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第12話 フラグ建築
伯父さんだったおじさんが来てから数日後、僕はマリオットに会いに教会に出向いた。
何故か護衛に、とティールもついてくる事になったけど別に僕らの話に興味がないのかはたまたキラキラハートお目目のマリオットが苦手なのか外で護衛騎士さん達と剣の訓練をしてる。
正直話聞かれたくなかったし自分から出ていってくれるのは助かるなぁ。
ついでに教会の子供たちは仕事だったりお勉強の時間だったりでマリオットが使わせてもらってる部屋の近くには誰もいない。
「さて……マリオット……」
テーブルに肘をつき両手を顔の前で組み合わせ、色つき眼鏡が下からの光で反射するおじさんみたいなポーズを取る。
いつになく真剣な僕にマリオットが構えたのがわかった。
たっぷり間を取る僕。
強ばっていくマリオットの顔。
そして僕は口を開いた。
「……僕って魔王になってる!?」
「急に何訊きに来たかと思えば……鏡見てみろよ」
力んでた分力が抜けたらしく、ガクン、と横に傾いでからこめかみを押さえたマリオットは呆れたようなため息をつく。
「毎日見てるよ!それにね~、この間オーナーが綺麗って言ってくれたからお手入れ頑張ってるの」
きゃ、っと頬に手を当てるとバラから抽出した液を使って作った化粧水のおかげか頬がもちもちだ。
「すごくどうでも良い。でもそのお手入れ方法は後で教えろ。……それで?何で自分が魔王になったって思うんだ?」
「んん……だって魔物が活発になる時って魔王復活前っていうからさ……もしかして僕知らない間に魔王フラグ立てちゃってるのかな、って」
そう言ったら何故だかホッとした顔で何か呟いたんだけど聞こえなくて聞き返す。
何々??僕の悪口か!?悪口なんて聞き慣れてるから言いたかったらドンとこい!
「一人言だから気にするな。……あの凶鳥が言ってただろ。魔王の資質を持つもの、って」
なんて構えてみたけど何を言ったか教えてくれなかった。
代わりに言われた言葉に頷く。
あの時凶鳥と何話したのかあとからマリオットに根掘り葉掘り聞かれたんだよね。気になることがあったらしつこいんだ、このマッドサイエンティスト……いや、魔物学者様は。
「オレの予想では“魔王の卵”みたいなのが何人もいて、闇に落ちたヤツが魔王になるんだと思うんだ」
「……んんん??つまり?」
「魔王になれるのはお前1人じゃなく他にもいて、今魔物が活発になってるのはそいつの所為かも知れないって事」
なるほど?
僕は僕 が魔王になるって知ってるからずっと魔物が増えたり活発になってるのは僕の所為かも、って思ってたけど他にも魔王になれる人がいるって事か。
それで、もしかしたらその人が魔を刺激するような何かを発してるのかも知れないって事かな?
魔王になったウルも最初は力を暴走させたに過ぎなかったけど、体から溢れ出る負のオーラ に集まった魔物達を従えて人々を襲うようになったんだ。
だからもしかして僕じゃない魔王は今負の感情に支配された状態なのかも知れない。
それなら今その人を止めたら世界に魔王が生まれる事はなくなるんだけど……。
「過去の文献から見ると魔物増殖 が起こった時に魔王も現れてる。魔物が増えて極端に瘴気が増えるから魔王が生まれるのか、魔王が生まれるから瘴気が増えて魔物が増えるのか――卵が先か親が先か、って話だな」
なるほど。
僕も文献を読んでみたけど、難しすぎて良くわかんなかった。
だから何となくわかった部分だけ見て魔王がいるからスタンピードが起こるんだって思ってたけどマリオットはどっちが先に起こったかはわからないって読み取ったらしい。
魔王が生まれた時に魔物は活発化する。
でも魔王が生まれる前から魔物は増えて活発になりつつある。
じゃあ今起こってる現象は魔王が関係してるわけじゃないって事?
「仮定の話だからな?」
「ですよね~」
そんな人が本当にいるのかも謎だし、そもそも僕の魔王フラグもどうなってるのか謎だし。
今小説のウルが魔王として動き出す時期だけどひとまず僕は正気だ。推しが尊くて正気じゃなくなる時もあるけど正気だ。
少なくとも小説のウルみたいに全てを破壊し尽くしてやるー!みたいな危険思想はない。
そんな事を考えてたらふ、と思い出した。
「――この間さぁ、僕の伯父さんって人が来たんだ」
「あぁ、辺境伯だったんだって?あのバカ殿下がバカな事言い出したら後ろ楯になってもらえよ」
いや、殿下はバカだけどもう流石に僕を捜すなんてバカな真似はしてないでしょうよ。
それだったら国内にもっといいご令嬢もご令息もいるわけだし。
そもそもハガルが頑張れば良い話なんだけどハガルもバカだもんな。両親揃って甘やかしたからあんなバカになったんじゃない?
っておバカ2人の事は置いておいて。
「僕のお母さん、殺されたって」
正確には殺されたようなもん、って言ってたけど。
もしもそれが本当で、お母さんに僕くらい魔力があったなら……とかちょっと思ったんだよね。ただ誰に殺されたのかわからないし、殺されたようなって事は殺されたわけじゃないのかも知れないし。
「……あのクソババアか?」
マリオットは僕の継母が大嫌いだ。貴族にあるまじき言葉で表現してしまうくらい嫌いなんだ。
学校にはハガルもいたから懇談だったり親が参加してもいい行事だったり、もしくは社交パーティーの時だったりに出会った事がある。
僕と友達の、しかも子爵家のマリオットの事は格下の存在だったから無視か嫌味かしか言わなかった。自分は元々男爵家でマリオットよりも格下のくせに、と思ったけど僕達2人とも関わるのが面倒で黙ってやり過ごしてたんだよね。
そのあとの溜まりに溜まったフラストレーションの行く先は山のように詰まれた色とりどりのスイーツだったな~、なんてちょっと懐かしく思う。
「あの人が来る前に死んでるしねぇ……。父親じゃない事を信じたいよ」
結局僕を愛さなかった父親。
好きな人と結婚する為に勝手に親が連れてきた好きじゃない人を殺したんだとしたら相当頭のおかしいヤツだ。いや、あくまでも殺されたような、だけど。
でも何となくやってもおかしくないよな~、なんて思ってしまう自分もいる。
だって3歳児殴るような人だよ?絶対マトモな神経してないよ。
「――スタンレール公爵と言えば……」
「ん?」
「何か夫婦共今王都邸にいないらしいな」
「何で?」
「そこまでは知らないけど、お父様からの手紙にはそう書いてあった」
何でも急に領地の、しかも本邸じゃない別邸に行ったんだとか。
確かに貴族には時期によって領地の本邸に帰る事があるし何だったら気分転換で別邸に向かう事もあるだろう。
でも今はそんなシーズンじゃないしハガルが王太子婚約者として王城に行ってるんだから王都邸から離れるのはあんまり考えられないんだけど。
しかもあの派手好きな継母が?何にもない田舎の別邸に???絶対何かの間違いでしょ。ありえないありえない。オーナーが魔王になるくらいありえないよ。
「変な時期に別邸に行ったもんだね~」
◇
そんな話をしたからなのか、その日の夜すごく嫌な夢を見た。
僕は窓も何にもない、地下室みたいな部屋に閉じ込められてて。
そこは僕が長年過ごしたあの部屋みたいだったけど、1つだけ違うのはベッドがあってそこに鎖がついてるって事。
その鎖は僕の両手首にはめられた手枷に繋がってて暴れても外れない。
しかも僕は服を着てなくて裸で、すごく寒いんだ。
気持ちも悪いし、頭はガンガンして体の震えも止まらなくて。怖い、怖い、って全身が訴えてる。
あのおじさん達に無理矢理『コマンド』を使われた時みたいで身体中が悲鳴を上げた。
だからドアが開いた時、入ってきた“誰か”に助けを求めようとしたんだけどその相手の顔を見た瞬間にひゅ、っと息が止まってしまった。
だって入ってきたその人は、僕を殴る時の顔をした父親だったから――
「ウル!」
「……ッ!!?」
びくん、と体が跳ね上がって目が覚める。
ガタガタ震える体は冷えきってて本当にたった今まであの冷たい地下室にいたみたいだ。
でもぎゅ、っと力強く抱き締めてくれる腕があってその持ち主を見上げた。
「びっくりした……夢だった~」
あはは、って笑うんだけど、こういう時オーナーは笑ってくれない。
しかも笑ってくれないまま僕を抱えて起き上ると、膝に乗せてますます強く抱き締めてくれる。
僕の耳は丁度オーナーの心臓辺りにあって、とくん、とくん、って心音が聞こえてきた。
(なんだろ……落ち着く……)
オーナーは何も聞かないし何も言わないから、ただ心音だけが耳に入ってくる。
抱き締めて、たまに頭のてっぺんだったり手の甲にキスしたり……嫌な夢を見たドキドキが推しに甘やかされるドキドキに変わってしまった。
ちょっとちょっとオーナー!!!!僕の心臓が破裂しちゃうよ!
だけど密着した体が暖かくてホワホワする。
冷えてた体に血が巡って暖かいし、オーナーからは良い香りがするんだ。
ずっとハーブの匂いだと思ってたけど、寝起きで料理なんてしてるわけないからこれは僕の匂いがオーナーの匂いと混じった香りなんだと思う。SubはDomの威圧 とか『コマンド』を使われたらフェロモンを出すけど、Domはフェロモンは出ないから。
でも僕みたいに制御しきれなくて勝手にフェロモンが出てしまう人も一定数いるみたい。僕の場合はSub性が機能してないと思ってたから抑制剤飲んでなかったし、飲み始めた今もまだちょっと出てしまってる。
こんなの僕がオーナーにマーキングしてるみたいじゃん。
……いや、いいな。マーキング……。推しに僕だけの香りを纏わせちゃうとか……良すぎない?
っていうか、オーナーα×Domだけど僕の側にいて大丈夫なのかな?
あのおじさん達と違って理不尽に襲ってきたりしないだろうけど。
(あれ……?なんでちょっと残念な気持ちになるんだろ?)
オーナーは推し!
僕の恋人にはならない!だからマーキングもダメ!
……だけどオーナーに恋人が出来るまではこのムチムチのお胸様に頭すりすりしても怒られないよね!
「雄っぱい最高……」
「揉むな!」
「え~」
ちぇ~って唇尖らせてたら、もう大丈夫そうだな、って頭撫でてくれたオーナーはそのままベッドから出ていってしまった。
残念!もう少し大人しくしてたら膝の上もっと堪能出来たのにな~!
仕方ないから僕も起きてオーナーの後ろについていく。
朝から元気な柴犬みたいな赤毛は解くと肩辺りでぴょんぴょん跳ねる。
肩幅ががっしりしてて引き締まった腰の逆三角形な体型はしっかり筋肉のついた足で支えられてて、どこもかしこも鍛えられて鋼鉄みたいな筋肉は僕の憧れだ。ティールだってギフトだってまだこんなに筋肉ついてないもん。流石オーナーって感じ!
いや……あの二人にこんな素晴らしい筋肉がつくだろうか……?伯父さんだったあのおじさんには結構似たような筋肉ついてたけど。しかもちょっとオーナーより巨乳だったけど。
「オーナーも負けてないからね!」
「何の話だ!」
むふふと笑う僕にろくでもない事だって判断されたらしくてそれ以上追求してくれないのが寂しい!
「お前は本当に……」
はぁ……、と大きなため息はここ最近良く聞くんだけど。
その後大きな手のひらが頭の上に乗ってぽんぽん、って優しく叩いてくれるのはあんまりないから僕は、ひゃあ、なんて間抜けな声を出してしまった。
「な、何!?オーナーこの間から僕に優しくない!?」
いや、オーナーは言葉はあれな時があるけどいつだって優しい。それは店のお姉さん達や、何だったらティールやギフトが慕ってるからわかってる。
でも僕にこんなに接触する事って今までなかったのに!
「……ああ、いや……、ゆっくり、ゆっくりだったな……」
「何が!?」
「こっちの話だ。……それよりお前の親が田舎に引っ込んだんだって?」
いや、何の事だったのか教えて欲しかったな!?
「マリオットから聞いたの?僕も昨日聞いたんだけど……理由がさっぱりわかんなくてさ。まあ僕の親じゃないんだけど」
いやいや、オーナー!そこは事実だからオーナーがちょっと辛そうな顔しなくて良いんですよ!だって本当に僕の親じゃないんだもん!
ここにいたのがウルだったなら多少は何か思う事があったかもだけどね。
「王都邸は三男が仕切ってるらしい」
「三男……ああ、ラーグ?」
そういや小説みたいに僕をいびってこなかったラーグは今年学院の2年じゃなかったっけな?
え、学生なのに王都邸仕切ってるの?何で??っていうか寮に住んでるんじゃないの?
ラーグって小説ではわかりやすくウルを苛める嫌なやつだったけど、現実ではあんまり接点なかったんだよな。
たまに部屋の付近で出会ったり部屋に余ってていらないから、ってお菓子持ってきてくれたりしたけど。
そもそも僕とハガルはΩ×Subだから跡継ぎとして見られてなかった分α×Domのラーグには両親の期待がすごかったと思う。
とは言え、本当にラーグとの接点ってほとんどないから良くわかんない。
「両親揃って田舎に遊びに行って、ラーグがその間当主代理でもしてるのかな?」
ありえないとは思うんだけど。
だっていくら優秀でもラーグはまだ学生だ。僕だって学校に通ってたから上位に居続けるのがどれだけ大変かも知ってる。その上で当主代行なんて出来ないと思う。少なくとも僕の頭では無理だ。
「それと、スタンレールの王太子がパルヴァンに来てるらしい」
「なんだって……???」
思わず耳に手を当てて聞き返してしまった。
あのバカ……じゃない、ソンジェラール王太子殿下が?
何の理由があって?
「マリオットと同じだ。他国交流の為王城に招かれているらしい」
王城、って事は多分ギフト情報だよね。
「まあ王城に招かれたなら娼館には現れないでしょ。そもそも殿下にはハガルがついてるし」
「婚約者はついてきてなかったって話だぞ」
「……あ~……もしかしてまだ人前に出せるレベルになってなかったのかな……」
バカ達がバカな事を言って騒ぐくらいだからハガルのダメ加減はきっと想像を絶するくらいダメなんだと思うから、こんなのよそ様にお見せ出来ません!レベルなのかも。
もしくは引き離してる間に誰か別の婚約者候補を連れてる可能性もあるな?
あの父親の話に乗ったくらいだから王様も嫌な感じな人だけど、バカではないと思う。バカだったらもう国滅びてそうだし。
うるさいハガルを引き離しておいて、他国で仲を深めさせる算段かも知れないな。
やりかねないよね。毒殺の可能性も視野に入れながら偽物 を婚約者として扱ってたくらいの狸ジジイだもん。ハガルにうまい事言って国に残して、新たな婚約者候補と殿下をこっちに送りこむくらいやってそうだわ。
ま、平民の僕には何も関係ないけどね。っていうか二度と会いたくないし!
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