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第15話 祭
オーナーが市場に行ったりしていない時もあるから朝ご飯の担当は僕だったりオーナーだったりまちまちだ。
今日はオーナーがいない日だから僕の番。
「え~?イッても気絶しない方法?」
ユリア姉さんがパンを頬張りながら首を傾げた。
ユリア姉さんは小柄な体に不釣り合いなでっかい2つのメロン――いやお胸様を体にくっつけたわがままボディなお姉さまだ。
僕と同じくらいしかない身長と艶やかな若草色の髪、ぽってりした唇の横には小さなホクロ。垂れ目がちな目は小動物を思わせるけど、結構な肉食女子だと思う。姉さんの部屋から出てくるお相手がしなしなになってるのを良く見かけるからね……。それでもお客さんが減らないのは流石だとしか言いようがない。
だからユリア姉さんならイッても気絶しない方法知ってるんじゃないかな~、なんて思ったんだけど。
「うん……。一度イくと直ぐ意識ぶっとんじゃうんだ……」
あと後ろ慣らす方法も教えて欲しいなぁ。
『コマンド』使われた時って後ろもウズウズするし、そこを埋めて欲しいって本能が叫んでるんだよ。Subの、というよりこれはどっちかと言えばΩの方の本能なんだろうけど。
「う~ん、でもさそもそもウルは良いの?」
「ん?何が?」
おかわり、と皿を差し出してくるリリアナ姉さんにバーガーもどきを作りながら今度は僕が首を傾げた。
「だって勢いでヤっちゃって後悔しない?」
そう言われて今度は反対側に首を傾げた。
そういやそうだよね。
オーナーは僕の推し。
推しとイヤンなあれこれが出来るとか僕前世聖人だったんじゃないかって浮かれてたけど、確かにオーナーからしたらただの応急処置にそこまでやる義理なんてない。
僕の薬が効きにくい体質の所為でなかなか落ち着かない体だけど、抑制剤が効くようになったら別にオーナーが僕のそっち方面の面倒を見る必要もないんだった。
なんて思ってたらちくちくと胸が痛んで思わず押さえる。
「後悔はしない気がするけど……オーナーには迷惑かな?」
だって推しだよ?推しと濃厚な一夜を過ごせる、なんて言われたら飛び付いちゃわない?貞操観念とかそんなもんは宇宙の彼方にぽい!しちゃわない?
でもね……本当はわかってるよ。
僕の料理が好き、お菓子が好き、刺繍が好き……そんな好きとオーナーへの好きは違うんだって事。推しには全てを捧げたいくらい好きだよ。
貢ぎたいし尽くしたいし尻捧げる事もやぶさかじゃないというか。そんなの料理とか刺繍とかには思わないでしょ。
だけどオーナーには迷惑になるだろうから同じ好きだって思う事にしてるんだ。
応急処置で僕と『Play』してくれてるけど、僕はオーナーの恋人じゃないからね。昨日のあれだって遠回しに入れる事はしない、って断られたのかも知れないし。
だけど1回くらいは思い出として入れて欲しい、っていうのはダメな考えかなぁ……。
だって!推しとヤれる機会なんてこの先あると思う……!!?
なんて悶々としてたら。
「あんたはまず自分の価値を見直す事をしなさい」
食事を終えたシーラ姉さんにそう言われた。
だから首を傾げつつ食後のハーブティーを出す。
僕の育ててるミントで淹れるハーブティーは爽やかな香りで口がさっぱりするからってお姉さん達のお気に入りなんだ。
「価値を見直す?」
僕に何か価値なんてあったけ?
どういう事?ってまた反対に首を傾げるけどシーラ姉さんはにっこり笑ったっきり黙ってしまった。
シーラ姉さんは不思議な魅力がある人だ。他のお姉さん達といつも一線を引いてる感じなのに別にそれで皆と不仲なわけじゃない。
オーナーがいない時みんなが頼るのはシーラ姉さんだし、オーナーも姉さんに一目おいてる感じがする。
だからと言ってシーラ姉さんがでしゃばったりする事はない。どちらかと言えば寡黙な感じで、誰もシーラ姉さんの過去を知らないんだよね。本人が言いたがらない事をこっちから聞いて回る趣味はないからここに来るまで何をしてたのかは知らない。
「シーラ姉さんって不思議だね。話してると教会のシスターを思い出すよ」
「そうかしら」
ふふ、って笑う赤い唇が妖艶だ。
「僕の価値は置いておくとして……気絶しない方法はないかな?」
懲りずにシーラ姉さんに訊いてみる。
だってせめて一度くらいは最後まで意識保ったままいたいんだもん。気絶しちゃったらそこまでの記憶しか残らない。
いつ抑制剤が効いてオーナーと『Play』しなくなるかわからないんだよ?思い出は1つでも多く残しておきたいんだ。
口には出さないけど僕の本気度が伝わったのかシーラ姉さんは軽いため息の後で答えてくれた。
「慣れしかないでしょうね。イイモノあげるから練習したらどう?」
イイモノ?って首を傾げた僕はとっても純真だったと思う。
そして今の僕はもう純真な僕じゃない。
何故なら手に入れてしまったのだ。そう、18歳未満お買い上げ禁止のあれを――いわゆる大人のオモチャというやつを。
ビー玉くらいのイミテーション真珠が連なったそれはアナルパール。もう1つの黒いやつも似たような形で、でもこっちは先端が細くて徐々に太くなっていくタイプ。
なんとどっちもバイブ機能付きで使用後勝手に洗浄されて常に清潔な状態ですぐ使用できるという驚きの魔導グッズなのだ。
開発したのは魔塔の魔導師らしいけど何てものを開発してるんだ。真面目に仕事しろでもありがとうございます。おかげで僕の尻の開発も捗りそうです。
シーラ姉さんが客からもらったけど別に使う事もないからあげる、と渡してくれたそれをまじまじと見つめる。
黒い方が初心者用で慣らすのに使って、真珠の方は慣れて来たら使うんだって。
前世でも実物を見たことはもちろん使った事なんてあるわけがないそれをためつすがめつ眺めた。
ついでにもらったローションもどきはそれ用の香油らしい。蓋を開けたら微かに良い香りがしてる。
……ただね……僕1人でいる時間ってほとんどないんだよね……。だって家にはいつもオーナーがいるし。唯一1人になるのってお風呂の時間だけど、あんまり時間かけて逆上せたら尻にこれ入れたままオーナーに発見されちゃう可能性があるって事でしょ?……変態じゃん……。
っていうかそもそもこれどこに隠しておこう?僕の私物入れの棚はあるにはあるけど、何かの拍子に飛び出したら恥ずかしすぎる。
ちら、っと時計を見たらもうオーナーが市場から戻ってきそうな時間だったから一旦家に戻ってタンスの奥に隠しておく事にした。
◇
「お祭り?」
戻ってきたオーナーが食材を冷蔵庫に入れるのを眺めながら聞き返す。
「ここんとこ忙しくて忘れてたけど、近くの川でランタンを流す祭があるんだ」
それってあれか!前に王城で読んだ本に書いてあったランタン祭!
「ランタン流しの日は店閉めて参加するからお前も何か作るか」
毎年祭の日は休みにしてみんなで楽しむ事にしてるんだって。懇意のお客さんと行っても良し、お姉さん同士で行っても良し、教会の子達と行っても良し、って感じで自由みたい。
「作る?」
僕のイメージでは四角い枠に障子紙みたいなのを貼って中にロウソクを入れるイメージだったんだけど違うのかな?
「ランタンに透かし彫りをするやつもいるし、去年は影絵がくるくる回る仕掛けを作ったやつもいたな」
「え~何それ。面白そう!」
流石に祭までの残り一週間で影絵が回るなんて高度な仕掛けは作れないだろうけど、模様くらいは作れそうだ。
「そう言うと思った」
ぽん、って頭の上に置かれたそれが滑り落ちる前に慌てて受け止める。
和紙みたいな紙と木枠は流れから言ってランタンの材料だろう。
ま、まさかオーナー僕の為に買って来てくれたの!?って感動したけどもちろんそんなわけなかった。僕のだけじゃなくてちゃんとお姉さん達の分も買って来てた。
そりゃそうか。お姉さん達も自分達で買い物行くことがあるけど、基本お姉さん達の欲しい物もオーナーが買いに出てるから。
こういう仕事してると変な人に絡まれやすいから、お祭りの日以外はお姉さん達も護衛なしで外に出ない。
これがお姉さんの仕事だって割り切ってるお客さんが殆どだけど、たまに勝手にお姉さんの恋人気分になっちゃうお客さんがいてそういう人は何するかわからなくて怖いから。
殺傷沙汰になったり、ってトラブルは他のお店でも良くあることみたいだから気を付けないと。
そんなわけで市場に売り出されてたランタングッズを見てお祭りだって思い出したオーナーがみんなの分の材料を買って来てくれたみたい。
流石僕の推し!優しい!気遣いばっちり!筋肉最高!いや筋肉関係ないけど。今日もムチムチのヒヨコちゃんが可愛いよ!
「願いを込めながら作ると叶うらしいぞ」
「何だって!?だったらオーナーがバニーちゃん着てくれるように誠心誠意願いを込めなきゃ!!」
オーナー、お盆の角はやめてください!
そんなこんなで洗濯して食堂の仕込みを手伝って開店してる間はお店を手伝って、食堂が閉まってからお風呂入って……ふとシーラ姉さんからもらったアレの事が過ったけど、祭まで時間がないから一旦頭の片隅に避けておくことにした。
興味はめちゃくちゃあるんだけど!本当はすんごい試してみたかったけど!でもランタンも作りたいから一旦保留!
ランタンに使う和紙っぽいやつはジャポニミリカからの輸入品らしい。軽くて丈夫だから川に流してもすぐダメにならないし、祭に使うには良いんだって。
「う~ん。模様……、模様か~……」
色つき和紙と合わせても良いし、ただ紙をくりぬいただけでも十分模様になるだろう。
ただその肝心の模様がなかなか思い浮かばない。
オーナーはどうするのか訊いたら、何の模様もなくただ浮かべるだけだって言うし、お姉さん達も毎年の事だから、って似たような答えだった。
そもそも僕の願いって何だろう。
魔王にならずにいる事?それは願いというか目標のような気もするし……。
ふと頭の中に満開の桜が思い浮かんだ。
満開になってもすぐ散ってしまう儚い花は雨にも風にも弱いけど、毎年綺麗な花を咲かせてくれる。
散り際だって花吹雪みたいになって綺麗だし、地面はピンクの絨毯みたいになる。
あんまりはっきりした記憶はないんだけど僕はその桜並木の下を歩いた事があるんだろう。朧げに綺麗だったな、って思いが残ってるから。
そこからは無心で記憶にある桜並木を彫った。切り込みを入れたり、和紙を削って薄くしていったり。
もちろん1日じゃ出来ないから数日かけて。
願い事は1つだけ。
(オーナーの側にいられますように)
好きになって欲しいとか我が儘は言わない。
恋人とか伴侶が出来ても邪魔はしないから、側にいさせて欲しい。僕の願い事はそれだけだ。
祭の当日、一緒に住んでて秘密も何もないけど一応布を被せて秘密にしてたランタンを手に夜になってからオーナーと川に向かう。いつもなら静かな川縁には屋台みたいなのも出てて賑やかだ。っていうかこれってででででデートじゃない!?僕今推しとお祭りデートしてない!?
「おぉ、なかなか凝ってて良いじゃないか」
ふおぉぉぉ……って興奮のあまり悶えそうになったけどオーナーの声で我に返る。
オーナーは宣言通り何の工夫もない白い紙を貼っただけのランタンを手にしてるけど、僕のは花の部分は色紙を使って、川に見立てた部分は穴を開けて。きっと前世のいつかに見たはずの桜並木の景色をランタンに描いた。
光を入れたら結構幻想的で我ながら上出来だと思う。
「ほら」
差し出された手にランタンを渡すとオーナーの手から2つのランタンが離れて流れに沿ってゆっくりと流れ始めた。
他のランタンに当たったり、くるくる回ったりしながらゆっくりゆっくり数を増やしながら流れていくランタンはとっても幻想的だ。
魔導灯なのか僕達のランタンと違う色の光もあって色とりどりの光がゆらゆらとたゆたう。
「オーナーは何お願いしたの?」
近くでリリアナ姉さんがイカ焼きみたいなのを頬張ってるのが見えて、僕も後で食べよう、なんて思いながら何の気なしに訊いた。
本当に何の気なしだったし、何だったら絶対答えてくれないだろう、ってわかってて訊いたんだ。
「……秘密だ」
川からのランタンの灯りがふ、っと微笑むオーナーを照らして、その絵画みたいな美しさに一瞬意識が昇天しかけた僕が川に落ちた所為で辺りはちょっとした騒ぎになってしまった。
一緒に来たお姉さん達はパニックになるしオーナーは慌てて川に入って僕を引き上げてくれて一緒にびしょ濡れになったし、周りの人達も何か事件が起きたかと騒然としてしまったし。
お騒がせしてしまって大変申し訳ありませんでした。
だがしかし!あんな!綺麗な顔して!笑う推しを見て平気でいられる人間がいるだろうか!いないと思う!!
なんて力説したもんだからその後のお説教は長々と続いて、結局僕はイカ焼きらしき物を食べ損ねたのでした(涙)。
ただその時人混みの中で弟のラーグを見たような気がしたのは気のせいだよね?
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