5 / 46

第5話 未来の聖騎士

 ギフト・ベレッティ。今はただのギフトである未来の聖騎士が僕の前でニコニコと笑っている。    ――何故こうなった……?  と、頭には疑問符が沢山浮かんでるけど、そういえば昨日また話しようとか言ってた気がする。  社交辞令かもしくはオーナーの家か店で話すもんだと思ってたから、朝一でやって来て『オッサーン!昨日のおチビちゃんどこ~?ちょっと借りてく~』とか言われた時はオーナーは元より僕もぽかん、としてしまった。  ギフトに連れられてやって来たのは昨日と同じお洒落な店が並ぶ通りのカフェ。  白っぽい木で統一されたテーブルや椅子。カウンター席はないけど、客席から厨房が見えるようになっている。  その厨房にはちょっとふくよかな、でもふんわり優しそうな笑顔が良く似合う40半ばのお姉さん。女の人は何歳だろうと『お姉さん』と呼べ!というのはどうも前世の記憶っぽい。  鬼の形相をした『姉』に怒られた……そんな記憶がうっすら蘇ってブルブルと頭を振って忘れる事にする。悪鬼退散!!!悪鬼たいさーーん!!……というのも多分その時の記憶かな?昔の僕はよほど『姉』が恐ろしかったんだなぁ……。  なんて他人事みたいに考えながら、白っぽい木で出来たテーブルにかかる格子柄のテーブルクロスを指先でちょい、っと撫でて気付く。  これ!手縫いだぁ!僕家事的な事得意だけど、縫い物だけは苦手なんだよね。  ハッ!もしかしてこのふかふかクッションの刺繍も!?すごーい!! 「さっきからクッション撫で回して……そんなに珍しい?」 「これ!刺繍!手縫いだよね!」  昔は淑女の嗜みとか言って貴族子女と刺繍はセットみたいになってたんだけど最近は魔導工学が発展して今まで手縫いでやってたお針子仕事が全部魔導機で出来るようになった。イメージを紙に色付きで書けば、大きさ、色、形、全部その通りに刺繍してくれるんだ。  だから最近手縫いの刺繍ってあんまり見かけない。魔導機でやったやつは縫い目とか綺麗なんだけどやっぱりこう単調で温かみがないだよね。でも手縫いだとその人の癖みたいな物が縫い目に表れるから、手縫いの刺繍の方が好きなんだ。  自分でも出来ないかと思って試したけど、猫の刺繍だったのにたまたまそれを見た弟のラーグから『熊?』と訊かれてやめた。 「おチビちゃんは刺繍好きなんだ?」 「僕は出来ないけど見るのは好きだよ」  クッションにも刺繍されてるこの国の国花マルゲリータは刺繍のモチーフとして人気が高い。もっとも僕がやると謎の植物になってしまうんだろうけどね。ゲテモノとかグロ好きになら売れるかも知れない。……自分で言ってて悲しくなってきたからやめよう。 「刺繍上手な人憧れるなぁ~」 「習ったりしないの?」 「ん~、あのゲテモノをマトモな刺繍になるようにしてくれるなら……?」  ゲテモノ?と首を傾げるギフトに過去挑戦した時の話をしたら爆笑された。腹立つな。あんたは出来るのかー!バーカバーカ!!なんて未来の聖騎士には怖くて言えないからムス、っと口を尖らせるだけに留めておいた。僕みたいなやつは賢く生きなきゃね! 「チビちゃんって不思議だねぇ?どうして王太子妃やめちゃったの?大変だろうけど、こんな所で働くより良い暮らしは手に入っただろうに」  はぁ?良い暮らし?馬鹿言わないでよね。例え僕が本当に王太子妃だったとして、あの魔窟みたいな王城でのほほんと暮らせると思ってるの?あんなの魑魅魍魎と同じだよ。油断すると簡単に喰われて終わっちゃう。  ……そう考えるとおバカなハガルはあんな所でやっていけるんだろうか。僕には関係ないけど、何か心配になるわ。バカだから簡単に騙されてそう……。殿下の寵愛だけでやっていける程王族は甘くないと思うんだけどな。それとも僕が知らないだけでハガルもきちんとした王妃教育を受けてたんだろうか。  まあ、いっか。僕には欠片も関係のない話。 「婚約破棄をしてきたのは向こうだよ」 「契約違反だって何かしらの補償を貰ったりしなかったの?」 「王族相手に出来ると思う?それに最初から僕はただの捨て駒。死んでくれたらラッキー、くらいにしか思ってないでしょ」  尤も小説のウルは死を選ぶどころか魔王になって復讐する方に走ったけど。そう考えたらのおかげで国の平和が守られたんだから殿下達は僕に誠心誠意感謝して欲しいくらいだよね。  ふと見ると、ギフトは何とも言えない顔のまま僕を見つめてる。あ、もしかして捨て駒云々で同情されてる? 「正直僕は王族になんて興味はないから捨ててくれてありがたいくらいだよ。こうしてオーナーとひとつ屋根の下で暮らせるし~」  両手で頬を挟んで恥じらい乙女ポーズをするけど、ギフトはますます何とも言えない顔になった。何だよ失礼なやつだな。僕みたいな可愛い子が可愛いポーズしてるんだからちょっとは絆されて欲しいもんだ。 「ところでさぁ……チビちゃんはどうやってオッサンの事見つけたの?一応王太子妃候補だったんなら自由なんてなかったんじゃない?」  はいはい、来ましたよこの質問。  そりゃ疑問はごもっとも。だって僕は隣国の王太子妃候補、そうじゃなくても公爵家の長男だから本来なら護衛もなしに出歩けない身分。でも偽物の僕に護衛はいなかったし、代わりに学園から一歩も出るなって扱いだった。学園から出なきゃそりゃあ護衛つけなくても違和感ないもんね。  どうしても外せないパーティーには殿下が嫌々僕をエスコートして護衛騎士引き連れて出てたからその間にも僕の自由時間は皆無。殿下の護衛兼僕が勝手をしないか監視もしてたんだと思う。  課外授業だって未来の護衛騎士になる予定の騎士候補が僕にぴったりついていて自由時間なんてなかったし。あれは多分僕がハガルに嫌がらせしないかの見張りだったんだろう。――そこまで見張ってるのにハガルの食事に虫が入ってた、って大騒ぎして犯人が僕だって事になった時には思わず失笑しかけたけど。だってねぇ?それって僕を見張ってた騎士候補は僕如きに隙をつかれちゃう無能だって言ってるようなもんじゃん。可哀想に、巻き込まれた彼はあの後肩身が狭そうだったよ。八つ当たりで殴られたのは僕だから同情はしないけど。  そんなこんなで、基本僕に自由はなかった。表向きは、ね? 「僕、ニンジャなんだ」 「は?」  転移魔法が使えるのはあんまり言いたくない。本当なら魔術陣なくても自力で転移出来るんだけど、自力で転移魔法が使える程の魔術師は多くないから魔術師団に目をつけられたりしたらめんどくさいし。  普段魔塔に住む魔術師団は基本的に魔術以外に興味はない。一応王家、騎士団、教会どれにも所属してない独自の機関なんだけど有事の際だったり魔塔主が必要と判断した時には外に出て来て国の為に働くらしい。  だけど普段の彼らはただの魔術バカ。僕みたいなのが見つかったらあっという間に捕まってモルモットにされた挙句いつの間にか魔塔の住人にされちゃうだろう。あの人達に倫理観とかない、って聞くし。  だから出来るだけ僕の魔力が高い事は知られたくないんだよね。 「ニンジャ、って知らない?東の方にある国の不思議な術を使う兵士の事なんだけど」 「あれでしょ?水の上を走ったり、いつの間にか姿を消してたりかと思えばいきなり出てきたりする……」 「そうそう。それ使ってこっそりと抜け出してね……?」  本当は部屋にいる時に転移魔法でこの国まで跳んでたんだけどね。魔術陣は一度行った事がある場所じゃないと発動できないし。  オーナーの店探しに少しだけ時間がかかったけど、小説に書いてあった情報を頼りに探した教会が近くて川が近くて、少し歩けば大通り、なんて立地条件の建物はそんなに多くない。――教会の側に娼館?って思ったけどそういう仕事をする人達だってお祈りする権利はあるだろう、っていつぞやオーナーが言ってた。確かにそうだよね。世間では穢れみたいに言われる仕事だけど、じゃあそこにやってくる人達は穢れてないのかよ、っていう。  店を見つけてからは毎回魔術陣で来てたから転移が使えるのはまだ誰にもバレてない筈だ。 「正直に話す気がないのは良くわかったよ」 「え~、ホントなのに……」  ギフトはこれ見よがしなため息をついてきたけど、僕だって譲れない物があるんだよ。  なんて思ってたら、目の前にドン、と大きなオムライスが出て来てびっくり。っていうか!これ何人分!? 「あんたも素直じゃないねぇ。正直にエオローが心配だから、って言えば良いのに」 「別にオッサンの心配なんかしてません~」 「ごめんよチビちゃん。この子ったらチビちゃんがエオローに何かするんじゃないかって疑ってるのよ」 「何か……?そ、それってエッチな……!?」  エッチな事ならしたいよ!あのムチムチの胸に吸い付いてみたいしあの大腿四頭筋で挟まれたらさぞムキムキだろう、とか毎晩妄想しちゃうし!きっとどこもかしこもカッチカチなんだろうな~!!  あ、あっちの方とかまだ見た事ないけど防御力抜群なおパンツのサイズから言って絶対ご立派だろう。……僕のお尻に入るかな?解しといた方が良いかな? 「どう思う?」 「いや、そもそもオッサンがチビちゃんを抱くとは思えないけど……?……ん?チビちゃんが抱く方だったりするのか……?」  ギフトは混乱してとち狂った事を言い出す。  ΩのSubが抱けるわけないじゃん。なんて言葉は飲み込んで。 「え~?なんで?僕めちゃくちゃ可愛くない?」 「……チビちゃんが真面目に答える気がないのは良ーーーーくわかったよ……」  何だって!?僕はめちゃくちゃ真面目に訊いたのに! 「まぁまぁ。少なくとも危害を加えるような子じゃないって本人も言ってたからさ」  本人も?それってオーナーが僕の話をしてたって事?やだも~!僕の知らない所で僕の話するなんて、オーナーったら僕の事結構好きなんじゃん!僕も好きだよオーナー!! 「ギフトが何の心配をしてるかわかんないんだけど、オーナーは僕にとって神様なの。神様を攻撃するなんて事ありえないから安心して欲しいな。エッチな事はするけど」 「するんかい」  神様と言えど妄想は自由でしょ!妄想ついでにちょっとおパンツ嗅いだり寝たふりしながらオーナーの大胸筋嗅いだりしちゃうでしょ!  お店のお姉さんが『あんた面白い子だね』なんて爆笑しながら僕の背中バンバン叩くから背骨折れるかと思ったよ……。  そんなこんなで何か疲れたようにゲッソリしたギフトとオムライスを食べてたら、窓の外に何だか見慣れた水色が見えた気がして外に視線を向ける。  窓の外は快晴で、一台の馬車がガラガラとどこか乱暴に道を駆けていて不意に停まった。  こんな往来に停まるなんて迷惑だなぁ、なんて思ってたら。 「は!?ま、マリオット!?」  淡い水色の髪が左右に大きく振られている。  腰に回された太い腕には大きな刺青が見えていて、僕と同じくらいしかないマリオットの足は既に地面についていない。 「誘拐ーーーー!!ギフト!誘拐犯がいる!」  叫んで立ち上がる。  馬車の扉から微かにマリオットの暴れる足が見えてるけど、今から走ったって絶対間に合わない距離だ。  ギフトが気付いてすぐ店の外に走り出したけれどもう扉は閉まりかけてるし何だったら馬も加速を始めてる。周りの人達もあまりに白昼堂々と行われた誘拐に驚きすぎて固まってるようで。  そりゃそうだ。僕だって誘拐されたのがマリオットじゃなかったらぽかん、と見送ってしまってた。 「お姉さん!僕魔法使うけど誰にも言わないでね!!」 「え、ちょ、あんた――」  お姉さんの焦った声を聞き流し、馬車の車輪に意識を向ける。貴族が使うしっかりした車輪じゃない、木で出来た粗末なそれは僕がちょっと重力を弄っただけで簡単にバキっと折れて馬車は大きくバランスを崩し道のど真ん中で大回転した挙句横転してしまった。周りの人達が慌てて逃げたのは見えたから被害はないだろう。  あ、中にいたマリオットは大丈夫かな……?  一瞬ヤベ、って思ったけど馬車にギフトが乗り込んで行ったのが見えたから大丈夫かな。天井だった場所を突き破って誘拐犯の一人が転げ落ちて来た時はびっくりしたけど、続けて2人転がり落ちて来て地面でうごうご蠢いている。  ……うん。何かの虫みたい。気持ち悪い。そして多分あれはマリオットの魔法だ。見えない糸を紡いで敵の動きを封じるのはアイツの得意技だった。馬車突き破ったのはきっとギフトだろうけど。  その頃になってようやく詰め所にいた騎士が数人やって来たのが見えた。誰かが誘拐を通報してくれたんだろうけど、誘拐事件だと思ってやって来たら交通事故が起こっていて騎士達も困惑しつつ、誘拐犯に縄をかけていたギフトに声をかけているようだ。  しかもギフトが身分証みたいな物を見せた瞬間、余計な真似すんな、みたいな顔してた騎士さん達がサッと顔を青くしてビシッと敬礼したもんだから僕も目が点である。 「ねぇねぇ、お姉さん。ギフトって偉いの?」 「ああ、あの子は王城騎士だからね。街にいる騎士よりは立場が上だよ」  なるほど?町の駐在さんと警視庁の人との違い、みたいな?  あんなのんびりした感じなのに、……いや、そうだった。ギフトは近い将来国に数人しかいない聖騎士になる予定の男だった。そりゃエリートだわ。あんな感じでも絶対強いわ。基本的にエリートってαばっかりだからβにとって希望の星になるだろうな~。その上Domでもない、Switchだもんな。ある意味主人公向きなのはおバカなハガルじゃなくギフトの方だったのでは……? 「ね、あの誘拐されかけたのって多分僕の友達なんだけど、今あそこで声かけてもいいかな?」 「それはやめときな。今はギフトがいるから真面目に働いてるけど、騎士の中には柄の悪いやつらもいるからね。あんたみたいな可愛い子が来たら絡まれるよ」  そうだよね。ウル()可愛いもんね!  結局誘拐犯と被害者のマリオットを詰め所の騎士に任せて戻って来たギフトにお願いしてマリオットをオーナーの店に呼んでもらう事になった。僕を送った後そのまま詰め所に戻ってマリオットを連れ帰ってきて……って未来の聖騎士をこき使う僕って魔王っぽくなってない?大丈夫かな。いや、聖騎士を配下に置く魔王なんていないだろうけども。

ともだちにシェアしよう!