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第36話 予感は当たる

 嫌な予感っていうのは結構良く当たる。3日前急に改心したようなジェラールが怪しい、って思ってたら案の定バカはバカのまんまだった。  オーナーは今日も午前中おじさんの所に駆り出されてて、しかも今日に限ってティールもギルドから指名依頼の呼び出しがあった。急いでオーナーを呼び戻す為にリリアナ姉さんが転移陣で向かってくれたけど時間的にもう森なり何なりに出てしまってるだろうから直ぐには戻って来ないだろう。  少しの不安と嫌な予感がしたからお客さんを送り出してから店には厳重に鍵をかけた。ジェラールのご飯なんて後でもいいや、って思って小屋に行かなかったんだけど、行っても無駄だっただろう。でも行ってたらもっと早くジェラールが小屋にいない事に気付けたかも知れない。ただ気付けたとしても厳重に鍵をかける以外の対策がないんだけど。  一応直ぐマリオットに連絡して教会の方に護衛さん2人残して、マリオットと護衛さんが1人来てくれたんだけど、結局オーナーがいてもこれは無理だったかも知れない。 「さぁ、お前もこっちに来い!!」  マリオットの首にナイフを押し当てて唾を飛ばしながら叫んでいるのは王太子本人だから。  何が起こったかっていうと―― 「え、ティールも出ちゃうの?」  オーナーと入れ違いで店に来てたティールの所に今日中の指名依頼を伝えにギルドから使いの人が来た。指名依頼って事は断ったらティールの信用にかかわるって事だ。だからてっきりティールも直ぐ向かうんだと思ってたんだけど。 「しばらく指名は受けないって伝えた筈だ」  指名停止にしておいたらギルドが停止解除までは指名がつかないように手配してくれるんだって。だから断ってもティールはきちんと手続きをしてるんだから、それはギルドのミスであってティールには関係ない。 「それがどうしても、と。無理だって言っても全然聞かなくて困ってるんですよ」  なのにやたらグイグイくる使いの人がそう言いながらティールの腕を掴んだ。 「それはそっちの都合だろ」  そんな押し問答をしてる内にしびれを切らしたのかギルドの使いの人が急に転移陣を作動させてティールごといなくなってしまって、僕は一瞬ぽかん、と間抜け面を晒してたと思う。  え、ギルドってこんな強引に人連れて行くの……?こんなのほぼ誘拐じゃない?怖いわ~。  ただ何だかとっても嫌な予感がしたからたまたまお客さんと降りて来て玄関でお見送りした後、部屋でお風呂にする、って言うリリアナ姉さんを捕まえた。 「リリアナ姉さん、ティールがギルドに連れて行かれちゃった……」 「え、何で?今日もオーナーがいないからティールがお店にいる日じゃなかった?」 「うん。そうだったけど、無理矢理連れて行かれた……」 「何よそれ、怖!オーナーはもう出ちゃったのよね?」  転移陣で行ったからもうとっくにおじさんの所だ。 「わかった、私がオーナー連れて帰ってくるからウルはお客さん送ったら直ぐ鍵閉めておくのよ!」 「うん、そうする」 「直ぐよ!直ぐに鍵閉めるのよ!?」  窓もしっかり鍵かけて、雨戸も閉めて、って言いながら転移陣を発動させたリリアナ姉さんの後にユリア姉さんが下りて来て、ユリア姉さんも似たような事を言いながら念の為に、って直ぐ教会に駆け込んでくれた。その後も次々下りてくるお客さんのお会計をして最後のお客さんを見送ってからお姉さん達と慌てて雨戸を閉めて回って、玄関の鍵を閉める頃には護衛を1人連れたマリオットが駆けて来てくれる所で。 「無事か!」 「マリオット~」  護衛騎士さんに抱えられて戻って来たユリア姉さんが怪我したのかと思ったらこの方が早いからだ、って言われて一安心。 「ティールはまだ戻ってないのか?」 「うん。あの調子だと指名依頼は断って帰ってくると思ったんだけどまだ……」  玄関にきっちり鍵を閉めて息を切らしてるマリオット達にハーブ入りの水を渡す。ぐい、っと男らしく一気飲みしたマリオットがもう一杯おかわりをして辺りを見回した。 「あのバカ殿下は?」 「いるなら小屋の方だと思うけど……まあ別にジェラールは関係ないし隠れなくても良いよね。っていうかジェラールがいるのに来てくれてありがとう」  今のジェラールの発言にどれほどの効力があるかはわからないけど、国外追放された僕と仲良くしてるなんて知られたらマリオット自身と子爵家そのものの立場が悪くなる可能性だってあるのに。国外追放はジェラールだって同じだけど、一応向こうは元王族だし。 「さて、でもここからどうしよう」  何かがある、って決まったわけじゃない。でもオーナーの不在時にわざわざ誘拐に近い形でティールまで連れて行かれてしまった。何かが起きても不思議じゃない状況だ。  今ここで戦力って言えるのはマリオットとその護衛さんだけだ。少しの隙をついて僕だけ外に出たらそっちに向かってくるかな?今からでも外に出てた方が良いかな?でも街中で襲われたら無関係な人が巻き込まれちゃうかも知れないし。 「オーナーが戻るまで籠城するくらいしかないだろうけど……」  オーナーは、王太子は僕を堂々と王城に連れていけない筈だから誘拐か脅迫をするだろう、って言ってた。  街中に出たら誘拐しやすそうだし、かと言ってここにいたら脅迫もされやすい。だって店のみんなもマリオットも僕の大切な人達だから。  どうしよう、って首を捻った時だった。  ――ガァン!!!  って凄まじい音と共に玄関の扉がひしゃげる。お姉さん達の悲鳴とドアが弾け飛ぶ音が重なって身動きが取れない僕を抱えて横に倒したのはマリオットだった。直後大きな破片がテーブルを破壊しながら薙ぎ倒してまたお姉さん達の悲鳴が上がる。 「マ、マリオット……怪我は……?」  がしゃ、ごと、って破壊されたドアの破片を踏みながらジェラールが入って来たのは、僕に覆いかぶさるマリオットの背中を叩いた時だった。ない、と低く呟いたマリオットが体を起こして振り返る。そこには僕が良く知る酷薄な笑みを浮かべたジェラールがいた。 「何故貴様がここにいる?」 「他国交流中ですが?貴方こそドアが破壊されたタイミングで来るなんてどういう事ですか?その後ろの騎士達も」  人数は多くないけどマリオットと護衛騎士1人だけで追い払える人数ではない。僕やお姉さん達を背後に庇ったマリオットと護衛さんは戦う気満々だけど、絶対怪我しちゃう。どうしよう、どうしたら、って頭がグルグルしてまとまらない。 「まあいい。……アザリーシャ殿、こちらです」  心臓がドキン、と嫌な音を立てて鳴る。  ジェラールと同じように破片を踏みながら現れたのは本当にあの日見た王太子だった。王太子自ら出てきたら僕達に出来る抵抗なんてほとんどない。ただ今の状態の僕を王城に連れて行ったって前と同じ結果しか出ない筈だ。 「ほう、本当にこの店だったとは。弟達がしょっちゅう世話になっているそうだな?確かに見目の良い者ばかりだ」  下卑た笑いを浮かべる王太子の目がマリオットで止まる。βでもDomだけあってその威圧感にΩ×Switchのマリオットが小さく体を震わせた。  マリオットだって本当は怖いんだ。僕だけ守られてるなんてダメだ、って思うんだけどSwitchのマリオットに効く威圧感が僕に効かないわけがなくて足が縫い付けられたように動かない。まだ威圧(グレア)を放たれたわけでもないのに。 「これであの約束は守って頂けますよね」 「約束?」  訊いたのはシーラ姉さんだった。α×Domのシーラ姉さんに王太子の威圧感は効かないんだろう。他のお姉さん達もお互い手を取り合いながらシーラ姉さんの後ろから王太子を睨んでる。 「ああ……貴殿をスタンレール王太子に戻すとスタンレール王に進言する話だったな」 「そうです!私がこんな扱いを受けて良い筈がない!」  こいつ本物のバカだ! 「そんな約束――」  嘘に決まってる!!って僕の叫びが響く前に、 「私は簡単に裏切る輩は信用出来ぬものでな」  嘲笑と共に剣が振り下ろされたのは一瞬の出来事だった。  ――ごとり  と音を立てて首が転がる。  血を噴き出しながらゆらゆらと揺れてた体が倒れ、また音がして。 「キャー――――――ッ!!!!!」  パニックになったお姉さん達の悲鳴。  頭が痛い。  嫌だ。怖い。皆殺されちゃう。怖い……!  ダメだ、僕が怖がったら魔王になっちゃうかもしれない。  でもごろん、と転がったジェラールが媚びた笑みを張り付けたままこっちを見てる。 「うぐ……ッ!」  ハッと気付いたら護衛騎士さんが床に倒されてそこに剣が振り下ろされそうになってた。咄嗟にマリオットが防御魔法で弾いた所為で王太子の興味がマリオットに向いてしまう。 「お前……なかなか美しいな。お前も私と来い」  魔法を使った一瞬のシフトタイムの隙をつかれたマリオットが王太子の腕に捕まってしまった。 「マ、マリオット……」 「良いから……逃げろ!」  2階の隣の建物との間で見えにくくなってる窓だけ開けてある。いざって時にはそこから逃げるようになってたから。だけど……。 「さぁ、お前もこっちに来い!」  ぐ、っと押し付けたナイフがマリオットの首を僅かに傷つけたんだろう。たらり、と流れる血に頭が真っ白になる。  嫌だ。  やめて。  僕の大事な友達を傷つけないで。 「ん、ぐ……ぅ……!」 「ダメ!ウル、落ち着きなさい!」 「やはりな!見ていろ!今に魔王に変異するぞ!!」  あの罪人達が言った通りだ、と笑う声がする。  胸がざわざわして、頭が痛くて。でも必死に抱き締めて宥めようとしてくれるシーラ姉さんの腕が暖かくて。  だけど王太子が騒ぐ声が煩い。  この声は嫌。  消してしまいたい。 「随分と楽しそうですなぁ、王太子殿下」  胸のモヤモヤに意識が引きずられそうになった瞬間、シーラ姉さんの腕の中で聞こえたその声は今ここで唯一王太子っていう権力に抗えるだけの力を持った人の声。  それから―― 「ウル!もう大丈夫だ。大丈夫だからな」  王太子以外の騎士を蹴散らして駆け寄って来た、一番聞きたい人の声。  力強い腕に抱かれて、ああ、助かった、と思った瞬間毎回の如く僕の意識はぶつりと途絶えた。  

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