたんだ?」 「京、心配ないんだよな? ただの脳しんとうなんだろ?」 「だよな、なんか変じゃね?」 「いや、さっきの血まみれ見たろ? 俺ら事故見てねぇからこんな落ち着いてられんだよきっと」 「ああ……なる」  メンバーが後ろで俺についていろいろ言っているのが聞こえてきたが、そんなことを気にする余裕は俺にはなかった。  京が死ぬかもと思った。なにもかもすべて失うかと思った。  もしものときは俺も京のあとを追って……そう覚悟した。  思い出すだけで地獄のようだ。  俺はもう、京がいてくれれば……それだけでいい……――――。    

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