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第10話 Subの本能 ※

「本当にオーナーかっこ良かったんだから!」 「ウルはまぁだ言ってんのか」  いつも尻揉んでくるお客さんが呆れたように笑うけど、そんなもん何度言ったって言い足りないくらいだよ。  当のオーナーも厨房で苦笑いしてるんだけどさ。 「だって本当にかっこ良かったんだもん!」  あのマッドベアの件から1ヶ月。  あの日オーナーが来てからの現場はオーナーとティールだけで足りてしまうくらいあっけないものだった。  尤もティールの至らない所をオーナーがフォローしながら自分の獲物も倒す、みたいな事をやってのけててもうほぼオーナーが倒したようなもんだ。本当にかっこ良すぎてより推せる。  現場が血生臭い凄惨な状態じゃなかったら「抱いて」ってうちわ持ってオーナーの髪の色に合わせた赤のサイリウム振り回してる所だったよ!  そのティールは自分だけじゃマッドベアの群れに対処出来なかった事にショックを受けてしばらく武者修行に出てしまった。  そういやティールってまだ光魔法使えないけど、どうやって光の勇者になったんだったけな?今みたいに修行して、だったんなら武者修行もいいんだろうけど……いや、魔王的には良くないけど、僕は魔王じゃないからね!  というか教会の方の用心棒的な役割はどうしたんだよ、と思ったけどそっちはマリオットの護衛騎士が担ってくれてるらしい。  っていうかもう普通に教会の人みたいに馴染んでたよ……。屋根の修理の人かと思ったら護衛の人だった時は二度見しちゃったよね。  そんなこんなでお客さん達にからかわれたりオーナーの手伝いで厨房に入ったりしながらいつもみたいに過ごしてたんだけど。 「あれっ」  お客さんがいなくなったテーブルを拭いてたらお財布が床に落ちてるのに気が付いた。  多分さっき出ていったお客さんのだ。あの人連れの人が払ってたからお財布出さなかったし、落としてるの気付いてないんだろう。  パッと見たらオーナーは丁度部屋の空調が悪いとかで呼ばれて2階に上がったところだったから、近くにいたリリアナ姉さんに声をかける。 「リリアナ姉さん、落とし物届けてくるからちょっとだけお店お願いね!」 「え、ちょっとウル――」  姉さんの声がドアの向こうに消える。  確かさっきの2人組が帰ってからそんなに時間も経ってない筈。お酒飲んでたし、ここでお姉さん達と夜過ごさないなら他の酒場に行ったのかもしれない。近くを捜していなかったら諦めよう、って敷地から出て少しだけ進んだ所で。 「んん……ッ!?」  がば、と後ろから抱え込まれたと思ったら口には分厚い布の感触。  え、何々!?誘拐!?僕なんか誘拐しても身代金払ってくれる人なんていないよ!?  びっくりしてジタバタ暴れたんだけど、いつの間にか目の前に来たおじさんが暴れる僕の足を抱えてしまって、後ろから僕の口を押さえてる人も体を抱えるから僕は宙ぶらりんの体勢になってしまった。  っていうかこの人財布落とした疑惑の人じゃん!まさか最初から誘拐が目的!? 「んー!!んんーーーー!!!」  必死で叫ぶんだけど、防音に優れたお店の中の喧騒は聞こえないものの出てくる前も賑やかだったお店に僕のくぐもった叫びが届くわけなく、そのまますたこら歩き出す。  体に回った腕はこんなに必死で暴れてるのに全然解けなくて逆に変な風に動いた所為で体中痛くて最悪だ。  もしかして僕がまだ公爵家の人だって誤解してるのかな?  そう思ってぽい、っと汚い小屋に投げ込まれて手が外れた時に言ってみたんだ。 「僕お金持ってないし、オーナーも僕なんかに身代金なんて払わないよ?」  教会のみんなとかお店のお姉さん達ならまだしも、ここに押し掛けてきて半年経ってないような僕に払うお金なんてないだろう。  そう言って首を傾げる僕をおじさん達はバカにしたような顔で笑った。 (あ、しかもこのおじさんリリアナ姉さんが好きじゃないねちっこいお客さんじゃん)  にやにや見下ろしてくる1人はお店の常連さんだから僕も顔見知りだ。もう1人は知らないけど。 「お、財布ちゃんと持ってきてくれたんだな~。偉いぞ、ウルちゃん」 「おじさんの忘れ物であってた?」 「おお、合ってる合ってる。店で預かる方向にならなくて助かったぜ」  なんかさっきから体がゾワゾワ変な感じがする。  小さな虫が体を這ってる、みたいな不快感が気持ち悪くて身動ろいだ。  何か変。何か、って言えないんだけど、何かが。 「ウルちゃん、『おすわり(kneel)』」  ――瞬間、体をビリっとした電気が走ったみたいな感覚があって。 「え……」  どうして?  どうして今僕は跪いてるの?  だって今のは『命令(コマンド)』だ。  僕のSubとしての本能はダメになってた筈。なのに、体が言うことを聞かない。  嫌なのに、気持ち悪くて今すぐここから去りたいのにおじさんの手が僕の頬を撫で回すのを黙って許してしまう。 「やっぱりな!最近どうにもSubくせぇと思ってたんだ!あの店にいるSubはウルちゃんだけだもんなぁ」 「本当はエオローと夜な夜なセックスしてたんだろ?俺達にもちょっとわけてもらおうと思ってさ」 「か、勝手な事言わないで!オーナーはこんな事しない!」  そもそもオーナーも僕の本能がダメになってるって知ってるし。  ……ダメになってる筈なんだ。  だからこれはびっくりして従ってしまっただけなんだ。 「お財布届けたし、もう帰るから!」  そう言って立ち上がろうとしたのに。 「『こっちに来い(Come)』」 「や、やだ……ッ!」  頭の中は激しく抵抗してるのに体は勝手におじさん達に向かっていってしまう。  お酒臭い腕の中に閉じ込められて嫌だ、って懸命に足を後ろに下げようとするのにおじさんのところに辿り着いた体は動かなくて。 「へぇ~、今まで何回か『コマンド』使った事あったけどあの頃は本当にSubとして欠陥品だったんだな~」  そうか、このおじさんと話した時妙に気持ち悪かったのはたまに『コマンド』使われてたからなんだ。 「あの店の娼婦もみんなべっぴん揃いで気に入ってたけどよ、やっぱSubを無理矢理泣かせるのが一番楽しいんだよなぁ。ほら、ウルちゃん『脱げよ(Strip)』」 「い、いやだ……」  ぷつり、ぷつり、とボタンを1つずつ外していく自分の指が信じられない。  叫びたいのに叫ぼうとした口に布を押し込まれて叫べなくなった。  小説のウルと同じだ。  時期と場所が違うだけ。もしかして僕、今日ここでこの人達に犯されて魔王になっちゃうんだろうか。  せっかくオーナーの側にいられたのに。  魔王になったらオーナーの側にいられなくなっちゃう。そんなの嫌だ。  最後のボタンを外し終えた手がする、っと服を脱いでしまう。  外気に晒された肌が寒くてカタカタ震える僕をおじさん達の手が撫で回してきた。  気持ち悪い筈なのにSubの本能が支配されたがってる。  気持ちいい筈ないのに体が勝手にDomから与えられるものを快楽に置き換えようとする。  気持ち悪いのに気持ちいい、そんなわけのわからない感情で頭がおかしくなりそう。  でも今気を失ったら、何されるかわからない。 「ん……っ」  背中の傷をするすると撫でられて勝手に上擦った声が出てしまった事が自分でも信じられなくて。 「すげぇ傷じゃねえか。ウルちゃん、誰か激しいDomにでも飼われてたの?」 「こんな傷だらけになるくらい可愛がられてたなら俺らも同じくらいしてもいいよな」  ぷつん、と何かが切れるような音がして――でも同時にハーブの良い香りがした。  最初に目の前のおじさんが小屋の端まで吹っ飛んでいった。  次に僕を抱えてるおじさんの怯えた顔が誰かの拳でぐしゃりと嫌な音をたてる。 「あ……」  口に詰められた布を吐き出して、寒さにふるりと震えて思い出す。  そうだった。僕上半身裸じゃん!  慌てて自分で落としたシャツを拾って腕を通したんだけど。 「あ、あれ……」  Subドロップしかけてたのかガタガタ震える指と揺れる視界じゃうまくボタンが掛けられない。  背後から何だかすさまじい音が聞こえてる気がするけど、あっちが終わる前にちゃんと服を着なきゃ。  ちゃんとして。  いつもみたいに。  気持ち悪い。どうしよう。吐きそうかも。  頭グラグラしてる。  でもダメ。ちゃんと笑わないと。  いつの間にか後ろから音はしなくなってて、前に回ったオーナーが黙って僕の震える指を避けてボタンを1つずつとめていってくれる。 「オ、オーナー、流石だね!おじさん達飛んでいっちゃった!っていうか助けてくれてありがとう!どうしてここがわかったの?」  笑え。  僕はちゃんと笑える。  魔王になんてなりたくないから、笑わなきゃ。  でもオーナーは何も答えてくれないから少し悲しい。  怒ってるのかな?僕が勝手に外に出たから。  そうだよね。常連さんの持ち物だったら待ってたらすぐ取りに来たかも知れないもんね。  でもなかったら困ると思ったから、なんて取り留めのない言葉が次々僕の口から飛び出すんだけど。 「笑うな」  オーナーの口から出たのはそんな言葉だった。  抱き寄せられた体からはハーブみたいな良い香りがしてる。  料理中だったのかな?悪いことしたな。 「あ、あのごめんね。オーナー……」 「『良い子だ(Goodboy)』。だから笑うな」  オーナーから褒められた瞬間あんなに気持ち悪かった体から力が抜けた。  代わりに何だかふわふわとした気持ち良さが体を巡る。 「あ、何これ……」 「すぐ家に帰るぞ。掴まれ」  今のは『コマンド』じゃなかったけど、オーナーの声が心地良くてその太い首にぎゅっとしがみついた。 「おーなー……」  僕の口から漏れる声が何だか甘ったるい。上手く舌が回らなくて混乱してしまう。 「落ち着け。大丈夫だ。今楽にしてやるから」 「ん……」  何の事かわからないけど、オーナーが言うなら大丈夫なんだろう。  オーナーが動くたび服とか色々擦れて何だか体がゾワゾワするのは何なんだろう。 (え……っていうか、僕……た、勃ってない……!?)  えぇ!?何で!?どうして!!?どうなってるのコレ!!  隠したくてもしっかりとオーナーにくっついた体からオーナーにも僕の異変は伝わってしまってると思う。  何が何だかわからなくて恥ずかしくて意識が飛んでしまいそうな僕にオーナーが何度も言ってくれた。 「良く耐えた。『良い子だ(Goodboy)』。もう何も怖くないからな」  その度にふわふわして、体が熱くて、わけがわかんなくて。  僕はどうなっちゃったんだろう、って不安で。   だけど笑わないと、って思って笑うとオーナーの意外に柔らかい唇が額に落ちてくるんだ。 「笑うな。大丈夫だから」  何が大丈夫なのかわからなくて、だけどオーナーが言うなら大丈夫なんだろう、って思って柴犬みたいな手触りの髪に指を絡ませる。  気が付いたら家の風呂場まで戻ってきてた。 「おーなー、おじさんたちは……」 「あいつらは気にしなくて良い。ジェクトが警邏を呼びに行った」  いつも僕のお尻を揉んでくるおじさんだ。  そういえばあの人守衛騎士のちょっと偉い人だったな。  尻揉むのはセクハラだから上官として問題では……? 「ウル、『こっちを見ろ(Look)』」 「んん……っ」  オーナーの『コマンド』を聞くたびに体がゾワゾワしてしまう。  さっきのおじさん達のはひたすら気持ちが悪かったのに、オーナーの声は耳に心地よくて大好きな胸筋に顔を擦り付けながら見上げた。  夕焼け色の瞳が僕を見てる。  どうしてそんなどこか痛い、みたいな顔してるんだろう?もしかして僕無意識にオーナーに噛みついたりしちゃったかな? 「おーなー……?」 「『口を開け(Open)』、ウル。出来るか?」 「できる……」  あ、と言われた通り口を開いたら、僕のよりも熱くて厚い舌がちろりと僕の薄くて冷えた舌を舐めてきた。  一瞬びっくりして引っ込んだ舌を追いかけるように奥に入ってきたオーナーの舌が器用に動いて僕の口から舌を引きずり出してしまう。 「ん……う、ん……」  何これ、気持ちいい。  頭ボーッとする。でもさっきおじさん達に『コマンド』を使われた時みたいに嫌で意識が遠退く感じじゃなくて。  気持ち良すぎて意識が飛んでしまいそう。 「気持ちいいか?『言え(Say)』」  命令口調のオーナーの声が優しくてぼんやりしたまま頷いた。 「きもちい……」  また良い子(Goodboy)って褒められて、思わずふふ、って笑ってしまう。  今度は笑うな、って言われなくて顔中にキスが降ってきた。 「『服を脱げ(Strip)』」 「ん……」  おじさん達に言われた時は絶対嫌だって思ったのに、オーナーに言われるのは全然嫌じゃない。  だってオーナーは僕の神様だから。  神様に何言われたって嫌なわけないもんね。  だから言われるまま服を脱いだ。  上も、もちろん下も。 「おーなー……はずかしい」 「本当か?」  意地悪そうに訊かれて頷いたのに、オーナーの手が僕のぴょこんと勃ち上がったそれに触れる。  Ω×Subのペニスは妊娠させる為に使うものじゃないから総じて小さいんだ。授乳に使わない人に乳首がついてるみたいなものだから。  でもそこの感度は人一倍強い。  だから触られただけでもびくん、と大きく体がしなった。 「お、おーなー……!?」 「奴らに『コマンド』使われただろ。Subドロップ起こしかけてたから応急処置で上書きする。『暴れるな(Stay)』」 「あ……ッ、だってそんな、さわったら……っんう……」  僕の口を塞ぐオーナーの柔らかくて大きな唇。  無精髭がチクチク痛いけど、キスは温かくて気持ちいい。  恥ずかしくて抵抗しようとしてた体はくったりと弛緩してオーナーの大きな体で支えてもらってないと床に崩れ落ちてしまいそう。  クチュクチュという音が上からなのか下からなのかもうわからないくらいで。 「あ、おーなー、……おーなー、きもちぃ……っ、おーなー……!」  精子を含まない透明で粘ついた体液を吹き出すと同時、オーナーから最後の『良い子だ(Goodboy)』が聞こえて僕の意識はブラックアウトした。

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