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第41話 プレゼント ♢壱成♢
ベッドの横に座って京の手をにぎり、目が開くのを祈るように待ち続けた。
時計を何度も確認してしまう。もう二時を回った。
事故の影響で目を覚まさないのか、それとも身体が夜であることを自覚して眠り続けているだけなのかがわからない。
不安にかられるたび、京の呼吸が止まっていないかを確認し、脈を取る手を止められなかった。
俺は京の手を一時も離すことができず、胸の内には強い不安が渦巻いていた。
秋人やほかのメンバーが何度も休むよう勧めてくれたが、俺は首を振り続けた。
彼らが、徐々に俺の態度に疑問を持ち始めているのを感じる。
でも、まだ目覚めない京を横に、マネージャーに戻ることがどうしてもできない。いまの俺にとって、京よりも大切なものは存在しなかった。
さらに時間が経過し、ますます不安感が強まっていく中、にぎっている京の手がかすかに震え、まぶたがピクリと反応した。
「京……?」
ゆっくりと京の目が開く。ぼんやりと視線が泳いだ。
「……え…………おれ……」
「き……京……」
俺が呼びかけると、京は視線を泳がせながらこちらを向き、ゆっくりと目が合った。
京の目が徐々に見開かれ、唇を震わせる。
「いっせ……」
「京……っ」
「いっせい……けがは……っ」
「……俺は無事だ。……ばか……なんで俺なんて助けた……っ」
「いっせい……っ」
「い……いま、医者を呼ぶから……」
京が起きた……目が覚めた……記憶もある……よかった……っ。
喉の奥がぐっと詰まったように苦しくなって目頭が熱い。
医者を呼ぼうとボタンに手を伸ばすと、京がその腕を引いて俺を抱きしめた。
「壱成……」
まずい、みんながいるのにこれは……っ。
「壱成よかった……無事でよかった……」
ぶわっと涙があふれ出た。
この瞬間、京と俺の二人だけの世界に入り込んだかのように、俺には京しか見えなくなった。
「な……なに言ってる……なにもよくない……っ。俺のせいでお前が……っ」
「でも俺……ちゃんと生きてんじゃん。ならいいっしょ……」
「……全然……よくない……っ」
俺の頭を撫でる京の手が、あたたかくて優しくて涙が止まらない。
「また同じことが起こったら……何度でも助けるよ。俺は壱成を必ず助ける……」
「だめだ……」
「壱成……マジでよかった……っ」
「……京……」
「おれ……どんくらい寝てた? 何日たった?」
「……数時間だ。まだ朝にもなってないよ」
「なんだ、そっか。…………なんか……左腕動かねぇや。…………なぁ、おれって……まだ踊れる?」
「踊れるよ。心配ない。これからも歌って踊って……ずっとPROUDの京だ」
「そ……っか。よかった。……あ……」
京の腕の力がゆるみ顔を上げると、ギプスで覆われている腕をさすって「あれ……無い……」と京がつぶやいた。
「……ああ」
秋人から聞いていた。京が運ばれた際、京の袖の中には直接腕にしばりつけられた赤いリボンがあったという。俺は引き出しからそのリボンを取り出した。
「これか……?」
「あ……うん、それ。……なぁ、付けて?」
と、自由に動くほうの腕を差し出す京に、俺はリボンを結んでやった。
「お前、これなんなんだ……?」
「あとさ、俺の服ってある?」
「服……」
横にあるクローゼットを開けると京の服がかかっていた。
「右のポケット」
言われたとおりにポケットの中を探ると出てきた小さな箱。
それを手に京の横に戻って座ると、俺を見てふわっと笑う。
赤いリボンをしばった京の手が、俺の手をにぎりしめた。その手は、まだ弱々しく不安定だ。
「榊壱成さん。シークレットサンタからのプレゼントです」
「……え?」
「贈り物は『広瀬京』です」
「は…………」
「受け取りますか? それとも……返品しますか? ……返品は……俺、泣いちゃうかもしんねぇけど……」
「京が……プレゼントって……どういう……」
京は少し泣きそうな顔で俺を見つめ、手はかすかに震えていた。
「もうノブをやめたいんだ。ずっと……だましててごめん。俺だってバレたら、絶対に俺たち、終わりだって思って……怖くて言えなかった。でも、俺は……やっぱり壱成とセフレのままは嫌なんだ」
京が言おうとしてたのは別れの言葉じゃなかった。やっぱり恋人になろうとしていたんだ。
そのとき部屋の奥から「セフレ……?」「バカ」「しーっ」というメンバーのやり取りがかすかに聞こえた。京はまだどこかぼんやりしていて気づいていないようだ。
俺は、京に抱きしめられて泣いてしまった時点で、もうなにもかも諦めていた。
京に、はっきりとノブをやめたいと言われてしまった。
“ノブ”は“京”だったと正体をあかされてしまった。
ならば、もうこんなことを続けるわけにはいかない。
俺の手で終わらせなければならない。
あのときは……そう思って京から逃げた。でも……。
「なぁ壱成。俺……いまだけの関係じゃなくて……一生壱成のそばにいたいんだ。俺が歌って踊れなくなってPROUDが終わったあとも、じいさんになっても、ずっとずっと……壱成と……」
「……………っ」
「壱成も同じ気持ちだって……俺、自惚れてるんだけどさ。ただ……マネージャーだから……無理って言うだろなって。でも俺、もう本当にセフレは嫌なんだ……。だから……」
京が小箱を開けた。中にはシンプルで美しいシルバーのリングが輝いていた。俺がなにか言おうとする前に、京は素早くそのリングを取り出し俺の左薬指に優しくはめた。
サイズがぴったりな指輪に感情があふれ出て、ふたたび涙がこぼれ落ちた。
京は俺の手に、愛おしそうに口付けをする。
「俺と、人生のパートナーになってほしい。だから……もらってくれない? 俺を……」
「……きょ……っ……」
「これ、婚約指輪だからな……?」
恋人なんかじゃなかった。京はそんなものを飛び越えて人生のパートナーになってほしいという。
涙があとからあとからあふれ出て止まらない。
喜んだらだめだとわかっていても、喜びが全身を駆け巡った。
いまにも胸が破裂しそうなほど苦しさが込み上げてくる。
京は、にぎっていた手をほどき、俺の頬に優しくふれた。
「愛してる……壱成……」
「…………っ」
まっすぐに伝えられた愛してるの言葉が、俺の心を優しく溶かした。
京の手が何度拭っても、止まらない涙が頬を伝って流れ落ちる。
返事ができず泣き続けていると、京は困ったように眉を下げ、俺を引き寄せて胸に抱きしめた。
「本当に愛してるんだ……壱成。お願いだから……俺をもらってくれよ……」
京の声色はどこか諦めたようで、胸が締め付けられるほど切なかった。
京からの告白は三回目だ。そのうち二回は勘違いをして、俺は勝手に一人で傷ついていた。京は、どの告白も本気で俺に気持ちを伝えてくれていたのに。
でも、俺は思わず思ってしまった。あのとき勘違いをしてよかったと。
三回目で、まさか人生のパートナーにと言ってもらえるなんて……幸せすぎて怖い。
もう本当に……俺は重症だ。
「……もらう……もらうよ……」
「…………え……」
京の頭を抱き込むように抱きしめた。
「俺も……愛してる……京……」
俺はもう、京がいないと生きていけない……。その事実が痛いほどに身に染みていた。
伝えた瞬間、京の身体が震えた。
「ま……マ、ジ……? それって……」
「許されるなら……俺もなりたい……。お前と、人生のパートナーに……」
「ほ……ほんとか……?」
ゆっくりと顔を上げ、涙でボロボロの顔を京に向けた。
「本当に、お前を……もらうぞ?」
「壱成……っ。もらってよっ。もらってっ!」
京の目に、みるみると涙があふれた。
「……う、嘘みてぇ……やべぇっ。嬉しくて倒れそう……」
「もう……倒れるのはだめだ……」
コンクリートに横たわる京を思い出し、恐ろしくなって京の胸に顔をうずめた。
「ん、ごめん」
京の腕が優しく俺を包み込む。
「愛してるよ、壱成」
「俺も……愛してる。…………京……」
まさか“京”に愛してると伝えるときが来るなんて、少しも想像していなかった。
幸せすぎて、俺の涙はいつまでも止まらなかった。
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