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第42話 責任を取る ♢壱成♢
気がつくと京のまぶたが重そうだった。一生懸命意識を保ってる、そんな感じだ。
「京、つらそうだ。寝たほうがいい」
「いや、つらいっつうか……。昨日まったく寝られなくてさ。緊張しすぎて……」
「……寝不足なのか?」
「うん。自信満々で準備したのに、やっぱ壱成はうんって言わねぇかもって……怖くて全然寝られなかった……」
「……じゃあ、もう大丈夫だから。ゆっくり寝ろ」
「やだ……寝んの怖ぇ……。なんか夢オチっぽくて……」
「夢じゃないから大丈夫だ」
「やだ……っ」
子供みたいに駄々をこねる京の唇に、俺はそっと口付けた。
ハニーベージュの髪と、薄い青緑色の瞳の、“京”との初めてのキスだった。
唇を離すと、やっと落ち着いた瞳で京が俺を見つめた。
「夢じゃ……ねぇよな?」
「夢じゃない。もうなにがあっても、俺はお前と絶対に離れないよ」
「俺も……絶対離れねぇから……」
「おやすみ、京。……愛してるよ」
「俺のほうが愛してるよ……愛してる……」
安心したように京のまぶたが閉じていく。
「おやすみ」
「……おやす、み……いっせ……」
たぶん寝不足のせいだけではなかったんだろう。京はあっという間にスッと深い眠りに落ちていった。
でも顔色もいいしすごく穏やかな寝顔だ。ようやく俺は安心して深い息をついた。
そして、俺は覚悟を決めて京から視線を外し、メンバーたちに目を向けた。
全員が病室のドアの前に集まっていた。まるで入口を封鎖でもするかのように。
俺の視線を受けて、メンバーが慌てたように口にする。
「だ……誰も来てないから、安心して……っ!」
「うんうん、大丈夫っ」
俺は涙でボロボロの顔のまま立ち上がり、みんなのほうへ足を向けた。すると彼らは反応に困ったように、あれこれ言葉を続ける。
「か、鍵ついてねぇんだよこの部屋。ビビるよなっ」
「あ、えっと、邪魔者は出ていこうかと思ったんだけどさ。俺たちがぞろぞろ出てくと、廊下にいるサブマネが何事かと思うかなとかさっ」
「そ、そうそう、そうなんですっ」
俺はみんなの前で足を止め、深呼吸をしてから口を開いた。
「すまない。俺は……マネージャーを辞めようと思う」
「はっ?!」
「えっ?!」
彼らの驚きの声が、病室の静まり返った空気を突き破るように響き渡った。
「マネージャーの俺なんかが、絶対に許されないことをした。みんなをずっと裏切っていた……。本当に……すまない」
みんなに向かって深く頭を下げた。
「辞めれば許されるとは思っていない。でも、俺はもう……もう京がいないと生きていけない。それが……痛いほど分かってしまったんだ。本当に……すまない。俺はマネージャーを辞める。……だから、どうかこのことは……俺たちのことは……誰にも……」
自分勝手な言い分だとわかっていながら、どうか許してほしいと願って頭を下げ続けた。
「言わねぇよっ!」
「いや、言うわけねぇしっ!」
「てか榊さんにマネージャー辞められたら困るよっ!」
みんなが口々にそう言った。でも、もう俺は……。
「榊さん、頭上げて?」
秋人の言葉に、俺はゆっくりと顔を上げた。
秋人は俺を見て優しく笑う。
「いいこと教えてあげます。男同士って、お得なんですよ? デートしててもただの友達にしか見られないし、男女の付き合いより全然楽です」
秋人は急になにを言い出すのかと焦った。
周りのメンバーは皆、「ん?」という顔で秋人を見た。
「それにノブって最強の隠れ蓑だってあるんだし、心配しなくても大丈夫でしょ。なにも問題なんかない。マネージャーを辞めるのは俺たちが認めません」
秋人が“ノブ”のことを隠れ蓑と言った。さっきの会話だけでそこまで理解できるものだろうか。
他のメンバーは「なぁさっきからノブってなに?」と目を見合せている。
リュウジが厳しい顔をみんなに向けた。
「みんな、いまここで見たこと聞いたこと、絶対に漏らすなよ?」
「当たり前っ!」
「わかってるってっ!」
「二人の仲に反対のヤツは?」
シン、と病室が静まり返る。
「いるわけねぇよな?」
秋人の声に、同意の声が一斉に上がった。
「いや、しかし……俺は責任を取って……」
「榊さん。もし榊さんがマネージャーを辞めたら、京はPROUDを脱退するとか言いかねないですよ?」
ギクリとした。たしかに言いかねない。いや、俺を辞めさせないために絶対に言うだろう……。
「……でも、俺はもう……みんなを平等に見ることができない……。マネージャー失格なんだ。どうしても京を……京を……愛してる……」
俺がうなだれると、予想外の反応が返ってきた。
「うおーっ、やべぇ俺、感動で身震いした」
「マジか……これが尊いってやつかっ」
「いつから二人、そうだったの?」
「てかノブってなに?」
「あれ、じゃあ榊さんの恋わずらいの相手が京だったってこと?」
「そう言うことだろ?」
「うわっうわっすげぇっ。それやべぇなっ。なんか感動で泣けてきた!」
みんなの反応は俺の想像を超えすぎていて、いったいどうすればいいのかさっぱりわからない。
そんな彼らを途方に暮れて眺めていると、奥の奥、ドアに一番近いところにいるお兄さんと目が合った。
俺は一瞬で青くなる。そうだ、お兄さんがいた。完全に失念していた。
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