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番外編 わがままドッキリ♢壱成♢ 前編
この回には若干SMプレイ(本番描写は無し)が出てきます。
苦手な方はご注意ください。
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俺は久しぶりにワクワクしていた。
秋人から聞いたわがままドッキリのことで頭がいっぱいだ。
京が『蓮くんが怒ることはあるのか』を知りたがり、秋人にわがままドッキリをリクエストしたらしい。
それを聞いたら俺もやりたくなってうずうずした。
これはアレだ。京がまだ、俺にノブの正体がバレていないと思っていた頃、密かにからかって楽しんでいたときと同じワクワク感。
京と毎日一緒に過ごす甘い生活も最高に幸せだが、このワクワク感はまた別物だ。
明日は二人一緒の休日。さっそく今日決行だ。
さて、どうやって京を困らせようか。怒らせるってなかなか難しいな。
秋人は失敗したようだから、俺はなんとか成功させたい。そして秋人に自慢したいな。とほくそ笑んだ。
「壱成なんかいい事あった?」
後部座席から京が問う。
「……何もない。どうしてだ」
「えー? なんか笑ってるように見えたんだけど。気のせいか?」
「気のせいだろう」
メンバーを送迎したあと、京と二人でマンションに戻る途中の車内。
俺はひらめいて車を路肩に停めた。
「ん? どした?」
「疲れた」
「え?」
「京。運転代わってくれ」
「え、大丈夫か? もちろん代わるよ」
京はそう言ってすぐに車を降りた。
いつもの俺なら『代わってくれないか?』と聞くところを命令形で言ったのに、京は何も感じてない様子。まぁまだ初回だからな。これからもっとわがままを言えば……。
運転席のドアが開き、京の心配そうな顔が俺を覗き込んだ。
「大丈夫か? 具合悪い?」
俺の手を取って優しく車から降ろし、まるで俺をエスコートするかのように後部座席に座らせた。
京は本当に……優しいんだよな。
……こんな扱いされると甘えたくなるだろう。バカ。
家に帰るまでは芸能人とマネージャー。決して助手席には座らない。わかっているが今日は助手席に座りたかった。……でもそんなわがままはダメだな。さすがにやめておこう。
京が車を走らせ、熱は? 吐き気は? と聞いてくる。
俺は普段、疲れたなんて理由で仕事を放棄なんてしない。だから余程具合が悪いとでも思っているんだろう。
「ないよ。ただ疲れたんだ。運転が面倒になった」
「……えっ?」
さっそく京がいい反応をした。俺が仕事を面倒だなんて言うはずがない。どうだ。あきれたか?
そう期待したのに京が楽しそうに笑い出す。
「めずらしいな? いいんじゃね? たまにはさ。俺には甘えろよ」
秋人。わがままドッキリって本当に難しいんだな……。
家に着くと、俺たちはいつものようにただいまのキスをする。
京がすぐに玄関に置いてあるリングケースから結婚指輪を取り出し、嬉しそうに自分の指はめた。休みの前日のルーティンだ。……可愛いな。
洗面所で手を洗ったあと、俺はスーツのままソファに腰を沈め、だらりとくつろいだ。
……ダメだな。もっと疲れた風を演出しないと。と、クッションに倒れ込むように上半身を横たえる。
「壱成、マジで大丈夫か? やっぱ熱でもあんじゃね?」
京が体温計を用意して俺の脇に差し込んだ。
「熱はないよ」
「測ってみなきゃわかんねぇだろ?」
……本当に、優しいんだよな。
当たり前だが熱はなく、ホッと息をつく京に愛おしさがあふれる。
わがままドッキリは、俺が幸せになるだけのゲームかもしれないなと、始まったばかりなのに胸の高鳴りが止まらなかった。
「着替えるの面倒臭い……」
「よし、俺が着替えさせちゃる。待ってな?」
京があふれんばかりの笑顔で俺にキスをして、寝室に向かった。
……京、可愛いな。
こんなに可愛い京が見られるなら、別に怒らせなくてもいいかもしれない。なんて俺は思い始めた。
部屋着に着替えた京が俺の部屋着を持って戻ってくる。
ニコニコしながらスーツを脱がせ、部屋着に着替えさせてくれた。
そして、満足気にまた唇にキスをしてスーツを片付けに行く。まるでスキップでもしそうなほど楽しそうに。
「よし。今日は一人で飯作るかっ」
やけにやる気満々の京の台詞にギクリとする。それは……食べられるのか?
「……いや、作るよ。京はいつも通り手伝ってくれれば……」
腰を上げかけた俺を押さえつけるようにふたたび座らせ、「大丈夫だって。まかせろっ!」とキッチンに向かった。
京が今まで一人で作った料理は、俺が熱を出した時に作ってくれたレトルト粥のアレンジだけだ。
……もう不安しかない。……俺の腹……大丈夫か。
京は冷蔵庫から野菜を、冷凍庫から買い置きの肉を取りだし、最後に引き出しから箱を取り出して「おし、全部あるっ!」と嬉しそうに声を上げた。
カレーか。あれはカレーだな。カレー……作れるのか? 野菜は切れるのか?
ハラハラしながら京が料理をするのを見守った。
玉ねぎは芯を取らずに切り出して、人参は皮を剥かずに切ろうとするから思わず口を出してしまう。
「に、人参は皮を剥けよ」
「あ、そかそかっ。さんきゅー」
「……」
解凍した鶏肉を触った手であちこち触ろうとする京にも口を出さずにいられなくて、料理だけは自分がやるべきだったと後悔した。
箱を見ながら計量カップでちゃんと水を測ってる。味は大丈夫かもな、と少しだけ安心する
カレーが出来上がる頃には、座っていただけなのに疲労感たっぷりで、「本当に疲れてるんだな、壱成」という京の言葉に苦笑が漏れた。
「いただきまーす!」
「……いただきます」
京は俺が先に食べるのを待っている。目をキラキラさせて。
野菜が異様に大きくゴロゴロとしたカレーにドキドキしながら、スプーンで一口すくって口に運ぶ。
「ん……うまい」
と言ってから、口の中で人参がゴリっと鳴った。
「マジ?! うまい?!」
「……うまいよ。ありがとな、京」
野菜は生煮えだったが肉はセーフ。味はちゃんとカレーだ。
野菜が生煮えくらいなんてことはない。
「よっしゃー! これからはカレーの日は俺が作るなっ」
「……じゃあ俺が手伝うよ」
「カレーは一人で作るからっ。料理はいっつも壱成ばっかじゃん。たまには休んでろって。な?」
「……ありがとう、京」
京は、「いただきます!」と大きな声を出し、カレーを口に運び込んだ瞬間、ガリガリという異様な音に固まった。
「……生煮えじゃん」
「でもちゃんとカレーだろ? うまいよ」
「でも煮えてねぇじゃんっ。ダメだろこれっ」
「野菜は生でも食べれるから大丈夫だ。本当に美味しいよ。次からは、もう少し小さく切れば大丈夫だ」
「……ごめん」
シュン、と一気に元気をなくす京に「お前が一生懸命作ってくれたから本当に美味しいよ。ありがとう」と伝えると苦笑混じりにはにかんだ。
なんだか、すっかりわがままドッキリの雰囲気じゃなくなってしまった。
ダメだな。京が可愛くて自然と優しい気持ちになる。わがままっていうのは、優しい気持ちだと出てこないもんなんだな。
わがまま……わがまま……。
「京、お茶が飲みたいな」
「お茶?」
テーブルに用意されている麦茶を見て、京が首をかしげる。
「緑茶が飲みたい。入れてくれないか?」
京は、また嬉しそうに笑顔になって「待ってろっ」と張り切った。
本当に……可愛いな。
「壱成、茶葉ってどれくらい?」
「急須に大さじ一杯くらいだ」
「大さじ……ってどんくらい?」
「キッチンの……」
大さじスプーンの場所を教えると、「あ、これかぁ!」と新しい発見でもしたような反応をし、鼻歌を歌いながらお茶の準備をしてる。
京は蓮くんと同じで、わがままを言うと喜ぶたちなのかもしれないな……。
京の入れてくれたお茶は、蒸らす時間が足りなかったようで少し薄かったけれど、気持ちのこもった美味しいお茶だった。
食後はいつも一緒に食器を洗うが、俺が何も言う前に京が一人で洗ってくれた。
お風呂も準備してくれて、一緒に入ると俺の全身をニコニコと笑顔で洗ってくれた。
困った。わがままを言わせてくれない。
俺は苦しまぎれに、頭を乾かせ、麦茶くれ、肩を揉め、と必死に命令形で立て続けに要求した。
すると、さすがに京が少し怪訝そうな表情になってきた。
よしよし。いい感じだな。
「京」
「んー?」
「急にお前の歌が聞きたくなった。ちょっと歌ってくれよ」
「え、……え? 今?」
「今だ」
「えっ。いや、それはなんかちょっと恥ずいじゃん?」
「なんだよ。ファンの子には歌えるのに俺のためには歌えないのか?」
わがままらしく、ちょっと機嫌を損ねた風に愚痴ってみると、京が急に真面目な顔になる。
「ってかそれ、違うからな?」
「違う?」
「いっつも俺は壱成のこと想って歌ってるからな? 昔だってさ。壱成に褒められたくて歌ってた。俺はずっと壱成のために歌ってるよ」
急に盛大な告白をされて顔に熱が集まる。
やっぱりわがままドッキリは、俺が幸せのなるだけのゲームで間違いないようだ。
「じゃあ、歌ってくれよ。『Love Forever』がいい」
「……いいよ」
どこか怪訝そうな心配そうな表情で、俺の手に指を絡めて優しく握る。
そして、ゆっくり静かに歌い始める。
「♪いまでも奇跡だと思う 君に出会えたこと
毎日君を想っては 幸せすぎて泣きたくなる……♪」
京は全員のパートをフルで歌ってくれた。
途中、踊って? と俺が言うと、「それは下の人に迷惑だろ」とたしなめられた。
俺のわがままを何でもかんでも聞くわけじゃないんだな。ちゃんと善し悪しを考えて選ぶんだ。いい子だな……京。
「京……キスしてくれ」
「うん、いいよ」
だんだんと俺の顔色を見るような視線に変わってきた。やっぱり心配そうな優しい瞳。
大好きだよ、京。最高に愛してる。
深くキスをして頭を撫でられ、幸福感でいっぱいになる。ああもうドッキリなんていいかな。もうわがままも思いつかないし、このまま京に抱かれたい。
そう思ったときにひらめいた。
最高のわがままドッキリがあるじゃないか。
京が唇を離して俺を見つめ「ベッド行こ?」とささやいた。
思いついたドッキリにワクワクしながら、俺は顔に出ないよう慎重に口を開く。
「京。お前、今日はネコな?」
「…………は?」
「だから、お前がネコで、俺がタチ。な?」
さあどう出る?
ワクワクが止まらない。
いいよと言われても俺は嫌だ。でも、京が受け入れるわけがない。
笑い飛ばすか? 怒るか? 戸惑うか?
じっと見つめていると、どんどん真顔になっていく京の顔。
お、これは怒るのか?
「……なるほどな」
京は何かを納得したような表情で口元をゆがめ、なんと、俺を鋭く睨んできた。
「壱成がタチ? ふざけんな」
京の首に回していた俺の腕を、いまいましそうに払い除ける。
これは……予想以上に怒ってるな。
もしかして、秋人に『ドッキリ大成功』の紙を持ってきてもらわないとダメだったりするか?
京の怒りポイントはここだったのか。
「あークソ……ッ」
頭をぐしゃぐしゃと乱暴にかき、また俺を睨みつける。
俺はドッキリを後悔した。こんなに怒る京を見たことがない。
いつも愛情たっぷりに優しく俺を見つめる京の瞳しか知らない。こんなに冷たい目で見られたことは一度もない。
まるで俺への愛が一瞬で消え去ったかのような京の瞳に、震え上がるほど怖くなった。
「き、京……」
「名前で呼ぶな。お前の口から聞きたくもねぇ」
「は……」
嘘だろ……。
これは……ネタばらしをしたら元に戻ってくれるのか……?
無理だろう……そう思った。
俺は……京を失うのかもしれない……。
あまりの恐怖で身体が震えた。
「き、京……あのな……?」
「っるせえ。なんもしゃべんなっ」
そう吐き捨てると、乱暴な足取りでリビングを出て行った。
まさか俺がタチ宣言するだけでここまで怒るなんて想像もしてなかった。
怖い……。俺たちどうなるんだ……?
思わず結婚指輪にふれた。嫌だ……京を失ったら……俺は生きていけない……。どうしたらいいんだ。
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