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気付いてよ 3
「飲み物は何にする? 二人とも可愛いから1杯サービスしちゃう」
「えっ? いいの? ラッキー。じゃぁ俺はカルアミルクにしよっかな。ゆきりんは?」
「えっ、ボ、ボク? ボクは……ジントニックを」
メニューを見ることなく雪之丞が選んだカクテルの名を聞いて、ナオミの眉がピクリと動いた。
「ゆきりんってば、可愛い顔して最初にジントニックを選ぶなんていい度胸してるわね。いいわ、とびっきり美味しいヤツ作ってあげる」
ふふんっと鼻を鳴らした彼女に、ナギは眉を顰めた。何か急にナオミのやる気に火が付いた気がする。
「ゆきりん、なんでジントニックなんて頼んだの? ナオミさんの顔色が変わったんだけど」
「え? そりゃそうだよ。ジントニックが美味しいお店は、全部の酒が美味いって言う位、基本中の基本のお酒なんだ」
そう言って雪之丞は得意げに微笑む。確かに、ジントニックはアルコール初心者にも飲みやすいと言われているが、それでもお酒をあまり飲まない人間にはハードルが高いはずだ。
「……もしかして、お酒強いの?」
「あー、まぁ……そこそこ」
「じゃぁ、この間飲んだ時のアレって演技とか言わないよね?」
もしもアレが演技だとしたら、目の前にいる男は相当な食わせ者だ。
そんな事を思いながら尋ねると、雪之丞はキョトンと首を傾げた。
「あー、あれは……ちょっと色んなのちゃんぽんし過ぎちゃって悪酔いしちゃったんだ。年甲斐もなく、みっともないヤキモチ妬いちゃっただけ」
そう言って気恥ずかしそうに笑う彼は、とても嘘を吐いているようには見えない。
「お待たせ―。ソルティドッグとカルアミルクよ」
コトリと置かれた二つのグラスとナオミを見比べ、それを受け取ると雪之丞はゴクリと喉を鳴らすとゆっくりと口を付けた。
「あ、美味しい……。甘くてさっぱりしていて……飲みやすい、ですね」
雪之丞は目を丸くさせて驚いた表情を浮かべると、そのまま一気に半分ほど飲み干す。その様子を見て、ナオミがホッと息を吐いたのがわかった。
此処の酒は大抵ハズレがない。酒だけじゃなく出てくるものは何でも美味しい。
ちょっとばかりクセ強めのマスターではあるが、常連客も多いし、何より料理が美味いのだ。
あっという間に飲み干して二杯目を注文しだした雪之丞に、ナギは内心焦る。
「ちょっと! ペース速くない!?」
「え? そう? この位普通でしょ」
「あら、もしかして顔に似合わず|蟒蛇《うわばみ》かしら? いい飲みっぷりじゃない」
クスクスと笑いながらナオミが空いたグラスを下げて、新しいものをカウンターに置く。
雪之丞はそれを嬉しそうに受け取ると、またすぐにグイッと煽った。
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