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第42話 魔王
どう考えたって魔王な王太子を引き付けて途中転移を使いながら逃げる。流石に精鋭でも魔物の群れに追われた状態で無傷ではいられない。
何人もが倒れ、倒れた騎士から馬を借りて駆ける。倒れた騎士に治療を施してる暇はないけど、スタンレール国内から引き離せばラーグ達が後を追って怪我人の回収をしてくれるはずだ。
とにかく今の僕達に出来るのは魔王もどきを王都から引き離すこと。王子が魔道速達を出して兄王子に手紙を送ってくれたからパルヴァンからの応援も動き始めてるはずだ。
そうやってどのくらい移動しただろう。もうとっくに貴族然とした服も靴もドロドロでオーナーが褒めてくれた髪だって乱れてる。
この先は雪山だから流石に今の僕達の装備では進めない。だから自然と足が止まってしまった。
「観念したカ……魔王ゥゥ……」
ぐわんぐわんと響き渡る声に合わせて魔物達が騒ぐ。もう前線に当たる位置にいた騎士達とは戦いになってるけど多勢に無勢だ。早くしないとこっちがやられてしまう。
「王子!王太子殿下を――」
魔王に効果があるのは光魔法だけ。今ここでそれが使えるのは王子しかいない。倒さなくても動きを封じて魔物達を操れなくするだけで良いんだ。そうしたら山に追いたてるなりなんなり出来るから。
「ごめん、頑張ってるんだけど……」
王子1人の力じゃ跳ね返されてしまうみたいだ。
こんな時未来の勇者と聖騎士はどこで何してるんだよ!って言ってもまだ光魔法に目覚めてないけど!
「手伝う!」
「ハガル!?」
そうだ。もう1人光魔法使える人いたじゃん!いつ来た?って思わなくもないけど、とにかく今はあの魔王もどきを大人しくさせないと!
王太子が元々魔法が得意だったかとかは知らない。けどさっきから放ってくる魔法は強力で、王子の護衛騎士さん達が数人がかりで受け止めてもそこら中にどっかんどっかんと穴が開いていく。そこにいた魔物も巻き込まれてるけど当然王太子はおかまいなしだ。
王子とハガルが光の鎖を魔術で練って王太子に巻き付けようとするんだけどそれもすぐ引きちぎられてしまう。
「魔物が邪魔で集中出来ない!」
王子が叫んで飛びかかってこようとした魔物を光の槍で貫いた。さっきからそうやって光の鎖を練りながら魔物も相手してるからそりゃ集中も出来ないだろう。
ハガルは流石に練りながら攻撃なんて器用な真似は出来なくて、ハガルについてきた護衛が魔物を倒すたび集中が乱れて最初から練り直しになってる。
「俺達は周りの魔物を片付けてくる!お前は動くな!」
王子とハガルが集中出来るように陣を組んで襲ってくる魔物を次々と倒していくオーナー。
マリオットも時折魔法を放ちながら騎士の後ろから指示を出してて、王子の護衛達も頑張ってくれてる。
だから僕もオーナーが不安にならない位置から治癒魔法を使って怪我人の治癒に専念して……そうこうしてる内に大規模な魔法の気配がして振り返った。
王太子の攻撃じゃないそれは……。
「戦況はどうなってる!」
「おじさん!」
辺境伯騎士団と王城騎士団の旗。数としてはそんなに人数は多くないと思うけど。それでもさっきまでの悲壮感は薄れた。けど緊迫感は薄れない。だって王太子、全然魔力切れる気配もなくガンガンに攻めてくるんだもん!
合間に僕に向けて「魔王が!」「正体を現せ!」とか叫んでるけど、黒いモヤモヤから蝙蝠みたいな羽まで生えてきて完全に王太子の方が魔王にしか見えないんですけど!
「兄上を……魔王を打ち落とせ!」
兄王子の声が聞こえてワーッと鬨の声。
殺すのかと思ったけど、あくまで生け捕りの方向みたい。あの姿になった理由もわからないし、結局あの日記を誰から受け取ったのかも訊いてないし。まあ訊かなくてもクソ親父でほぼ確定だろうけど。
王太子に向かって放たれる魔法を帯びた矢が羽の一振りで跳ね返されて四方に飛び散る。上空に構えた盾で受け止めるけど間に合わなくて怪我しちゃった人は僕とか騎士団の治癒師達で治癒して回って、戦える人達は魔物とか王太子を攻撃して。
元はここにも村があったんだろう。いつの間にかボロボロの崩れかけた家や教会のある廃村にまで押し込まれてた。
でも逆に魔物達も直線で攻撃が出来なくなって多少被害が減ったけど時間の問題だと思う。だって本当にもう家とかボロボロだから何回か体当たりしたら壊れちゃうし。
だからその間に家の影で数人まとめて怪我を治して、場所を変えてまた他の数人をまとめて治して、って繰り返して。
「チビちゃん!」
呼ばれる声と共に頭上を通った炎にびっくりして振り向くとそこにはギフトがいた。
そっか、兄王子が来てるって事はギフトも来てるか。
「何でこんなとこいるの!オッサンは何してんの!?」
仲良くなってから若干過保護気味なギフトに問われてそういえばオーナーどこ行った?って回りをキョロキョロ。
ちょっと離れた所で元気に暴れてる。怪我もしてなさそうだしオーナーは元気だ。
「あの王太子、僕が魔王だって言い張ってるから僕についてくると思って」
現に自分が魔王みたいになりながら魔王だ魔王だって僕を詰りながらついてきたしね。
おかげでスタンレールは滅びなかったみたいだしそこは良かったと思うんだ。
そんな話をしてる側からまた襲ってきた魔物を今度は剣で切り裂いたギフトが一瞬頭を抱えて、
「ああー!もう!とにかくもっと下がって!!」
なんて言いながら僕を割りと安全そうな教会前に連れてきてくれた。
「怪我人もここに運ぶから、ここで治療して!わかった!?」
「はーい」
戦える騎士さんと治癒をする騎士さん達が教会に集まってきて僕はひたすら治癒に専念する。僕に出来る事ってこれしかないからね。
タライを落とす程度の事は出来るけど、そんなんじゃ魔物は倒せないし。
「残った椅子でバリケードつくりましょう!」
教会の崩れた部分から入り込もうとする魔物を外の騎士さん達が倒してくれてるけど、阻むものがなかったら入ってくるのは時間の問題だ。少しでも魔物を食い止めて怪我人治療に専念出来るように治療の合間を塗って手が空いてる人達が椅子を運んで穴を塞ぐ。
外ではもう魔王でしょ、って姿の王太子がぎゃあぎゃあ騒いでていつの間にか来てたティールが氷の槍を魔王にぶち当てた。
っていうかティールの魔法初めて見た!流石は勇者。魔力もハンパない。
なんて思ってる間に王子とハガルの練った光の鎖が魔王の体に絡み付いて――
「ギャァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
衝撃波並みの悲鳴で残ってた建物がぶっとんでいく。辛うじて耐えた教会も窓の木枠とかは全部ぶっとんでしまった。
魔王は?って見たら地面に落っこちてうごうご蠢いてるだけの人間の姿に戻ってる。
その間に兄王子が魔力封じの手枷をつけてそれでもしばらく光の鎖でぐるぐる巻きにしてたんだけど……その内うごうごが止まって全く動かなくなってしまった。
まさか……し……死……?
「死んでないよ」
僕の表情で考えを察したのか苦笑いの王子が慎重に光の鎖を外した。ハガルの鎖は魔力切れでとっくに外れてたけど。
王太子は低く呻いてるけど魔力封じのおかげかさっきみたいなモヤの塊じゃなくちゃんと人間の形に戻ってた。
良かった良かった、みたいな空気の中なんだか胸がモヤモヤする。
場所はここじゃない。メンバーも違う。でも……こういう場面をどこかで……どこかって絶対小説の内容しかないんだけど、知ってる気がする。
一旦魔王 を退けて、良かった良かった、って……そう、ウルが逃げ込んだパルヴァンでもこうやって魔物が暴れて、それでオーナーが教会を守ってて、王都が落とされて王子はオーナーを頼って来てて……。
(ああ、そうだ……)
気付いたのと同時に僕の足は地面を蹴ってた。
王子の儚げ未亡人感は王都が落ちて家族がみんな死んでしまったからだった。僕が兄王子を知らないのもそのせい。みんなを失った王子は昔の剣の師匠を頼ってオーナーの所にやって来るんだ。
でもそこにも魔物は溢れてて、オーナーと一緒にギフトを含む生き残った騎士団とティールとパルヴァンを頼ってきたハガルと魔王 を追い払って残った魔物を何とか掃討するんだ。
それで、それでその時に――
「オーナー!!!!」
オーナーは魔物から最期の一撃を受けて、死んでしまう。
どうしてそんな大事な事もっと早く思い出さなかったんだろう、っていう後悔と共にドス、っと胸を触手が貫いた。
一瞬痛い、って思って次の瞬間には熱い、いや寒い?ってなって。
怒ったティールとギフトが光魔法に目覚めるのが霞んだ視界の向こうに見えた。
そうだった、そうだった。あの2人はオーナーの死に対する怒りで光魔法に目覚めるんだったな、ってどこか呑気に考える。
「ウル!!!!」
ああ、良かった。オーナーは無事だ。もう目が見えないけど、体を支えてくれてるこのムキムキの腕は間違いなくオーナーの腕だもん。
「下手に触るな!ハガル!治癒は!?」
「もう……魔力ないよ……!」
マリオットの声もする。怪我してないかな。マリオットは小説にも出てこないキャラだから元気そうな声に安心する。
ハガルは何だかんだ主人公だから死ぬわけないしね。
ようやく光の勇者と聖騎士になった2人の声、本来この時期には死んでる兄王子の声、遠退いていく声の中
「退いて!」
あれ、って思う声が聞こえて、オーナーの悲痛な声が僕の名前を呼んでぶつり、と全部の感覚が消えた。
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