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わがままドッキリ♢壱成♢ 後編
京が冷気を漂わせて戻ってくる。奇妙なものを手首に付けて。
なんだあれは……手錠……?
なんで手錠? どうして家にそんなものがある? どうして手首に付けてる?
疑問で頭がいっぱいになっている間に、俺の手首にも手錠をかけられた。
「は……」
京と俺が手錠で繋がる。
京は何をしてるんだ……?
「これでもう逃げらんねぇからな」
「……逃げる?」
どうして俺が逃げるんだ?
「おい」
まるで憎しみ抱くような冷たい目で俺を睨みつけた。
「お前、誰だ」
一瞬、言われた意味が分からなかった。
誰だ……って言ったか?
「壱成はどこだ。いつ入れ替わった? …………もしかして憑依 ?」
「…………は?」
京は何を言っているんだ?
「……そうだよな。ずっと壱成と一緒にいたんだ。入れ替われる隙なんてなかった。憑依か。……あークッソ! どうやったら壱成が戻ってくるんだよっ」
「おい、京、お前なにを言って……」
「っるせぇっ。しゃべんなっつったろっ」
入れ替わるとか憑依とか……本気で言ってるのか? 嘘だろ?
いくら俺が変だと思ったからって、導き出した答えが憑依?
「おかしいと思ったんだ。壱成が仕事を面倒くせぇなんて言うわけねぇじゃんっ。あークッソ……壱成が素直に甘えてくれてると思ってすげぇ嬉しかったのに……っ」
ガシガシと頭をかきむしって「マジでこれどうすりゃいいのっ」「壱成を助けなきゃ……っ」と、どんどん青ざめていく京を見て、また幸せで胸が熱くなった。
俺をどこまでも愛してくれている。やっぱり京は最高だ。
「京、俺は憑依なんてされてない。本物だ」
「……まだ言うか? 黙れよ。壱成はな、絶対ネコは譲らねぇんだ。タチをやりたがるなんて絶対ありえねぇんだよっ。お前は絶対壱成じゃねぇっ!」
そうだよ、その通りだ。俺がネコを譲るなんて絶対ない。
でも、だからって憑依って。なんでそんなぶっ飛んだ発想になるんだ。
あまりに可愛くて、笑いが込み上げてくる。
京といると、本当に一生笑っていられるだろうな。
「なに笑ってんだお前。早く壱成の中から消えろっ。あーもーっマジでどうしようっ」
京はポケットからスマホを取り出し操作して耳に当てた。
おいおい、誰に電話だ。憑依とかバカなことを誰かに話すのか?
そう焦ったとき、京の口から出てきた名前に思わずホッと息をついた。
「秋人っ!」
よかった、秋人か。それなら大丈夫だろう。きっとわがままドッキリだと気づいてくれる。
「大変なんだよっ。壱成が消えたんだっ」
『えっ?!』
驚いた声が漏れ聞こえる。すまん秋人。巻き込んでしまって。
「壱成だけど壱成じゃねぇんだ。入れ替わる隙なんてなかったし、憑依かなんかだと思うんだっ。なぁこれどうしたらいいっ? 壱成をどうやって助けたらいいっ?」
秋人は気づいてくれるだろうか。不安になってきた。
まさか変なところに連絡されたりしないだろうな。
「いや絶対壱成じゃねぇんだってっ。帰りの車から変だったんだよっ。疲れたとか運転代われとか、壱成が仕事を面倒くせぇなんて言うわけねぇじゃんっ? 帰ってきてからもずっと色々おかしかったんだよっ」
青い顔で京が必死にまくしたてる。
すると、今度は驚愕の顔で目を見張った。
「大丈夫ってなんだよっ! 何を根拠にそんなこと言ってんだっ?! おい、なんで笑ってんだよっ!」
秋人が笑ってると分かって安堵の笑みが漏れた。よかった。気づいてもらえたんだな。
「いやだから絶対壱成じゃねぇんだって! ありえないんだ! だって壱成が言うはずないこと言ったんだよ!」
あ、おいその話はするなっ。
「京、ちょっと待てっ」
しかし、俺の制止は間に合わなかった。
「壱成がタチをやるって言ったんだっ!」
『……ぶっっはっ!!』
秋人が派手に吹き出すのが聞こえて、さすがに羞恥で身もだえる。
そんなことまで秋人に話すなバカっ。
「だから笑うなってっ! なんで信じてくんねぇのっ?! 絶対壱成じゃねぇんだってっ!!」
京はどんどん青ざめていく。このままだと本当に霊媒師のところにでも連れて行かれそうだ。
もういいか。俺に怒ったわけではないが目的は果たせた。
秋人もきっと困ってる。俺が言わないかぎり秋人からは言えないだろう。
「京」
俺が空いてるほうの手で肩を掴むと「離せよっ! さわるなっ!」と身体をひねって振り切られる。
秋人の笑い声がスマホから漏れてくる。
「京、これはドッキリだ」
「っるっせぇ! 黙れ!」
そう叫んだあと、京の勢いがはたと停止した。
俺の言葉を咀嚼 でもしてるんだろう。ビクともしなくなった。
静かになった京に、俺はもう一度はっきりと伝える。
「京。これはわがままドッキリだ」
伝えた瞬間、壊れた機械のようにギギギっと俺に振り向いた。
目が合い笑いかけると、前かがみになっていた京の手からスマホがすべり落ちる。
「いっっ、たっっ!!」
ゴンッといういい音がして京が足を押さえてうずくまった。
「おい、大丈夫か?」
と京にふれると、京がその手を払い除けてからハッとする。
「……い、壱成……か?」
「ああ」
「ほ……本物?」
「本物だ。お前の言う通り、俺はネコは譲らない。わがままドッキリにはピッタリだったろ?」
そう笑いかけると、京の瞳にじわっと涙が浮かんで「壱成っ!」と力強く抱きしめられた。
手錠で繋がれてる俺の手まで背中に引っ張られる。
「痛い痛いっ、手錠、手錠っ」
「あ、あ、ごめんっ、壱成ごめんっ」
京は慌てて腕をゆるめ、もう一度片手で俺を抱きしめた。
「よかった……っ。ドッキリでよかった……っ。マジで怖かった……壱成が消えちまったかと思った……っ」
「俺は……お前を失うのかと思って怖かったよ。あんな京は初めて見た」
「マジで心臓に悪いって……っ」
「京、電話は? そのままじゃないのか?」
「あ……っ」
ハッとした京は足元からスマホを拾い上げ、画面を確認してから耳に当てる。
「秋人! ごめん! ドッキリだった!」
『ぶははっ』
秋人に駆けつけてもらう結果にならなくてよかった。
京がすぐに信じてくれてホッとした。
「お前さー。なんで壱成にまでやらせんだよー。……はぁ? 壱成がやるって言い出した? ……え、マジで?」
ひとまずサンキュ、と電話を切った京が、俺をマジマジと見て聞いてくる。
「ドッキリって、壱成が自分でやるって言ったのか?」
「そうだよ。ダメだったか?」
「えっ、いや、いい、いいっ。すげぇいいよっ。またやって!」
「またって。何度もやったらドッキリじゃないだろ」
「ドッキリってか、壱成のわがまますげぇ嬉しかった! またやって! もうずっとそのままでもいいよっ?」
「それじゃ京が疲れるだろう。まぁ、たまにはいいかもな?」
わがままを言うだけであんなに幸せになれるなら、もういつでもやりたい。
「ところで京」
「ん?」
「この手錠はなんだ?」
ギクッと固まって京の顔が強ばった。
「あー……えっと、なんでこんなモノがウチにあるんだろうね」
「棒読みだぞ?」
「そんなこと……ないぞ?」
「もしかして……昔誰かとそういうプレイを――――」
「はぁっ? 違うっ! これは壱成とちょっとやってみたら楽しいかなって思ってっ!」
勢いよくわめいてから、しまったという顔をする。
なんだそうだったのか、と頬がゆるんだ。
「そうか。俺とのプレイ用に買ったのか。なんで使わなかったんだ?」
「だ……って、壱成がそういうの大丈夫かどうかわかんねぇし……さ」
最後は消え入りそうに小さな声になる京がたまらなく可愛い。
俺はお前の初めてが手に入るなら、なんでも嬉しいと伝えてあるのに。
「よし、今日はこれを使おう」
「えっ、マジで言ってる?」
「マジで言ってるぞ。ダメなのか?」
「えっ、いやいやいや、ダメじゃねぇよっ。本当にいいのっ?」
「京がやりたいことはなんでもやっていい。痛いことは嫌だが……」
京が「そんなことっ」と言いかけたが、俺はそれをさえぎってキッパリと断言した。
「でも、俺に痛いことなんて京は絶対しないって分かってる」
京が目を見開いた。
「それくらい、ちゃんと分かってるよ」
「うん、そっか。よかった」
照れくさそうにはにかんで、手錠で繋がれた俺の手に指を絡める。
「じゃあさ。手錠の他にもやりたいことあんだけど……」
「なんだ? 遠慮せずなんでもやっていい」
「……じゃあ、目隠しも、いい?」
「手錠と目隠しか。楽しそうだな。よし、さっそくやろう」
「ま、マジかぁっ。もっと早くお願いすればよかったーっ!」
よっしゃー! とガッツポーズで喜ぶ京を見て俺は笑った。
ベッドに二人で転がって、たっぷりとキスをする。
手錠で繋がった手がいつもと違って、なんだか楽しい気分になった。
「壱成のわがままドッキリだったのに、最後は俺のわがままになちゃったな?」
一度外した手錠を俺だけにかけ直し、用意したアイマスクをつけながら京が申し訳なさそうに言った。
「こんなの全然わがままじゃないだろ。俺がなんでもやっていいって言ったんだ」
視界がさえぎられ真っ暗になって気がついた。これだと京のハニーベージュの髪色も青緑の瞳も見えないな。
「京」
「ん?」
「これはいいな」
「え? いい? こういうプレイ好き?」
「久しぶりに頭がおかしくならずにできそうだ」
「……なるほど。ノブになる手間がなくて手軽だな?」
真っ暗で何も見えない中、突然耳を撫でられ、反対の耳に京の声が響く。
「でも俺は、いつもより頭がおかしくなるのを期待してるけどな?」
ゾクッとして身体が震える。
たしかに、俺は間違っていたかもしれない。
これはいつもよりも危険な気がする。
ドキドキとワクワクが半端ない。
わがままドッキリをしなければ、手錠は登場しなかった。
こういうプレイがしてみたいと、いつまでも京は言い出せなかっただろう。
俺は、わがままドッキリに感謝した。
秋人に感謝した。
……いや、そもそもは京の発案だったな。
「……あぁっ、……んっ、京……っ……」
今から俺の、新しい扉が開く――――
終
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