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第4話
「…………おい、なんだあれは。」
映画館の入っている施設の上階にあるレストラン。平日とはいえ昼時で混みあっている中、何とか空きの出た四人がけの座席にヴァイオリンケースを置いた途端。オーシャンブルーの瞳がサングラス越しに僕をぎ、と見つめテーブル越しに詰め寄られる。
「え、えっと…」
「……日本のアニメーションはクオリティが高いとは聞いていたが、あの作品はもはや芸術だろう!」
「え、えーっと、そ、そう、ですね。」
サングラス越しのはずなのに、興奮にキラキラと輝くオーシャンブルーが僕にははっきり見えていた。
熱を帯びた英語を捲し立てるグリーンフィールドさんに先程からチラチラと視線が向けられているけど、やっぱり彼の目には入っていないようだ。
「あんなに細かく描写出来るものなのか!?あの姉妹が喧嘩するシーンなどドラマよりもリアルだったぞ。」
「あのシーンは僕も好きです。だからこそラストに手を取り合うところでほろりとしちゃうんですよね。」
「そう!それだ!複雑な感情を見事に表現していた!」
音楽を、聴いてもらえたらと。子供向けのアニメーションなんて下らないと一蹴されたらどうしようかと思っていたのだけれど、どうやら映画自体を大変にお気に召したらしい。
はじめは座席にもたれて不機嫌そうにふんぞり返っていた身体が次第に前のめりになり、最後にはズビズビと鼻を鳴らしていたのは知っていた。主人公姉妹が異世界に迷い込んだ先で危険な目にあおうものならoh、と目を伏せ、乗り越えたならyes、と拳を握りしめ。
周りの子供たちに負けず劣らず映画にのめり込む姿に案外可愛いところもあるんだなと僕は横目で見ながらホッコリさせてもらっていた。……まぁ、反応が恐ろしすぎて本人にはつっこめなかったですけども。
上映が終わって客席が明るくなっても呆然としていたグリーンフィールドさんを外に連れ出し、とりあえず持っていたポケットティッシュをお渡しして、お土産にと日本語ではあるけれど映画のパンフレットを購入して差し上げて。そうしてこのレストランまで引っ張って来たところで彼の感情が爆発したらしい。
「そもそもあのキトリという少年は何なんだ!何かの象徴のようにも感じたが、なぜ詳しい描写がない!?あれでは気になって仕方ないだろうが!」
「あー、それにつきましては新作である程度…」
「シー!貴様次作の内容を知っているのか!?」
「あのっ、まだ詳しい事は口外できな、ちょ、ぐるし、」
シャツごとネクタイを捕まれブンブン揺すられれば、映画じゃないけど異世界への入口が見えそうだった。
「くるし、ちょ、人が、見てますからっ、」
「あ、あの……お客様?」
「あ?……あ。」
料理を運んできた店員さんのおかげでやっと我に帰ったのか慌てて手を離され、僕は勢いよく椅子へと逆戻りする。
ぜぇぜぇと息を整えながらグリーンフィールドさんの方を見れば、彼はようやく自分が何をしていたのか理解できたようで、バツの悪そうな顔をした後ふいと顔をそらし、わざとらしく咳払いした。
「いや、その、……悪かったな。」
「いえ、喜んでもらえたみたいでよかったです。……ふふっ。」
「む。」
この人は良くも悪くも純粋な人なんだろうなということがこの数時間でわかってしまった。
運ばれてきたハンバーグに気まずそうにナイフを突き立てるその姿は年相応の二十歳の若者だ。
「映画、英語版も発売されてたはずですから、後日DVDをお送りしますね。」
「……サントラも一緒にな。」
そっぽを向きながら、けれどはっきりと呟かれた言葉を、僕は一瞬理解出来ずに固まってしまった。
あーくそ、とグリーンフィールドさんの長く綺麗な指が自らのプラチナブロンドをかき乱す。
「…………あれは、音楽あってこその芸術作品だった。」
むすっとへの字に口を曲げ、嫌そうに漏れ出た小さな声。
チラリとこちらの反応を伺うその仕草が先程までの尊大な態度とあまりにギャップがありすぎて、思わず声に出して笑ってしまった。
「ふふ、ありがとうございます。」
「…………ふん。」
うん。
オリヴァー・グリーンフィールド。彼は純粋で真っ直ぐで、ちょっとどころじゃなく素直じゃない可愛い人。
「sikiのCDと映画のDVD、必ずグリーンフィールドさんの事務所にお送りしますね。」
「……オリヴァーでいい。」
「え、…あ、……はい。」
わずかな時間だったけど、常に不機嫌そうなこの態度の本当の意味を理解できるようになったくらいには、彼との距離が近づいたんじゃないだろうか。
「では、オリヴァー。この後もう少し時間ありますがどこか行きたい所ややりたい事はありますか?」
呼ぶ事を許されたファーストネームを口にすれば、への字に曲がっていた口元がほんの少しだけ綻んだ。
かけていたサングラスを少しだけずらし、オーシャンブルーが僕を覗き込む。
「なぁ、シー。この店に入った時から気になっていたんだが……これを頼め。」
瞳をキラキラと輝かせながらオリヴァーが差し出してきたのは、このレストランのメニュー表。長く綺麗な指が、デザートのページの一際大きな写真を指さしている。『超超超特大!、スペシャルバケツパフェ』の文字に、僕は目を丸くした。
この人もしかしなくとも、
「え、いやこれはさすがに……」
「あ?オレの希望が聞けないのか?」
「いや、限度があるでしょ!?これどう見てもチャレンジメニューじゃないですか!」
声を荒らげる僕に、オリヴァーの顔色がわかりやすく不機嫌に曇っていく。
「なんだ、どうせ会社の金だろう?」
「そういう問題じゃありません!」
……彼のマネージャーは大変だろうな。
あと半日もこの人と一緒だと思ったら、僕は不機嫌にへの字に曲げられた口元めがけて、無意識のうちに盛大にため息を吐き出していた。
オリヴァー・グリーンフィールド。
世界に名を知らしめるヴァイオリ二スト。純粋で真っ直ぐで、ちょっとどころじゃなく素直じゃない……超がつく甘党の、案外子供な困った人。
「じゃあ、さっきの映画をもう一回…」
「そんな時間ありません!」
あと多分アニメオタクだ、この人。
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