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―虚無の嵐―

世の中は今、全体的にマヒしている。事件や自殺も今じゃ、日常茶飯事だ。誰も気にもとめない。朝や夕方や夜のニュースで流れる報道に誰が本気で耳を傾けるのか? ニュースが終われば、次のニュースが再び入って淡々と報道されている。その繰り返しだ。前の報道の事なんか重大じゃなきゃ直ぐに忘れる。名前や顔だって直ぐに思い出せない。 その『チープ』さが、人間の何かを見失いさせるんだ。 ……俺も死んだらあの会社員のように、たった二分間の報道で自殺と片付けられるのか。 下手したら名前だけが新聞の隅に載って。ましてや俺の事なんて、クラスの連中は誰一人も覚えていないんだろうな。 青信号が赤に点滅する中、俺はその事をぼんやりと考えながら佇んでいた。わき目に目を反らすと誰かがたむけた花束がひっそりと置かれていた。花は一昨日からあった。しかし、その花もすでに元気がなく枯れていた。 ここの交差点で事故があった事なんて忘れているかのように、 街の人は花に目を向けることもなく足早に通り過ぎて行った。 もしあの時、俺が死んでいたら今頃こうだったのか。不意にその事を思った。心無しか乾いた気持ちで花束の前に立った――。 「こんなものか……」  俺はやりきれない気持ちで一杯になると、そこから離れて交差点を歩いた。暫く歩いてある所に寄ると、再び事故があった所に戻った。冷たい風に吹かれて枯れかけている花は風に揺れていた。俺は黙ってその前に座ると、そっと新しい花束をたむけて黙って線香に火を灯した。  別に知り合いでも何でもない。  ただあの日、誰かが死んだ事は誰かがあの日の事を覚えてあげないといけない気がした。  名前も顔も思い出せなくてもいい。  ただ覚えてるだけでいい。  それだけで人はまだ心が救われる気がした――。

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