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第27話 伝える

「あ、あのオーナー……?」  上に覆い被さったまま見下ろしてくるオーナーの少し長い髪が首筋に纏わりついてるのが何だかとってもお色気満載だ。  する、っと首を滑っていた指が次に辿り着いたのは僕の唇だった。もうほとんど治った傷があった場所を唇ごとふにふにと触ってくる。  おぉぉぉぉぉ……何なんだこのセクシーオーナーは……!!?やっぱり夢か!?助けてマリオット!! 「ああ、その前に……ここにあった傷の事も訊いてない」 「そ、そうだったっけ……?」  オロオロと目線が泳いでしまうけどオーナーの手がまだ僕の片手を顔の横にがっちり縫い止めてるから身動きとれないし!  手が暖かくて気持ちいいんですけどね?何だったらちょっとにぎにぎしちゃいますけど。  でもこの体勢はちょっと正気の時には刺激が強いかな、なんて!  そうだよ。良く考えたらオーナーとあれこれする時っていつもSubドロップ起こしてる時だから僕ほとんど正気じゃないし、意識がしっかりしてる状態でこんな事になったのって初めてじゃない? 「ウル」  少し強めに唇を摘ままれて、あわわ、ってなりながら答えようとして……止まる。  だってあの傷って謎にラーグがキスしてきて出来た傷だから。マリオットには言えたのに、オーナーには知られたくないな、なんて思ってしまう。  知られたら呆れるのかな。それともやっぱり「へ~」くらいの反応なのかな。  どうしてだか知られるのが怖くて黙り込んでしまった僕に何を思ったのかわからない。けどまたオーナーの顔が近付いてきて、それこそキスされそうな距離で 「ウル?」  もう一度囁くように名前を呼ばれた。  いつもみたいにキャーって顔を隠したくても解放されてた片手ももう一度指を絡ませて顔の横で固定されてしまったから絶対真っ赤になってる顔が隠せない! 「あ、の……理由はわかんないんだけど……」 「うん?」  近すぎて焦点が合わないからぎゅう、っと目を閉じる。  目を閉じたら閉じたでオーナーの匂いとか息遣いとかいつも以上に拾ってしまって体が勝手にへにゃへにゃになってしまいそう。  しかも目を閉じた所為でオーナーの動きがわからなくなって、頬を掠めた柔らかい感触が一瞬何なのかわからなかった。 (え、今の、何……)  いや、わかってる。本当はわかってるんだ。今のは……今のはオーナーの唇だって……!! 「あわ、わわわ……」  頭パーンってなって気絶しそうなんですけど!? 「質問にコマンドは使いたくないんだけどな」  使って欲しいか?  なんて意地悪そうに訊いてくるけど、そうだよね。僕に喋らせたいなら『コマンド』を使ってしまえば早いのに、そうせずに待ってくれてるオーナーは本当に優しいと思う。  だから僕もその優しさに応えようと思ってあの日の事をポツポツと語った。    ラーグが来た事。  父であるアルタメニア公爵が隠居して公には学生だからと公爵代理になったラーグが実質の公爵である事。  王家に僕の国外追放を取り消すよう嘆願を出していた事。――近々受理されるって言ってたけど、流石にそれはないと思う。王家が一度追い出した人間をこっちが間違えてたよ、ごめんごめん、なんて簡単に取り消しなんてしないと思うし。  屋敷の人間も入れ換えたから僕に公爵家に戻れと言ってきた事。 「……で、何でそれでSubドロップ起こして唇に傷まで作る事になるんだ?」  わぁ、オーナーもチベットスナギツネ顔出来るんだぁ……。 「さっきも言ったけど、り、理由はさっぱりなんだけど……ね。あの……何でかキスされて……」 「は?」  ぎゅう、っと眉間に皺が寄ってひっくい声がした。僕がびくっと飛び上がるとハッとした顔で僕のおでこにキスが降ってきて正直もう何度目かの頭パーン!の危機だ。 「お前に怒ったわけじゃない」 「ひゃい……」  おでこの次はまた頬、それから鼻先。  ちょん、ちょん、って小鳥が啄むみたいな可愛いキスだけでもう息も絶え絶えなんですけど! 「俺がいない間にそんな事があったなんてな」 「言わなくてごめんなさい」  っていうか正直その後の王家とのゴタゴタで全部ぶっ飛んでたんだけどね。 「……それで、弟にキスされてSubドロップ起こしたのか」 「うん……」  一応スタンレールでは近親婚は条件があるものの禁止はされていない。  第2性の1つがαとΩである事。DomかSubかはあんまり問われない。  両親を同じくしない事。だから片親が違ってたらセーフだ。  つまり僕と半分しか血の繋がってないαのラーグとΩの僕の結婚は可能で、ラーグと完全に血が繋がったハガルはアウトってわけだ。  確かパルヴァンの近親婚は例え全く血の繋がらない義兄弟でも“きょうだい”でいるうちは全面禁止だったから弟にキスされたとかオーナーの中では挨拶程度の感覚じゃないかと思うんだけど。 (ん?ラーグのあれは僕に好意があるって事?)  途端にゾワッと全身総毛立つけど、最近のスタンレールであんな挨拶は流行ってない、とは言い切れないしなと無理矢理自分を納得させてたら。  はあ、と大きなため息をついた後オーナーが僕の手を解放して代わりに僕の顔の横にそのムキムキな片肘をついた。もう片方の手は……。 「はわわわわわ……!」  する、っとまた唇に這わされる。  でも解放された手で顔を隠す間もなく―― 「んぅ……!?」  暖かい唇が僕の唇と重なった。  唇同士をくっつけただけかと思いきや、下唇を軽く吸って、ちょっと歯を当てて、またぴったり重なる。  最後にちゅう、って音を立てて離れた唇を思わず凝視してしまった。  い、今のは何でしょうか……?  心臓がドッドッドッ、て物凄い早さで鳴ってるのがオーナーにまで聞こえてしまいそうだ。 「で……?」 「え?」  ぽや、っとしてる僕の頬を撫でながらセクシーオーナーが訊いてくるんだけど、で?って何だろう? 「気持ち悪いか?」  気持ち悪い?何がだろう?  まだポ~っとしてる頭で考えて、今のキスについて訊かれてるんだってやっと思い至った。 「気持ち悪く……ない」  むしろもっとやって欲しい。 「そうか」  ちゅ、ちゅ、って音を立てながら啄むだけのキスの後またごつん、っておでこにオーナーのおでこが当たる。 「ゆっくりって言われたんだけどな……」 「ゆっくり?」  誰に何をゆっくりって言われたのかは教えてくれない。  ただベッドと背中の間に入った腕がぎゅう、っと抱き締めてきた。  強くて、でも苦しくはない力加減。暖かい腕が僕をそのまま抱き起こすから、僕はオーナーの膝の上に乗って肩に頭を乗せる。  無精髭はもう生やさないのかな~、結構気に入ってたのにな~、なんて暢気に考えてる僕の耳に何だか聞き慣れない言葉が飛び込んできた。 「好きだ」 「ん?」 「……俺かお前に何かあった時、何で早く言わなかったんだ、って後悔したくない。だから今言う」  ゆったりとした早さで、噛んで含めるように1つ1つ言葉が紡がれていく。 「俺は、お前が好きだ」  ぴったりくっついた胸元でどっちの物かわからない心音がドキドキと力強く鳴ってる。  好き。  オーナーが、僕を……? 「う、嘘だ~……」  いつもみたいにふざけて流そうとしたけど、全然そんな雰囲気じゃない。背中に回った腕が離れないから顔は見えないけど、声が真剣だ。これで「なんちゃって~」とか言われたら殴っても良いレベルだと思う。  オーナーの言葉は続いてる。  僕の何が好きかって。  最初は金持ちの坊っちゃんが変な事言いに来たな、としか思ってなかった。  でも来る度に何かしら不調を抱えてる僕が心配になって、一緒に暮らすようになってからは辛い時に笑う事に気付いて庇護欲が沸いたんだって。  Domの本能からくる庇護欲だって言い訳して僕に黙っておこうかと思ったけど、王城で王様の威圧(グレア)を感じた時僕に何かあったかもって怖くなって―― 「俺はお前が好きだ」  推しが僕の事を好きだって言ってる。  ファンサじゃなくて、本気で。  びっくりしてドキドキして、上手く言葉が出てこない。 「……お前の中で俺が“推し”とやらじゃなくなったら教えてくれ。まあ――」  逃がすつもりはないけど、って言葉と共にまた唇を塞がれた。

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