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サイレントキス

 こんなクリスマスは初めてだった。  いつもはただの電飾も、今は満天の星に包まれているようにキラキラと輝いた。  頬を撫でる風も今は冷たくない。  ドキドキと胸が高鳴って、苦しいくらいだった。  世界がようやく鮮やかに色付いたようで、雪利はそれに見とれるだけだった。 「雪利、君の心はこんなにもあたたかいよ。俺の手も溶けそうなくらい」  ヨキはそう言いながら雪利の胸の辺りに手を置いた。分厚いコートの上なのに、ドキドキという心臓の高鳴りが響いてしまう気がした。 「雪利、君の心は冷たくなんかないよ。誰も知らなかっただけなんだ。触れなかっただけなんだ」  ヨキが優しく笑った。 「……いやだよ、いやだ、ヨキ」  ヨキがどこかに消えてしまう気がした。もう別れの時なんだ。 「僕は……僕の心は冷たいんだ。ヨキ、君だけしかいないんだ……ヨキ……」  縋るように雪利が言った。  雪利は「心が冷たい」と言われて、それを受け入れていたつもりだった。でも、本当はそうじゃなかった。  他の人のように嬉しかったり、楽しかったり、キラキラとした世界の中で同じように過ごしてみたかった。  今日が、ヨキと過ごした瞬間だけが、そうだった。ヨキがいなくなったらまた戻ってしまう。  それが悲しくて仕方なかった。 「大丈夫だよ、雪利。雪利の心に触れる人が、きっとすぐに現れるから」  ヨキの手が雪利の輪郭を撫でた。指が唇をなぞる。  ああ、いなくなってしまう。消えてしまう。雪利は目を閉じた。消えてしまうヨキを見たくなかった。  静かに、音もないキスが雪利の唇に触れた。ほんの一瞬だった。  雪利が目を開くと、そこにはもうヨキの姿はなかった。  空からはいつから降り出したのか、真っ白の雪にが降り出していた。雪利の唇に触れたのは、雪だった。  冷たいはずの雪なのに、心なしかあたたかい気がした。 「ヨキ……」  本当かな。僕の心は本当にあたたかいのかな。君と過ごしたみたいに、また楽しい時を過ごせるのかな。  雪利は声もなくその場で泣いた。胸が苦しくて、熱くてたまらなかった。こんなにも心が熱くなるのは初めてだった。

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