29 / 46

第30話 思い出した

 昨日の夜言われた通り考えたらしいジェラールの答えは“傭兵”だった。  剣は習ってたし教師も褒めてた、って理由で。だけど……。 「その程度か?」  店の庭でオーナーと剣を交えてるジェラールが地面に転がってもう何度目か。洗濯が大変だなぁ、って遠目になっちゃうくらい泥だらけの服にため息をつきつつ地面で呆然としてるジェラールに目をやる。 「まだやってるの?」 「シーラ姉さん」  僕は危ないからって店の中から見学してたんだけど、どうやらお姉さん達もどこかしらから見てたらしい。ご飯を食べに下りて来た他のお姉さん達も僕達がいる窓辺に寄って来た。 「あれあんたの元婚約者でしょ?あんな騎士団のお手本剣術で良く剣が出来るって豪語したわね」  シーラ姉さんが珍しく怒ったような声音で言った。  ジェラールが僕にした事をこの店の人は皆知ってるからいつもならイケメンにキャッキャする筈の他のお姉さん達の視線も厳しい。   「あはは……仕方ないよ。ジェラールの周りには肯定してくれる人しかいなかったんだもん」  教師だって周りに侍ってたあいつらだって絶対にジェラールに対して否定的な事を言わなかっただろう。未来の国王に嫌われて良い事なんてないもんね。だからあんな傍若無人なバカが出来上がってしまったんだし。  しかも今でもまだ自分は教師達が言う通り剣の才能があるって思ってる辺り本当にバカなんだよな……。  ジェラールの剣術は剣技大会とか品行方正な集まりの中でならまだ通用する方だろう。それでも現役騎士達はジェラール相手なら手抜きしてただろうし、同い年なら多分剣筋が綺麗な分ブレの少ないジェラールが強かったのかも知れない。  だけど傭兵になるって事は騎士の礼を取ってから始め、の合図で動き出すような相手なんかいない。魔物は人間の隙をついてくるだろうし、人間相手ならもっと狡猾だろう。優等生な剣技しか出来ないジェラールなんて最初の任務ですら家に戻って来られるかわからないと思う。ランクの低い任務にだって危険が全くないわけじゃないんだし。    それに気付いて、何も言わずに傭兵登録させて魔物のご飯になる未来を選択しなかったオーナーはとっても優しいしイケメンだと思うんだ!! 「あんたは良いの?あんなのが近くにいて」 「う~ん……正直気分は良くないけど、ある意味ジェラールがあんなだったお陰でオーナーの所に来られたんだし、それに困ってる人助けなかったらオーナーに罰則があるかも知れないんでしょ?そっちの方が嫌だから」  どうやら戦意を喪失したらしいジェラールを置いてオーナーが店の方に戻って来た。  泥だらけのジェラールに反してオーナーは汚れ1つついてない。流石オーナーだね!というか最初から伝説級の冒険者相手に勝負になるわけないんだろうけどね!  ティールやギフトですら未だにオーナーには勝てないらしいし。当たり前だよ!だってオーナーだもん! 「おかえりオーナー。どうだった?」 「いい子ちゃんな剣術だ。あんなので傭兵が務まると思ってるならそこらの農民でも魔物が倒せるだろうな」  窓の外ではまだジェラールが呆然と座り込んだままだ。  ちょっと可哀想だけど毒で倒れる僕に手を差し伸べなかったんだから僕が手を貸してやる義理なんてないもんね。ご飯くらいは作ってやるけど。それにこの程度で凹んでもう傭兵はやめて他の事する、とか言い出すようならきっと何やってもダメだろうし。 「あいつが気になるのか?」  外を眺めてた僕の腰に回った腕にぐい、っと引き寄せられてよろけるままオーナーの腕に閉じ込められてしまう。 「ひょわーーーー!!?」  あの日以来オーナーはこういうの全く隠さなくなったんだ。思わず悲鳴を上げて真っ赤になりつつ、でも雄っぱいを揉むのはやめられない。う~ん、今日も良い筋肉だ!!   「ウル顔真っ赤~!」 「前は自分から抱き着いてたくせに~」  ここぞとばかりにからかってくるお姉さん達の所為でますます頬が熱くなってしまう。  そうですね。抱き着いてました。仕方なさそうに受け止めてくれるオーナーの困惑顔が好きでね。だけどこんな……こんな!僕の事好き、みたいなオーラ全開で抱き締められる事なんてないと思ってたから……!  思わず雄っぱいから手を離して自分の顔を隠してしまう。途端にお姉さん達から「か~わい~い!」ってケラケラと笑われたんだけど、オーナーが耳元で 「で?答えは?」  なんて訊いてくるからまた、ひょわーーーー!って叫んでしまった。 「気になったわけじゃなくてですね!洗濯大変そうだな、って思っただけであります!」  思わず軍人みたいな話し方になってしまって、きゃいきゃい組に交じってなかったシーラ姉さんですら噴き出して肩を震わせている。  ちょっともう!誰か1人くらいは助けてくれたって良いじゃん!いや、でもこの腕の中安心するし暖かいし抜けたくないような気もするけど……いやでもやっぱり恥ずかしい!! 「そ、それよりも……オーナー的にはどうなんですか!」 「ん?」 「ジェラール、使い物にならない?」 「ああ……まあ筋は悪くないだろうな。この先伸びしろはあるだろ。後は本人のやる気次第だが」  それにここ最近また魔物が増えてるらしい。  まだ人里までは来てないけど辺境の警邏とか辺境伯の騎士団とかは頻繁に出動してるって聞いた。兄王子の剣の相手に呼ばれるティールは一旦武者修行を止めてしまってるけど今の方がより修行になるんじゃない?って思わなくもない。  とにかく今はギルド的にどんな人材でも戦える人が欲しいらしい。騎士団も人手は欲しいけど、身元が不確かな人材は雇えないからね。いや、身元は確かだけど隣国の元王族とか来られても騎士団だって扱いに困るだろう。信頼に値するかもわからないし。騎士団の情報を母国に売る可能性だってあるしさ。  本来なら僕が魔王になって8か月だ。最初魔王化して魔力暴走した時に公爵邸を巻き込んで父親その他を殺した魔王(ウル)の隠れ家を見つけたスタンレール騎士が動き出すのはこの頃じゃなかっただろうか。  その時に先陣切って乗り込んできた王太子はそこの庭で項垂れてますけど。しかも多分魔王(ウル)相手ですらご自慢の良い子ちゃん剣術は通用しなかったから第2部が始まる前に死んだんだろうな。それから……。 (あれ?そこからどうなってハガルがパルヴァンに助けを求めに来るんだっけ?)  ジェラールが殺されたから、っていうのは復讐の旅の理由としてはわかるけどスタンレール出身の仲間はいなかったんだよね。  ティールにギフト、それから王子。みんなパルヴァンの人間だ。 「どうした」  オーナーの手の平で両頬を包まれて上を向く。オーナーの夕焼け色の瞳に僕の顔が映って――ガン、と頭を殴られたような衝撃があった。 「ウル!?」  驚くオーナーの声。  座り込む僕に悲鳴みたいな声を上げるお姉さん達。  その合間合間にまるで新幹線に乗った時みたいな速さで景色が流れて行く。  そうだ。スタンレール騎士団に見つかった魔王(ウル)はパニック状態になって、それを感知した魔物達が同じようにパニック状態でスタンレール国内のあらゆる都市や町に雪崩れ込んできたんだ。 (それで……それで、スタンレールは壊滅状態になって――)  ガンガンと頭が痛んで冷や汗が滲み出る。  丁度やって来たらしいティールの驚いた声も聞こえてついでに、医者を、と叫ぶオーナーの声もした。  スタンレールが壊滅状態になって、王太子妃だったハガルを除いてジェラールを含む王族は死んだ。だからハガルはパルヴァンに来たんだ。生き残ったスタンレール騎士団を再建するには時間がかかり過ぎる。優秀だった騎士は自ら先陣を切ったバカ殿下の為にパニックに陥って魔法を乱発した魔王からジェラールを守ろうと身を挺して皆死んでるし、残った騎士達にまとまりはなくなってたから。  その時に魔王(ウル)はどこにいた――? (パルヴァン(ここ)だ……!)  パルヴァンの森の奥深くに身を潜めたんだ。  自分の意志で操ったわけじゃないけど、自分の感情で魔物が動くのだと初めて知ったエピソードだった筈。  だけど物語はもう破綻してる。ジェラールは生きてパルヴァンにいるし、僕が魔王になってない。ハガルは物語みたいな健気純真ヒロイン♂じゃないし何だったら王子も儚げ美人じゃなかったし。  力強く抱き締めてくれるオーナーの腕の中大丈夫、と何度も言い聞かせてる内に頭痛も治まってきた。 「ごめん、みんな……もう大丈夫」  気が付いたらオーナーだけじゃなく、シーラ姉さんも僕の手を握ってくれてるし他のお姉さん達も僕を取り囲んで泣きそうな顔をしてくれてる。起き上がろうとしたらオーナーに抱き上げられてしまった。  お姫様抱っこーーーー!!!って声に出して叫ぶ元気がなかったから心の中で叫んで慌ててオーナーにしがみつく。 「お前は今日は休みだ」 「え、でももう治まった……」 「休みだ」 「ハイ……」  有無を言わせない口調に頷くしかなかった。

ともだちにシェアしよう!