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第1話 開発部
隣の会議室で会議が終わったのか、バタバタと人が戻ってくる。
会議をしていたのは木原和泉 率いる第一チームで、静かだった開発部がにわかに活気づく。
木原はヤザワ・クリエイターズという中規模のゲーム開発会社に勤務している。
開発部はクライアント別に大きく三つのチームに分かれていて、木原は第一チームでチーフと呼ばれるディレクターである。
理系の大学院を卒業してこの会社にプログラマーとして入社した木原であったが、才能を認められて二年程前にチーフに抜擢された。
緻密で数字のバランス感覚に優れた木原に任された仕事は戦国時代を舞台としたシミュレーションゲームで、かなり評価の高いゲームとなった。現在もその第二弾を製作中である。
木原のチームの隣りには第二チームのシマがある。
第二チームのチーフである滝沢圭吾 は木原がチーフになったのと同時期の二年程前にスカウトでこの会社に入ってきて、いきなりチーフになった。
大手ゲーム会社でプロデューサーとして名前を売った滝沢は、ゲーム業界ではちょっとした有名人で、現場叩き上げの木原とは違いマスコミにも顔を知られた存在である。
たまたま滝沢が大手ゲーム会社を辞めてフリーになったところをヤザワが破格の条件で引き抜いたのだ。
ヤザワは滝沢のネームバリューを欲していた。
長身で甘いマスクの滝沢にはファンも多く、宣伝効果も抜群なのだ。派手な滝沢のプロモーションは木原とは対照的である。
滝沢が得意としているのはバイオレンスもののアクションゲームなのだが、前の会社で有名な作品を作った時には雑誌の誌面などにも派手に顔を出していた。
そして昨年からヤザワで滝沢が開発を進めてきたアクションゲーム第一弾が完成間近というところまできている。
ひとつのプロジェクトが終わるたびにチームは解散して新たなチームを編成する。
しかし木原と滝沢が同じチームになることはない。
開発部には現在木原と滝沢、そして三好という三人のチーフがいるが、チームは常にこの三人をトップに編成されるからだ。
三好という一人だけ年配のチーフは、元々教育関連の出身という変わりダネで、扱えるジャンルはクイズや学習モノに限られている。
そのため、エンターテイメント性の高いゲームを作り出している木原と滝沢がライバルだというように周囲からは見られていた。
名前の売れている滝沢を尊敬している社員も多かったが、引きぬきで突然やってきた滝沢よりも古株の木原を信頼している社員も多い。
二人は開発内での人気を二分していた。
実のところ、木原は滝沢にライバル意識などない。
自分にない才能を持った滝沢に、他の社員同様憧れている面があった。
しかしお互いにリーダーであるという立場上、この二年間個人的に滝沢と親しくできる場面はなかった。
木原は元々人づき合いがあまり得意でないし、性格的に明るくて奔放なタイプの滝沢とは正反対の性格なため近寄りがたかったのである。
開発部での飲み会などがあっても積極的に滝沢とは親しくしようとしなかったので、いつの間にか周囲からはライバルだと誤解されてしまっていた。
開発部の部屋の壁には販促物として作った大きな鏡がある。
以前に作った『鏡の世界』というゲームの宣伝用に作られたものだ。
最初は目立つところに飾られていたその大きな鏡は、今ではもう壁の片隅に追いやられている。
木原は一段落した仕事の手を止めて、その鏡の方をぼんやりと見ていた。
いつからだろう……
鏡がその位置に動かされた時に、偶然滝沢の席が映るようになったのだ。そして気がつくと鏡越しに滝沢の姿を目で追うようになっていた。
木原のシマの真横にある第二チームの先頭に滝沢の席はある。
少し離れてはいるが、木原の席からは真横の位置だ。横を向けば嫌でもお互いの顔が目にはいる。
しかし木原は滝沢の顔をじかに見ることはなかった。
まともに見つめ合えば、自分の気持ちがバレてしまうのではないかと、常に木原は緊張していた。
鏡越しなら誰にも自分の想いを知られることはないだろう。
けして滝沢の方を向くことなく密かに眺めることしかできない、木原の片思いだった。
そしてその片思いを自覚してからすでに二年が立とうとしている。
木原は自分の想いを滝沢に告げるつもりはなかった。
自分がゲイであることは社内では絶対に知られたくない。社内恋愛などもっての他だ。
ただ眺めているだけでも満足していた。
片思いには慣れている。
好きになった相手がたまたまゲイであったなどという幸運はめったにないのだ。
恋人を見つけたければ最初からゲイが集まる場所へ行くのが正しい。
でなければ自分が辛い想いをする、ということは経験済みだった。
大学時代に親友を好きになって長い間辛い恋をしていたせいで、木原は恋愛に対しては臆病だった。
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