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第29話 秋になった
季節は秋。僕が春前に来てから8ヶ月が経った。外はすっかり秋模様で、道行く人の服装も様変わりしてる。
あの王城での一件から2ヶ月経ったんだけど何故かあの後から兄王子やら王子やらが頻繁に訪ねて来て護衛で付き添ってるギフトとか、剣の相手で呼ばれるティールとも何故かすっかり打ち解けてしまった。
光の勇者や聖騎士と仲良しな魔王って何なんだ……と思ったけど、僕は絶対魔王にならないって決めたんだ。だから僕を倒す筈の2人とどんどん仲良くなって魔王フラグを叩き折って、絶対オーナーに好きだって伝えるんだ!
なんてちょっと現実逃避気味に考えながら目の前で項垂れている相手を見た。
紺に近い青い髪は王族の証。星を散りばめたような不思議な光彩の、髪と同じ色の瞳。第1部のメインヒーローだけあってイラストも多く、美麗なそのイラストは確かにメインヒーローだと思わせるだけの姿をしていた。つまりは誰もが認めるイケメンである。――実際に魔王を倒すのはティールで、肝心の第2部では死んでるけど。
カウンター席で項垂れているのはその肝心な時には死んでるメインヒーロー、ソンジェラール王太子殿下。
「はぁ……それで廃嫡されたってわけですか」
何とこの人僕がざまぁしなくても勝手にざまぁされてたんですよ。
理由はまず僕に対する裏切りに民から怒りの声があがった、と。――いやそもそも民は別に僕の顔知らないよね?
それから単独で公務をするようになってからのダメダメっぷりに大臣達もほとほと手を焼いたんだとか。――そりゃあ学生時代もハガルと遊び呆けてたもん。
極め付きが2ヶ月前のパルヴァン訪問時にこっそり王城を抜け出し娼館に行ってたからだって。――バカ正直に娼館で包丁投げられたとか言ったんだろうなぁ。王様としては他国の娼館だから罰の下しようもないだろうし、パルヴァンの王族に罰を頼むわけにもいかなかったんでしょうね~。自国の恥だもんね。公務抜け出して遊んでるなんて。
まあそんな感じで色々やらかし過ぎて家臣達が我慢の限界だったらしく、これ以上殿下を王太子として据えていると暴動が起きかねなかったから殿下を追い出して王弟の息子(5歳になった)が一応の王太子候補になってるらしい。今から王太子教育するんだって。
ちなみに無用な争いを生まない為に王弟自身が息子を使って政治に口出しする事は出来ないようになってる。その息子は5歳で親元から引き離される事になって……グレちゃわないと良いけどね。
そんなわけで廃嫡された上身分も取り上げられた元王太子殿下は何故かオーナーの店に来て項垂れているわけです。……いや何でだよ。
「大体殿下……あ、ソンジェラール様は何だって隣国になんて来たんですか?普通王族が廃嫡された場合一応護衛とそれなりの住居が与えられるでしょ」
「私は苦労を知らぬから、自分で考え、自分で解決する能力を身に付けろと……」
「ああ、そりゃ仕方ない。……おっと口が滑った」
ぎろ、と睨まれておっとっと、なんてわざとらしく口に手を当てる。
まあこうなったのは王様達にも責任があると思うから殿下1人放り出すのはちょっと可哀想だとは思うけど、そもそも殿下って周りの手柄を自分の物だって思う節があったし仕方ないと思うわ。
ただ紛いなりにも元王太子殿下に護衛が1人もついてないのは問題なのでは?
「それで何でここに?国外追放ならここじゃなくても別の国に行ったら良かったでしょ」
何もやらかしちゃった国に来なくても。しかもこの店あなたがやらかした相手の王族達しょっちゅう来ますよ?
「1人でどこに行けば良いかわからなかったから来た」
いや堂々と言われても。
「あの騎士団長の息子はついて来なかったんですか?」
名前なんだっけ?忘れたけどあの息子。あんなに殿下っ子だったのに。
「イライジェフは騎士団にて根性を叩き直す、と侯爵が言ったから残った」
「宰相の息子とか魔塔の人とか……そもそもハガルは?」
周りに侍ってたあいつらはどうしたんだよ。人の悪事とやらを捏造した仲間達は!
「国外追放は私だけだ。……ハガルは王太子でない私に用はないと……自主的に公爵家に戻った」
この人思った以上にざまぁされてたわ。そしてハガルが最低だったわ。小説ではヒロイン♂枠なのに。
隣で鬼みたいな顔のまま無言だったオーナーも流石に気の毒に思ったらしくドラゴンオーラが引っ込んだ。
「というかもう平民だったら敬語はいらないだろ」
ドラゴンオーラは引っ込んだけど眼光はぎろりと鋭いままで包丁を投げられた経験のある殿下はすっかり尻尾を腹につけた子犬みたいになってる。あんなに傍若無人に振る舞ってたのにね~。ざまあみろ!!
とは言え1人ぼっちで放り出されたら不安もあるだろう。
「じゃあ、ソンジェラールって長いしジェラールって呼ぼう」
僕とオーナーの勝手な言い分に少しムスっとした顔をしてるけどここを追い出されたら行く宛もないから大人しくしてるジェラールに言ってみた。
「身分剥奪されて国外追放……僕と同じだけど気分はどう?」
しかも僕の時はあんた達が捏造した悪事で追放されたんだからね。別にその為に頑張ってたんだから恨んではいないけど、ウルはそれでとってもとっても傷ついただろうから。
罰が悪いのかジェラールは何も言わない。つい先日までは王太子殿下ってチヤホヤされてたんだもんね。簡単に割り切れないよね~。しかも絶対味方だと思ってたハガルや仲間達にもあっさり裏切られてショックだろうし。いやほんとざまみろ、と声高に言ってやりたい気分だけど。
「まあ何にしてもまず働かないとね」
「は、働く……!?私がか!?」
いや、あなた以外誰がいますか?
「当たり前でしょ。働かないとご飯だって食べられないしあっという間に死ぬよ」
「仕方ないから金が少しでも貯まるまでは空いた部屋に入れてやる。その間に必要最低限の生活知識を身に付けるんだな」
「せ、生活知識……?」
そうだよね~、そこからだよね~。
「メイドなんかいないんだから掃除洗濯料理、全部自分でやらないとダメ」
そんな……と絶句するジェラールだけどとりあえずオーナーが空き部屋貸してくれるって言うんだからまだマシじゃん。
魔王 は多分洞窟とかそんな所で暮らしてたんだから。魔王城なんて物は出てこなかった気がするし、――あれ。だったらティール達はどこを目指してたんだろう?
どうにも所々記憶が欠けてるんだよねー。魔王 の扱いに腹が立ちすぎて記憶を抹消した部分もあるかも知れないんだけど。
ところでこの店に空き部屋ってあったっけ……?
結論から言うと空き部屋はなかった。
オーナーが通したのは使ってない倉庫の1つだったから、これは部屋じゃないだろう。だけど壁と屋根があるだけマシだと思う!
流石にこれから寒くなる時期だし型の古い暖房器具とか布団とか運びいれてくれるから当面は過ごせる筈だ。ジェラールが我が儘言わなければね。
「すきま風も入らないし窓もあるし野宿より良いんじゃない?」
絶望的な顔をしてるジェラールに、はい、と掃除道具を手渡す。
「何だこれは?」
「掃除道具だけど?」
「まさか私に掃除をしろと……!?」
このあんぽんたん殴っても良いかな。さっきこれからは自分で、って言われたばかりなのにもう忘れたの?それとも今オーナーが布団とか取りに行っていないからちょっと強気になってるの?
「これからは自分で、って言ったでしょ。洗濯は僕の仕事だけど明日からはジェラールにも覚えてもらうからね」
掃除も今教えるからやって、と雑巾を持たせたんだけど……。
「窓の上の方から拭かないとせっかく拭いた下にゴミが溜まっちゃうってば!」
から始まって、箒を持たせて掃いてもらっても、
「窓の時と同じだよ!奥からやらないとごみが部屋に溜まっちゃうでしょ」
角もきちんと掃いて、床の目に沿って、乱暴に掃かないで、ってもう言うことが多すぎてぐったりしてきた。
それでも僕が手伝った上でなんとか埃を綺麗にして暖房とか布団とかを置いていく。
「ベッドはないのか」
「あるわけないでしょ!仮の住まいなんだから。ここに永住する気?」
頷きそうな雰囲気だったけどオーナーのドラゴンがまたひゅっと顔を出しそうだったからか慌てたように首を横に振っている。本当に大丈夫かこいつ……。なし崩しに住み着いたりしないよね。
「今日の所は自分に何が出来るのか1人で考えろ。それに見合った仕事を探してやる」
食事は後でここに運んでやる、って言い残して出ていくオーナーの後ろを慌てて追いかけた。
「オーナー、あんなのここに置いて良いの?」
今の所何の役にも立ちそうにないけど。
元婚約者としては路頭に迷って変な人に騙されて売られたりしなかっただけ良かった、と言えなくもない。だってそこまで恨んでないしね。最後殴られたから僕も1発は殴ってやろうと思ってるくらいで。
「一応この店も教会の所属になってるから、困って頼ってきた奴を追い出したりしたらバルドの息子から苦情がくる」
前の領主は平民なんて税金を搾取する道具、みたいな人だったらしいけどおじさんの息子が領主になってからはきちんとした補助があるんだって。代わりにこうやって助けを求めてきた人を追い出したら場合によっては罰則があるみたい。
罰則があるなら仕方ない。バカ殿下の為にオーナーが罰を受けるなんてあってはならない事だから!
何にせよあの全く役に立たない元王太子をどうやって使い物になるようにするか……。明日から頑張ろう……。
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