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秘密の関係 10
「蓮君、随分ご機嫌なんだね。シャワー室で何かいいことあった?」
念のためにと準備していた着替えに袖を通し、すっかり濡れてしまった服をカバンに突っ込んで稽古場にしているスタジオに戻ると、練習中だった雪之丞に開口一番そう言われた。
「あー……うん。凄く可愛いネコがいてね」
「猫? スタジオ内に猫が居るなんて……誰かのペットかなぁ?」
「違うんじゃないかな? 首輪してなかったし」
不思議そうに小首を傾げる雪之丞に曖昧に笑いながら蓮はシレっと嘘を吐く。
「野良か。俺も触りたかったなー」
「……もうすぐ会えるよ。嫌でも」
ぼそりと呟いた言葉は雪之丞には届いていないらしい。
「何か言った?」
と、尋ねられ慌てて首を振る。
「なんでもないよ。それより、この後の予定は――」
出来ればもうさっさと帰ってしまいたい。これが終わったらあの子と……めくるめく妄想に思いを馳せていると、凛が二人を呼び寄せる声が聞こえて来る。
「え、ボクも?」
「そうだ。早く来い」
一体なんだというのだろう? 後半は雪之丞と手合わせしろとか言うつもりだろうか?
二人は顔を見合わせ、仕方なく彼の下へと足を向けた。
「蓮、そして棗には今から海まで行って、殺陣をやってもらう」
「「……はい!?」」
「―――ち、ちょっと待って兄さん! もう一回言って貰える!?」
「だから、今からお前ら二人には海に行ってもらうと言ったんだ」
突拍子もない事を言われ、思わず聞き返すと、目の前の男は至極真面目な顔をしてもう一度同じ台詞を繰り返した。
「いやいや、意味わかんないんだけど。どうして急に海になんか……っ。それに今からなんて……雪之丞と手合わせするなら別にここでもいいんじゃ……」
「午前中と同じことをしたって意味が無いからな。次はスーツを実際に着用してより実践的な動きを思い出してもらう。その為の移動だ。もちろん私も同行する」
淡々と説明をする凛に困惑の表情を隠せない。
せっかく終わったらあの子と甘いひと時を過ごせると思っていたのに……。
しかし、凛は有無を言わさないといった態度で早く支度しろと促してくるばかりだ。
「行くならもっと早く言ってよ……」
「ハハッ、凛さんの無茶ぶりは日常茶飯事だよ」
「……嘘……」
知らなかった。自分の兄は普段からこんなに強引なのか。蓮は項垂れながら深い溜め息を吐き出した。
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