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第6話 再会
本来だったらマリオットとは連絡を取らないつもりだった。
だって全くもって覚えがない事ばっかりだったけれど、僕は本物の王太子妃になるハガルに嫌がらせをしたという罪で国外追放になった身。公爵家からも除籍された今、身分はただの平民だ。
そんな僕が子爵家子息のマリオットと今まで通り仲良くしてるのを知られたらマリオットが何かしらの迷惑を被るかも知れないから。マリオットも自分が関わる事でまたバカ王太子達が僕に何かするかも、って思ってお互いこの3ヶ月連絡を全く取ってなかった。
それがどうしてこうなったか、というと。
「本っ当にあのバカ殿下はバカじゃないのか!あ、バカか」
さらりと左肩でまとめておろした淡い水色の髪はまるで青空を映した清流のよう。薄緑の瞳は窓からの太陽光でも最後に見た王城でのようにキラキラと宝石みたいに輝いている……が、ぱっちりした二重のお目目を吊り上げて、ふっくら薄ピンクの唇からはその可愛らしい顔から出てきそうにもない言葉遣いが飛び出した。
「めんどくせぇ公務はコイツに押し付けて、自分達は楽しい事だけしていたい、って事か?」
開店前だからお姉さん達は準備でいない。
食堂のカウンターに座ったマリオットは目の前に出されたクッキーを摘まみながらオーナーに力強く頷いた。
マリオットが持ってきた情報はこうだ。
――ハガルが想像以上にダメダメだった。予測を遥かに上回ってダメだった。
まあわからんでもない。学院に通ってる時から成績は悪かったし、ただ可愛い、ってだけで世の中渡ってきたようなやつだ。
僕が受けてた王妃教育は本来僕よりもっとしっかりした物をこっそりハガルが受けてないとおかしかったのに、どうやらハガルのバカは普通の家庭教師を装って来ていた王妃教育の教師を誑かして……まあ、その……ぶっちゃけ閨教育ばかりしていたそうな。
そんなわけでいざ僕を追い出して、さあこれから王城で堂々と王太子の婚約者として公務を少しづつ覚えてもらうぞ、と意気込んでいた家臣達は戦慄したらしい。
『国賓の名前?こんなに沢山覚えられないよぅ……』
『重要機密?ごめん、知らなくて友達に喋っちゃった』
エトセトラエトセトラ……すでにキリがないくらいやらかしているそうで、バカ殿下も殿下で――
『今までウルティスレットが嫉妬からハガルの教育の邪魔をしていたんだろう』
『全ての責はウルティスレットにある!』
なんてハチャメチャな事を言い出し、挙げ句内心ではハガルが王太子妃として全く器じゃないと恐らくは自覚した上でこう言ったそうだ。
『ハガルの教育を邪魔していたのはウルティスレットだ。ならば奴がハガルの代わりに公務をしたら良いだろう。仮にも元は婚約者だったのだから礼儀作法くらいはマシな筈。奴を捜しだし、ハガルへの無礼を許し、私の正妃として迎えてやると言え。私を愛していたあいつならば喜んで戻ってくるだろう!』
「殿下を愛していたウルティスレットさんって誰ですかね?」
おかしいね。僕は殿下に愛のあの字どころか字を書く最初の一滴程も愛情を持って接したことなんてない筈だからね。どこのウルティスレットさんが殿下に愛を囁いてたんでしょうか。
「頭わいてんだよ。あのバカ殿下」
そんなわけで、水面下で僕に同情してくれていたマリオットの父親シェザール子爵が他国交流って名目でマリオットを僕の所に寄越してくれたらしい。
ちなみにさっきの誘拐犯は国境で絡まれたごろつきで適当にあしらったらこっそり後を付けて来やがったようだ。他国交流の為、という名目で来ている以上本当の目的地は別にあるしもちろんマリオットにも子爵家からの護衛がついてるけど、どこから情報が漏れるかわからないから1人で僕の所に向かおうとしていた所を狙われてしまったみたいだった。――それに関してはギフトからこってり怒られてたから僕からのお説教はいらないだろう。
今は長旅で疲れたから、って宿屋の自室に籠ってる事にして幻影魔法で布団の中に突っ込んだ枕がマリオットに見えるようにしてあるんだって。それなら今のところ護衛さん達の心臓は大丈夫だろう。
部屋を開けてみたら大事な坊っちゃんがいなかった、とか護衛さんの心臓止まっちゃいそうだもんな。
「それにしたって……僕を追い出してから3ヶ月しか経ってないのにヤバくない?」
「ヤバいなんてもんじゃないだろ。あのバカ共が王位についてみろ?国が滅ぶわ」
ついに敬称が抜けてしまいましたよ、マリオットさん。
「そう簡単に国は滅びないだろうが……傀儡になる未来しか見えないな」
流石にオーナーも苦笑いだ。
こんな話スタンレールでしようものならそこら辺に紛れてる騎士とかに不敬罪で捕まるだろうけど、ここはパルヴァンだから言いたい放題。
「大体さぁ、ハガルって下半身ゆるゆるなのにそれでも妃にするつもりなのがもうバカだよね」
「そうなのか?」
そういやオーナーにハガルの話ってちゃんとした事なかったっけ?
ぶっちゃけオーナーの側にいられたら他の事はどうでも良かったから家族の事もあんまり詳しく言ったことなかったかも。
「殿下以外ともヤりまくりだよ。あの人達ハガルは他の人ともヤってるけどその中でも自分が一番好きだ、って全員が思ってるもんね。ハガルのあれってある意味才能じゃない?」
「偽物だったお前は貞操守ってんのにな」
「僕の初めては〜、オーナーにあげるの〜」
キャ、っと頬に手を当てて言ったらお盆で頭叩かれた。ゴン、って結構な音がしたけど、音だけだ。全然痛くない。
横からそれを眺めてたマリオットの視線が何だか優しげなのが少し居心地が悪くて目を逸らしてしまった。
「バカな事言ってないで、実際の所どうするつもりなんだ。帰る気はないんだろ?」
「聞いた?マリオット。僕こんなにオーナーにアピールしてるのに相手にしてもらえないんだよ〜」
「押し過ぎなんじゃね?たまにはひいてみたらどうだ」
「なるほど……」
うむむ、なんて顎に拳を当てて考えるふりをしてたら今度はお盆の角が頭に当たる。
「オーナー!流石に角は痛いよ!」
「真面目に考えろ、って言ってんだ」
「確かにあのバカに捕まったら今度こそ死ぬまでこき使われるぞ」
勿論自分から戻るつもりなんて欠片もない。
だけど万が一ここが見つかって無理矢理連れて行かれたらどうしよう。
「……今の僕ってただの平民だよ?」
「お前もバカか?王族から赦免する、身分剥奪も国外追放もなかった事にする、って言われたら終わりだろ」
そうだった。殿下はバカでも王族だったな。いや、そもそもの話――
「それって陛下や妃殿下は認めてるの?」
「認めるわけないだろ、そんなバカな話」
でしょうね。
「だったら赦免もないんじゃないか?」
ちらり、と壁にかかった時計を見ながらオーナーが言った。
そろそろ開店が近くなってきたからお姉さん達も降りてくる頃だ。
「両陛下が認めなくても、あるだろう。認めざるを得なくなる方法が1つだけ」
「――絶対嫌だ」
トントンと軽い足音が聞こえて何か言おうとしていたオーナーが口を噤む。
「ね〜、ウル〜!この間の香水……あれ、お客?」
「やだ〜!可愛い子じゃない!なぁに?筆下ろしに来たのかしら?」
キャッキャと楽しそうなお姉さん達を前に続けられる話じゃない。
マリオットも時間を見て立ち上がった。
「失礼。道に迷ってしまっただけなんです」
そう言いながらにっこり余所行きの笑顔を浮かべると、マリオットは紛れもなく貴族の一員になる。笑顔の裏がわからない、完璧な笑み。貴族に慣れてるお姉さん達にはわかるだろうけど、慣れてない人はこの綺麗な笑顔で騙されちゃうんだよな。
「お店の準備もあったのにわざわざお茶までありがとうございました」
「少し待ってろ。またさっきみたいな事があったら困るからティールを呼ぶ」
ギフトは本当に僕を見に来ただけらしくマリオットを店まで送ってくれた後帰っちゃったし、オーナーは今から店があるし妥当だろう。マリオットは誰の事かわからないから首を傾げてたけど、わざわざ他人のふりをしてる僕に「誰?」なんて聞いたりしない。
だから僕もわざとマリオットから離れて香水がどうこう言ってるお姉さんの所に行った。
「この間のってベルガモットのやつ?」
「それそれ。もうなくなっちゃったのよ。また作って」
「全く同じが良い?似たようなやつがいい?」
話してる内に玄関が開いて近くの教会に住んでるティールがやってくる。
相変わらず愛想もくそもない無表情なのに……。
(えぇぇぇぇ……まさかマリオット……?)
何だか無駄に目がキラキラして白い頬の血色が良い。
さっきまでの貴族然としたキャラはどうしたー?お目目ハートになってるじゃん。
確かにティールは小説で第二の主人公だからそりゃあイケメンだけど……、こんな能面みたいな奴がいいのかマリオット!!まだ愛想の良いギフトに惚れる方が理解出来るのに……何でティールなんだ!
そもそもティールはこの国の第3王子と恋に落ちる予定だ。ただ僕が魔王になってないから王族との繋がりは出来そうにないし、そこら辺どうなってるか謎だけど。
「ちょっとウル〜?」
「あ、ごめんごめん。それでえっと……前と似た違うやつ試すんだっけ?」
お姉さん……リリアナ姉さんが好む香りはシトラス系が多い。
結構ストレスだったり疲れてる時に嗅ぐと癒される匂いが多いからもしかしたらちょっと疲れてるのかも。
「スイートオレンジっていうやつで作ってみとくね。明日マッサージする?」
「あ、して欲しい〜!今日予約してる客、あんま好きじゃないんだよね〜」
ああ、あのねちっこそうなオッサンか……。確かに僕もちょっと苦手かも。特にルール違反したとか問題を起こしてるわけじゃないから出禁にはなってないけど、出来ればあんまり来て欲しくない客の1人だ。
お客が来ないと成り立たないからリリアナ姉さんも仕方ないんだけどね、なんて明るく笑ってる。
オーナーが店を開く切っ掛けになったのは、教会に寄付してた貴族が世代交代して教会への援助を渋るようになってしまったかららしい。
娼婦をしてるのは嫌々ここにいるわけじゃない、こういう仕事が好き、こういう仕事をしてでも教会の子供達を助けたい、そんな考えを持ってる人だけ。
嫌になったら直ぐに辞められるし、次の仕事の紹介までしてくれる。ギフトと行ったお店のお姉さんも元は教会に住んでた孤児。あのお姉さんみたいに別の場所に行って稼いで教会に寄付してくれている人もいるんだって。
ただこの国の王族はとても人道的で教会の現状を訴えたら時間はかかったけどちゃんと領主の耳に届けて改善してくれたから、今となっては娼館とか本当はやらなくても良いんだと思う。それでも続けてるのはここにしか居場所のないお姉さん達もいるから、そういう人の為にそのまま続けてるらしい。
リリアナ姉さんも元は貴族だったらしいけど、ある日野盗に襲われて傷物にされた、って噂を立てられて婚約者からは捨てられ家族からはまるでいないものみたいな扱いをされて頭にきたから本当に傷物になってやった、って笑ってた。
(明日は何か美味しい物作ってあげよう……)
次々降りてくるお姉さん達それぞれに事情があって。そんなお姉さん達を家族みたいに扱うオーナーの事が大好きだ。オーナーが僕を好きになってくれなくても、僕もお姉さん達と同じでオーナーの近くにいるだけで良い。
そんな事考えてたらふとマリオットの声が甦る。
――認めざるを得なくなる方法が、1つだけ。
(絶対嫌だ)
1つだけある方法。――それは、ソンジェラールの子を産む事だ。そうしたら両殿下も放置は出来ないだろう。なんせ紛いなりにも王家の血を引いている子供だから。
昔々は平民が生んだ王家の血筋の子なら子供だけ取り上げて王家の人間として育てた、なんて時代もあった。勿論王位継承権を持つ子供が少なかった時代だ。
そして現代。王位継承権を持つのは現王太子だけ。親戚筋もいるけれど一応王位継承権を持っているのは王太子だけだ。
もし王太子に何かあって王位を継げなかったら王弟殿下の子供が継承権を持つんだったかな?まだ4歳だけど。
王弟一家に継承権がないのは無駄な争いを避けるためなんだけど……王子がソンジェラール殿下しかいない現代なら王弟一家の継承権を最初から復活させておけばいいのに。現王妃が第2王子を授かるかも知れないけどさ。
で。バカ殿下のバカな狙いはこうだろう。僕に自分の子供を産ませて、その子供を盾に両殿下に僕の赦免を乞う。無事僕を公爵家の人間に戻して王太子の正妃として公務をさせて、代わりにハガルを側妃にする。そうしたら正妃を差し置いて側妃がでしゃばっている国、なんて他国に言われる事もないし。
ハガルはただ安全な場所で煩わしい思いも何もなく平和にソンジェラールを待って美味しいところだけ持っていくだけの愛され側妃。
僕は休む間もないくらい忙しい公務に走り回る愛されない正妃。きっと立場だって正妃の僕より側妃のハガルの方が高くなるんだろうな。
大体公爵家から王太子妃を出したくない一派がいたから僕が偽物として表に出てたんだろうに、僕もハガルも王太子に嫁いだら他の貴族が暴動を起こすんじゃないの?まあバカ2人だからそこまで考えてなさそうだけどさ。ていうか宰相の息子も側にいるんだから止めろよ。揃いも揃ってバカしかいないのか?
(……僕がハガル並みにバカだったらどうするんだろう?)
ふと思う。
確かに学業は常にトップクラスには入ってたしマナー講座も無駄に叩き込まれたから多分完璧にこなせる。でもそれだけだ。
公務と学業は違うし、マナーが出来ても駆け引きが出来なかったら意味はない。
絶対に戻るつもりはないけれど、万が一捕まったら僕もバカになろう!
教わってもわざと覚えないで、わかんないですぅ……ってお目目ウルルンってさせたらいいんでしょ?
正直ハガル一派に好かれたくなかったからあの辺りに愛想振り撒いたことないけど、万が一の時はこの可愛いいウル の顔を全面的に活かして味方を増やしてオーナーのところに戻ってこられるようにしなきゃ!
この先僕の居場所はオーナーの側だけ!絶対絶対ここから離れるもんかー!!
ひとまず考えたくない事はあと回しだ。
そもそも国外追放、って言われて追い出されてから僕の居場所を把握しているのはマリオットだけだ。僕を捜し出すのだって時間がかかるだろうし、第一国王陛下がそんなバカな話認めるわけないし。僕を選ぶならハガルと別れろ、とか言われるのが落ちでしょ。じゃなきゃ同じ家から2人も伴侶を選ぶなんて他の貴族の暴動を招くもんね。
そこ考え付かないのか考えたくないのか知らないけど、ソンジェラール王太子はその内王弟のご子息に立場取られちゃうんじゃない?……まだ4歳だけど。
「ウルちゃ〜ん、こっちお酒足りないよ〜」
そんなこんなで翌日もいつもの通りお店が始まって忙しくてバタバタしてて、いらない事を考えなくて済むから助かるな〜なんて思ってたら不意にお尻をモニっと揉まれて飛び上がる。
「ちょっと!お触り禁止だって言ってるでしょ!」
「なんだよ。お堅いなぁ〜。尻はこんなに柔らかいのに」
「そりゃそうだよ!いつオーナーが揉んでも良いように毎日マッサージしてるんだから!」
「エオローは全然相手してくれねぇんだろ?俺にしとけよ〜」
「やだよ!僕にだって好みってものがあるんです〜!」
このお客さんはいつもこうやって僕をからかってくるんだ。
でも目が本気じゃないから多少のお触りは我慢する。それに本気でヤバそうな人の時は何故かちゃんとオーナーが止めに入ってくれるんだよね〜!やっぱ僕の推しって最高じゃない!?
「それはそうとウル、お前なんかちょっと顔色悪くねぇか?」
「え?そう?」
昨日マリオットにあんな話聞いたからかな。言われてみたら確かになんかちょっと目眩がしてるような気がする。歩くと少しふわふわするくらいだから支障はないんだけどさ。
なんて話が聞こえてたのかキッチンから出てきたオーナーが僕の額に手を当てた。
推しの!手のひらが!僕のおでこにぃぃぃぃぃ!!!!至福!!!!
「熱はなさそうだけどな。そろそろ疲れが出る頃じゃないのか?」
「疲れ?何の?」
推しが側にいるのに疲れなんか感じる暇ないんですけど!
確かにこの3ヶ月あんまり休みもなくて、昼はお姉さん達のマッサージや洗濯、夜はオーナーのお手伝いで忙しかったけど夜寝る頃にはオーナーがいるんだよ……!
隣に!僕の!推しが!!!
あ、夜のお店ではあるけど食堂は日付変更まで。お姉さん達とのお楽しみのお客さんはいるけど、部屋にある非常用魔導ベルを鳴らせば即オーナーの家にある対象の部屋番号がふってあるベルが鳴る仕様になってるからお姉さん達の安全対策はばっちりだ。
だからオーナーと一緒のベッドでオーナーの香りに包まれて眠れるんですよ。最高じゃないか!オーナーのむっちり雄っぱいに寝ぼけてるふりでスリスリしたらたまに頭撫でてくれるんだよ〜!!!!寝たふりがバレたらほっぺたつねってくるけど。
「熱はなさそうだけど、今日はもう帰って寝ておけ」
「え、やだ!オーナーがいなきゃ寝られないよ〜!!」
こんな幼気で可愛い僕に1人寝させる気!?鬼なの!?
なんて大袈裟に騒いだら、お客さんと一緒にお酒を飲んでたお姉さん達は大笑いだし、お客さん達もオーナーに早く一緒に寝てやれとか囃し立てるし、段々僕も面白くなってきて一緒に騒いでしまった。
そうやって騒いでる内にいつの間にか体の違和感がなくなってたんだ。だからその時に感じた不調をそのまま忘れてしまってた。
その事を後悔したのはそれからさらに2ヶ月経ってからだった。
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