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第1話 心配性にも程がある <Side 網野
「柊 が捕まんねぇっ!」
営業先から会社へと戻り、事務所のあるビルに入ろうとしていたオレ、網野 育久 の胸ポケットで、スマートフォンが震えた。
電話を取った瞬間に響いたのが、於久 真実 の切羽詰まった声だった。
「は?」
あと数分で就業時間も終わるというタイミングで帰社したオレは、私用の電話を繋いだままに事務所へと向かう。
於久は、オレの大学時代からの友人。
柊というのは、於久の恋人で、部署は違えどオレの会社の先輩、小佐田 柊 。
いきなり、小佐田さんが捕まらないと言われたところで、〝オレにどうしろと?〞という反応しか返せないのは、ごく自然なコトだ。
呆気に取られているオレを置き去りに、於久は不安を募らせる。
「メッセージ送っても返ってこねぇし、電話も出ねぇんだよ。お前に聞けば、会社にいるかわかんだろ」
「いや。オレ、部署違ぇし」
なんなら働いているフロアの階数さえ違う。
オレは、化粧品会社の営業で、小佐田さんは開発部。
開発部のフロアは、階下になる。
自席でパソコンでも開いているなら、グループウェアのスケジュールで直ぐにでも確認できるが。
「今、戻ってきたばっかだから、余計わかんねぇ」
辿り着いた自席の上には、経費精算しなくてはいけない領収書が、溜まっていた。
さらに、近々向かう得意先に出す提案書に見積、なんなら稟議書までもを仕上げなければならない。
そう。オレは今、めっぽう忙しい。
於久にかまっている1分1秒が惜しいのだ。
適当にあしらおうと口を開くオレに、於久の声が重なった。
「……なんか事件にでもっ」
電話越しに伝わる青褪め怯えている於久の空気感に、オレは軽い溜め息を吐く。
単純というか、突拍子もないというか……。
斜め上を行く於久の想像力に、呆れは止まらない。
「馬鹿かお前は。ドラマじゃあるまいし……」
はっと鼻で笑い飛ばしてやり、言葉を繋ぐ。
「お前、またなんか要らんコト言ったんじゃねぇの?」
於久は、前科持ちだ。
オレと寝たのではないかなどと、小佐田さんに有らぬ疑いをかけ、逆鱗に触れ、別れかけた過去がある。
「ぇ…。いや、……」
ぼそぼそと紡がれた声に、電話の向こうで頭をフル回転させているであろう於久の姿が浮かんだ。
〝知らねぇ〞の一言で片付けようかとも思ったが、放っておいたら『捜索願』でも出しそうな於久の勢いに、オレは腹を括る。
無音になった電話口に、疑問符を足してやる。
「んで。いつから捕まんねぇの?」
パソコンの電源を押下し、焦る於久を尻目に、オレは落ち着き払った声で問う。
「朝っ」
………朝って。まだ、24時間も経ってねぇじゃねぇか。
心配性にも程があんだろ。
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