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第38話 嚙み合わない
人前だとかそんな事関係なく、いつぶりかわからないくらい大声でわんわん泣いてしまって恥ずかしい……。だってオーナーの顔見たら怖かった、って思いやらなんやらが溢れて来て止まんなかったんだ。
バカだと思ってたけど死んでしまえとまでは思ってなかったジェラールの最期。何の躊躇いもなくジェラールを斬った王太子。マリオットの首から流れた血とお姉さん達の悲鳴。目が覚めたら皆いないし、実家だし、僕にとっては恐怖でしかない料理とか出てくるし。そんな色々が急に押し寄せて来て止まらない涙はオーナーの服に吸い込まれていった。
「……ごめん、オーナー。服濡らしちゃった」
ぐす、っと鼻をすすって謝るとオーナーが答える前に背後からふん、って小馬鹿にしたような笑いが聞こえた。
「殿下の事とかパルヴァンの王太子の事は抜いても大袈裟過ぎない?昔下剤盛られた、ってくらいで」
「は?下剤?」
何言ってんだこいつ。
振り向いたら一応貴族らしく優雅に食事を始めてるハガルがまた鼻を鳴らした。おい、一応当主のラーグがまだ手を付けてないのに1人だけ食べるとかマナー違反だぞ!
「下剤で吐血するわけないでしょ!散々人に毒盛っといて!」
「は?毒?」
さっきの僕と同じ反応を今度はハガルが返してくる。嘘偽りない訝し気な顔に僕の方が戸惑って思わずオーナーを見上げた。
「ウルが毒を盛られてたのは事実だ」
「はぁ!?それがボクだって言いたいの!?」
冗談じゃないよ!って怒る姿は嘘を言ってるようには見えないんだけど。ラーグも僕が毒を盛られてたって知らないみたいで驚いた顔のまま絶句してる。
「そっちこそ毎回下剤でわざわざ血糊用意してご苦労な事だと思ってたけど……」
言いながら尻すぼみになっていく言葉はハガルも何かしら違和感を感じたからだろう。そりゃそうだよ。いつ“下剤”を盛られたのかなんて普通わかるわけないから、盛られた時にきちんと吐血出来るわけないでしょ。
すっかり食事の手を止めさせてる事が気になってちらり、と配膳の人達を見てからラーグに視線を移す。その意味に気付いたラーグが
「兄さん、ここで食事はされますか?それとも兄さんの部屋で食べますか?」
って聞いてきたから、どっちも無理!って言おうとしたんだけど。
「そこの方が兄さんの為に食事は作って下さったんです。兄さんは僕達の……公爵家からの食事は絶対食べないだろうから、って」
少しだけ悲しそうな顔に申し訳なくなる。ラーグがやった事じゃないし、今いる料理人さん達の所為でもない。だけどどうしてもこの家で出される食べ物には毒が入ってるんじゃないかって恐怖しかないんだ。
やっとあり付けたご飯が毒入りだった、なんて事2人はないだろう。僕と違って毒味役もいるだろうから理解出来ないだろうけどそれが僕の日常で、誰も守ってくれない日々の中で見つけた解決策は夜中の残飯漁りしかなかったんだから。
話しは後でしましょう、って言われたから後からまたラーグ達が来るんだろうけど……寝かされてた部屋に戻って人がいなくなってからもう一度オーナーに抱き着いた。背中を宥める様に撫でてくれる手が暖かくて本当にオーナーがいる、って思ったら心がぽかぽかしてきて逞しい胸に擦り寄る。
「オーナー、皆は?マリオットは無事?」
「皆無事だから安心しろ。マリオットも今は実家に戻ってる。傷は薄皮が切れたくらいで大したことないそうだ」
良かった。あの王太子、マリオットの事何だか気に入ったっぽかったから殺したりはしないと思うけどあの瞬間一番王太子の近くにいたのはマリオットだったから。
オーナーの手が僕の髪を手の平で掬ってさらりと流す。髪にもあのほんのり薔薇の匂いがする香油をつけられたからふわっと良い匂いがした。
「……僕また魔王になってた?」
「俺が見た時は髪が伸びてただけだったから大丈夫だ」
「急激に髪が伸びる人いないけどね」
へへ、って笑うと、いつもみたいに「無理して笑うな」って背中を撫でられる。どうして頭撫でてくれないんだろうと思って頭を顎に擦り付けたらやんわりと剥がされた。
「せっかく綺麗にセットしてあるのに崩れたらもったいないだろ」
その髪型似合ってる、って軽くキスされていつもみたいにひょわーーーーー!!?って叫んでしまった。
「何かございましたか!」
外に控えてたらしい騎士さんが飛び込んできて抱き合ってる僕達に一瞬気まずげに視線を逸らした後、部屋の中を確認して何事もないようなので……とそそくさ出て行くまでオーナーは僕を抱き締めたままで。
いや!嬉しいけど!嬉しいんだけど!めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!!どうせあれでしょ?あの騎士さん後でラーグに報告するんでしょ?恥ずかし過ぎる!一番恥ずかしいのは報告する騎士さんかも知れないけど。
「とりあえず飯にするか。お前昨日の朝から何も食べてないだろ。食べながら大まかに話してやるから」
そう言って時間停止付きの袋からホカホカのホットサンドと具沢山シチューを出してくる。本当に不思議な袋だよね……。魔塔ってあのハガルの取り巻きのバカしか接点なかったけど、大人のオモチャを開発したりこんな便利な道具の開発したり、本当はすごい所なんだろうな。研究バカしかいないとも言うけど。
「材料はこっちで揃えたが調理中食材に触ったのは俺1人だ。器具も食器も店から持ってきたやつしか使ってないからな」
スタンレールのパンはパルヴァンパンと違って柔らかめ。コッペパンみたいな形のパンの中にレタスとトマト、ベーコンとチーズが挟まってる。とろ、っととろけたチーズが美味しそうで食堂では痛くてぎゅう、ってなった胃が今度は空腹を思い出してきゅう、って鳴った。
「オーナーは?オーナーのもある?」
「あるから安心しろ」
オーナーも僕と同じメニューで量が倍くらい。僕が寝てる間厨房の隅を貸してもらって作ってたんだって。僕は絶対ここの料理は食べないから、って言ったけどラーグはそんな事ない、って言い張ってたらしい。だから僕の本音を聞く為に最初オーナーには姿を隠させてたって。
ラーグ的には僕が洗濯してたのはやっぱり無理矢理させられてると思ってたんだろう。除籍撤回が通っても僕が望まなかったら連れ戻すつもりはなかったのに、せっかく公爵家から解放された僕がまだ苦労してるらしき姿を見て連れ帰る事を決めたそうだ。
だけど僕が頑なにオーナーの所に戻りたがる姿を見たから……もう無理矢理じゃない、ってわかってくれたよね。
何故かオーナーが僕を膝に乗せるからそのままご飯を食べつつ僕が気絶した後の話を聞いた。
「じゃあお姉さん達はおじさんの所にいるんだね」
店の一部は壊れちゃったし修理が必要だろう。おじさんが手配した業者さんが直してくれてて、その間お姉さん達は辺境伯邸で守ってもらってる、って。一応狙いは僕だけどおじさんの息子のロマーノ伯爵が領地内の警備を強化してくれてるから教会の方も大丈夫だろうって言われてホッとする。
それからあの王太子は……。
「王城の塔に幽閉された」
「幽閉?」
確かにやった事は非人道的だけど、平民相手に王太子が暴れて幽閉されたなんて被害者が多すぎた時くらいしか聞いた事がない。
「ジェラールを殺しただろう」
「……うん」
「一応廃嫡は表向きだけだったらしい」
「表向き?廃嫡されてなかったって事?」
「貴族連中が煩いから表向き廃嫡して、本人もそれで危機感を持ってしっかりしてくれるだろうからほとぼりが冷めた頃に戻すつもりでいたんだそうだ」
僕の事は捨て駒みたいに扱ってたのに、身内にはそれか!
でも結局おバカなジェラールはしっかりする所か一番バカな選択肢を選んでしまった。腐らずに頑張ってたら自力で王太子に戻れたかも知れないのに、本当に最期までおバカな奴だったんだな。一応今は表向き廃嫡されてるとは言え王家の人間だ。そのまま共同墓地に入れるわけにもいかないから結局心を入れ替えられないまま、体だけは王家の人間として王族の墓に埋葬されたらしい。
「だからアザリーシャ王太子は隣国の王族を手にかけ、公爵家の籍を持ったお前にも不敬を働いたって理由で幽閉された」
2国間の和平に関わる事だから国の間でやり取りされてるみたいで、その間幽閉されるんだって。でも本人は僕という魔王を放置して自分を幽閉するなんて愚かな事を、って叫び続けてるらしくて塔から抜け出してまた僕の前に現れかねない勢いだからとりあえず僕はスタンレールにいた方が安全かも、って事でこっちに戻したんだそうだ。
その間におじさんや王子達も頑張って王太子の身分を剥奪してもう二度と塔から出られないように、って王様に訴えてくれてるって。王族の裁判は貴族院と教会と魔塔の偉い人達が集まってやるからまだどうなるかわからないけど隣国の王太子殺しは重罪にあたるだろうからそこを突いてごり押しする、っておじさんが言ってたらしい。
「勝手に決めて悪かったな。本当は公爵家に戻りたくなかっただろ」
「うん……。でもオーナーがいるなら頑張れる」
オーナーは僕の護衛、っていう建前でここにいてくれるみたいだから。オーナーがいるならどこにいても頑張れるよ!
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