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第11話 伯父
ふ、っと目を開けるとそこはいつものオーナーの家のベッドの上。
んん……?昨日一体何があったっけ……?
(なーんて、ちゃんと覚えてるんですけどねーーーーッ!!!)
オーナーの低い声とか!
逞しい大胸筋とか!
節くれだった指は意外に器用に動くとかとかーーー!!!
きゃー!!って雄叫んで枕に顔を伏せてたら。
「ウル?起きたの?」
「リリアナ姉さん!」
台所からひょっこり顔を覗かせたのは薄いピンクの軽く波打った髪を耳下で緩くくくったリリアナ姉さんだった。
いつもはばっちりしてある化粧を落とすとリリアナ姉さんはとっても若く見える。純真そうで幼気な顔、とでも言えばいいんだろうか。だからお客さんの相手をする時はお化粧で武装するんだっていつかマッサージの時に言ってた。
僕があの断罪の日にオーナー色のマニキュアをつけていったのと同じような感覚なんだろうな。
「気分はどう?オーナーが置いていったご飯があるんだけど、食べられそう?」
「え、オーナーいないの?」
「医者を呼びに行ったわ」
医者?なんで?って思ったけど、多分僕の壊れてたはずのSub性が『コマンド』に反応したからだ。
「夜中にも一回来てもらったから薬はあるんだけど、ご飯無理なら薬だけ飲む?」
心配そうなリリアナ姉さんは昨日何があったか聞いてるんだろう。
思い出すと体がゾワゾワするから、その後にあったオーナーとのやり取りを頭に浮かべてむふふ、と笑う。
だって推しにあんな事してもらえた人なんてどのくらいいるんだろう。僕ってもしかして前世聖人だったのかも!
「リリアナ姉さん……僕、めちゃくちゃ幸せかもしれない」
むふふ、と笑う僕を見て何故か泣きそうな顔になるリリアナ姉さんに首を傾げる。
「ウル……無理しなくていいのよ……。ごめんね、私のお客さんの所為で……」
「へ?ああ、あんなのどうでも良いよ!それより僕、オーナーにアフターケアしてもらったの!すごくない!?全世界捜したって推しにそんな事してもらった人なんてそんなにいないと思うんだ!」
あれ?どうしてますます泣きそうな顔になるんだろう?
僕の言い方がまずかったかな?でも他に何て言えばいいの?
なんて考え込んでたら――
「はぁ……予想通り過ぎて確かに泣けてくるわな……」
そんなオーナーの声がした。
「オーナー!」
おかえり!と振り向いたそこにはオーナーと丸眼鏡で白衣、左のもみ上げの所を三編みにした多分若いお医者さんの姿。
オーナーが連れてきたお医者さんに一通り検査してもらって、午後からでも僕に合う抑制剤を持ってくるから今日は大人しくしてるように、って言われてしまった。今あるのは緊急用だから僕の体にはちゃんと合ってないんだってさ。
オーナーがアフターケアしてくれたおかげかめちゃくちゃ元気だけど、オーナーからも大人しくしとけって言われたら逆らえない。何てったって僕の神様だからね!
お店は今日は臨時休業にするんだって。一応警邏の人達から聞き取り調査があるらしいからお姉さん達も昼間に仮眠とれないし疲れるだろうから、って。
だから台所の椅子に座ってオーナーの作ってくれたジャガイモとオレガノのチーズ焼きを大人しく頬張る。ちょっとした苦味と爽やかな香りがカリッと焼き上げたチーズに絡んで美味しい。
ジャガイモをたくさんもらったらしくてクレソンとチキンスープを使ったジャガイモのポタージュに硬いパンを浸しながら食べると独特なクレソンの味をふんわり感じる。
「結局僕のSub性は壊れてなかったって事?」
モグモグする僕をコーヒー片手に見ていたオーナーが頷く。
「栄養失調の所為で体がきちんと成長してなかったんだろう」
だからオーナーのところで毎日お腹いっぱい食べるようになって、今まで成長が止まってた所も正常になってきたんだろう、って。
そっか~、僕毒とかで完全にダメになったと思ってたけど、良く考えたら小説のウルもSubドロップ起こしてたもんな。
小説と状況が違いすぎるから、向こうは場を盛り上げる為に作者があえてSubドロップ起こしたっていうのを入れたと思ってたよ。
Ωの部分も全然機能してなかったし、ある意味助かってたんだけどな。
というか前世にそんな第2の性なんてなかったから正直なんじゃそら、って感じだったんだけど実際体験してみてΩ×Subの親が子供を守るのに必死になる理由が良くわかった。
だって全然逆らえなかった。
嫌だ、って本当に思ってるのに、『コマンド』使われたら全く体が言うことを聞かなくなるんだ。
そりゃ嫌な相手の言うこと無理矢理聞かされたらSubドロップ起こしてパニックとか失神とかしちゃうよね。下手したらそのまま死んでしまう人もいるっていうから怖い。
でも逆に嫌じゃない人相手だったら……。
(めちゃくちゃ気持ち良かったんだよな~~~)
ふわふわして。幸せで。暖かくて、安心できて。
でもわかってる。オーナーは応急処置って言ったから、僕に恋愛感情があってあんな事してくれたわけじゃない。
(勘違いしないようにしなきゃね!)
僕はあくまでオーナーのファンの1人。推しはその他大勢の中の1人が独占してはならないのだ。
うんうん頷いてたら何故かオーナーが「盛大に方向を間違えてる予感がする」なんて言いながら大きなため息をついた。
何の方向なのか良くわかんなくて訊いてみようとしたら先に話を変えられてしまった。
「そういやティールが明日帰ってくるらしいぞ」
「え、武者修行早くない?もう根を上げたの?」
だって出ていったの1ヶ月前だよ。
その1ヶ月で光の勇者になってたらびっくりだけど流石にそれはないでしょ。
尤も未だに肝心な光の勇者になった時の見せ場を思い出せないんだよね。
割りと小説の内容覚えてる方だと思うんだけど、所々抜けてるのは斜め読みしちゃった部分があるからかも知れない。
一応Web版から読んでたからあんまり変わってない所はザッとしか読んでなかったし。
いやそれにしたって結構重要なイベントだったと思うんだけど。
「お前な……騎士団だって休息は必要だろ」
「あ、そうか」
今ティールはここを治める辺境伯の騎士団と一緒に近隣の魔物討伐に参加してるんだって。
最近は魔物が活発化してるらしく、いつもなら来ないような町の近くまで来るから忙しいらしい。
僕じゃないよ!?ちょっと危なかったかもしれないけど、僕魔王になってないからね!?
でも魔王が現れる前にはこうして魔物が活発になる、っていうのは過去の文献にも載ってるくらい有名な話。
僕は魔王になるつもりないのに、魔物は僕が魔王になると思って暴れてるんだろうか?
凶鳥みたいに他の魔物とも話せたらな。何が起こってるのか聞くのに。あ、魔物学者さんがいるじゃん。後で聞いてみよ。
なんて思ってた翌日の事。
店に帰ってきたのはティール1人じゃなかった。
「やあ、こんにちは」
ガッチリした肩幅はオーナーと同じくらい。
むっちむちの大胸筋は……うーん、ちょっとの差でオーナーが負けてるかな?
質の良い茶色のコートに同色のパンツ。クリーム色のクラバットは赤い宝石がついたブローチでとめてある。
革靴はピカピカに磨き上げられていて、黒のステッキは持ち手の所にブローチと同じく赤い宝石が使ってあるし良く見たら家紋みたいなのが掘ってある。
灰色が強めなくすんだ金髪は後ろに撫で付けてあって、琥珀みたいな綺麗な色の瞳と太い眉毛。鼻の下には探偵映画で見たような紳士髭。
でも多分顔は整ってる方。年はオーナーよりちょっと上かなぁ?40半ばくらいに見える。
もしかしなくてもとっても良い家柄の人だよね?なんでそんな人が僕の事抱き締めてるんだろう?挨拶?欧米か?
連れてきたティールが困惑してるんですけど。
いやお前自分が困惑するような相手連れてくるなよ!誰なんだよこのおじさん!
っていうかオーナーも何でかびっくり顔なんだけど、有名な人?
「あの~……?」
「おっと挨拶がまだだったね!おじさんはここらでちょっとだけ偉いおじさんだよ。名はバルドヴィーノという」
「はあ」
頭上からとっても元気な声で挨拶してくれるのは良いんだけど、そろそろ離してもらえたら嬉しいな。
「アカルディ辺境伯……一体何のご用ですか」
「ん?」
今オーナー何かとんでもない事言わなかった?
辺境伯?
え、嘘でしょ?この何か列車とかに乗って推理しそうなおじさんが?
辺境伯???
確かアカルディ辺境伯ってこのヴェネルティアも領地の一部だよね?国境には面してなくて実際に治めてるのは辺境伯の息子のロマーノ伯爵だけど。
って言うことはこの人めちゃくちゃ偉い人なのでは?
「おい、エオロー!俺達の仲だろう。そんなに畏まった呼び方しないでくれ。おじさん鳥肌たっちゃう」
……偉い人なんだよね……?
困惑してる僕の肩を掴んでベリッと辺境伯から引き剥がしてくれたオーナーの広い背中に隠れて覗き見た。
うん。そんな泣きそうな顔されても困る。わけわかんな過ぎてこっちが泣きたい。
「……偉い人ならそれなりの対応した方が良い?」
コソッとオーナーに聞くけどオーナーは横に首を振った。
一応領主様の上司にあたる人なのに?
「さて、冗談は置いておくとして。ちょっとそこのチビちゃんを貸してくれないかな?」
「断る。こいつは物じゃねえ」
「む~。そんな事は百も承知だよ!」
ぎゃあぎゃあ言い合う2人は何だかんだ仲が良さそうだ。
ていうか辺境伯相手にタメ口なオーナーって一体何者?
頭に疑問符を沢山浮かべてたら寄ってきたティールが昔馴染みだって教えてくれた。
オーナーが冒険者してた頃に一緒にパーティー組んだこともあるんだって。
……辺境伯なのに……?
結局押し負けたオーナー付き添いの元、オーナーの家のリビングで辺境伯と話しをする事になってしまった。
全くもって意味がわからないんだけど。
「じゃ~ん、これつけ髭なんだ」
なんて目の前で紳士髭外してるおじさんが偉い人とか……この領地大丈夫かな?
あと髭外したら普通にイケおじだった。
「やめろ。ウルが困ってるだろうが」
うん。どう反応するのが正解なのかわかんない。
笑ってあげるところだった?驚いてあげた方が良かったかな?
「……その困った顔、そっくりだね」
「?誰にですか?」
「君の母親だよ」
ウル の母親。
確か僕と同じΩ×Subの男性型だったって聞いてる。
僕を生んですぐ亡くなってしまった彼の遺品は父が後妻を迎えたとき全て処分されてしまったから僕は顔も知らない。姿絵とかもことごとくなくなってたんだもん。
祖父母が生きてた頃にはあったんだろうけど流石に3歳の頃のはっきりした記憶なんてないよ。
「……おじさん、僕の母親知ってるの?」
「おじさんはね、君の母親のお兄さんなんだよ」
おじさんが……伯父さんだって!?
え、ただの変わったおじさんじゃなくて!?
っていうか母親がパルヴァン生まれなんて初耳なんですけど!
しかも何と僕は母親の名前すら知らないんですよ。なんせ継母も父親も「アレ」としか言わなかったもんでね!
「……そんな話、知らない」
「やっぱり……」
おじさんはどこか自嘲気味に笑った。
おじさん曰く、僕の母――オセルは前のアカルディ辺境伯、おじさんのお父さんが連れてきた後妻の子供だったらしい。
血の繋がりがなくても2人は仲良しで、前アカルディ辺境伯夫妻も2人まとめてとても可愛がってくれた。
α×Domのおじさんは家を継ぐけど、僕と同じくΩ×Subのお母さんはどこかに嫁がないといけなくて、そんな時前アルタメニア公爵の目に留まって嫁ぐ事になったんだとか。
「何度も手紙を出したんだけど、一度も返事はなくてね。そうしている内に子供を生んで儚くなった、と」
おじさんはふるふると頭を振った。
「到底信じられなかったよ。あんなに元気だった子が何故、って。でもどんなに健康な者でも出産は命懸けだと妻に言われて……」
だったらせめて子供の顔を見せてほしい、そう頼んだのに願いは叶えられずそうしている内に前公爵は亡くなり、アルタメニア公爵がすぐ後妻を迎えたと聞いておじさんは公爵家に理由を求めて何度も手紙を出したんだって。
でものらりくらりと躱されて、その内僕は王太子の婚約者として名前が上がるようになったから大事にしてもらって幸せに暮らしてるんだろう、と思うようにしてたんだとか。
「けどねぇ、この間第2王子殿下の所にいる騎士の子がね……おじさんの家にある肖像画に似た子を見た、っていうもんだからねぇ……」
「騎士の子って……ギフト?え?ギフトって第2王子付きの騎士なの!?」
そんなに出来る子だったのギフト!!びっくりだよ!
ちょっとちょっと未来の勇者さんよ!君の従者予定の聖騎士の方が出世してんじゃん!聖騎士になるきっかけもこれまた覚えてないんだけどね……。
まあそれは置いといて。
「まさかね、って思って話聞いたら元王太子婚約者のスタンレールの公爵家の子だって言うじゃない。おじさんびっくりしちゃって」
まあ他国まで婚約者候補段階で話はいかないよね。
本格的に婚約者になったハガルの名前なら聞こえてきそうなもんだけど今のところ庶民の耳には入らないなぁ。
「何度訊いても公爵家から返事がないからおじさん権力使って調べちゃったの」
調べちゃったか~、そうか~。
でもおじさん多分それ職権乱用って言うと思う。
「オセルはね、殺されたようなもんだ」
「え……?」
殺された?誰に?
おじさんは何かを耐えるようにギュッと強く目を閉じてからゆっくり開いて僕を見る。
「君はオセルの分までちゃんと幸せになるんだよ。困ったことがあったらおじさんが権力使って助けてあげるからね。何だったらおじさんちの子になるかい?パパって呼んでくれてもいいよ?」
「えっと……ありがとうございます?でもパパになって頂くのは遠慮します」
あと職権乱用はやめてね。
見送りの時にもまたぎゅ、っと抱きつかれて『君はオセルと同じ香りなんだね』と懐かしそうに言われた時は何の事かわからなかったんだけど、実は最近してたハーブっぽい香り!Subのフェロモンだったんだって。
しかも最近僕が熱出してたのもあのリリアナ姉さんのお客さんがこっそり『コマンド』使って微妙に反応したまま放置してたから軽いSubドロップ起こしてたんだって言われてびっくりだよ。
だからあの人が来た時ってなんか気持ち悪かったのか~。納得。
「ねえ、オーナーは辺境伯と仲良しだったんだよね?僕のお母さんと会った事あるの?」
お客さんがみんな2階に上がって食堂の片付けをしてる時訊いてみた。
だって小説にもウルの母親についてはほとんど出てこなかったから。
ウルを生んですぐ死んでしまって、っていう辺りに触れただけでパルヴァンの出身だとかウルに似てたとかそんな事は触れてなかった気がする。
まあ物語に直接関係ないからねぇ……。ああ、でも1回だけ継母に「ますますアレに似てきて忌々しい」って言われた気がするな。
「バルド――辺境伯から話だけは訊かされてたけどな。あまり外に出る人じゃなかったから俺は見たことがない」
見た人は口を揃えてまるで天使か妖精か、って言ってたらしいから相当な美人だったんだろうな。
「――似てるって事は、僕も美人?ね、オーナー!僕美人?」
「……お前は綺麗だよ」
まさか頭を撫でながらそんな甘い言葉と微笑みが返ってくると思ってなくて、僕は固まってしまったのだった。
オーナーが……僕の推しが魔性の男過ぎる……!
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