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第14話

「今日、この後特に予定がないのであれば、五十鈴(いすず)に診てもらってはどうですか」 「五十鈴先生に…?」  お互いオムライスを食べ終えたタイミングで、晴十郎はそんな提案をした。  「五十鈴」というのは、この家の近所にある『五十鈴レディースクリニック』の院長で、冬耶が元は男性だったことを知っている数少ない知り合いの一人だ。  晴十郎が、突然女性の身体になってしまった冬耶が困ることがないように、自分には女性のことはわからないからと、紹介してくれたのだった。  彼女は、自分の身に起こったことを受け入れきれていない冬耶を、時に励まし、時に諭し、これから生きていく上で必要なことを教えてくれた、もう一人の恩人である。 「それほど具合の悪くなることが日に二度もあったというのは、少し心配です。まずは己の状態について知ることは大切ですよ」  晴十郎と接している時と同じように、五十鈴に会うと元気が出る。  冬耶は、素直に頷いた。  出掛けるという晴十郎に代わって食器を片付け、軽く身支度を整えると五十鈴のクリニックへ向かった。  今は昼の休診時間だが、晴十郎が連絡をしてくれたとのことなので、休診を示すブラインドの下りたドアを開け、そのまま中へと入らせてもらう。  冬耶の体は完全に女性なので、普通の患者として婦人科を受診しても特に問題はないのだが、相談の内容を看護師などに聞かれては困るため、時間外に診てもらうことが多かった。  受付の奥に向かって「平坂です」と声をかけると、「入っておいで」と返答がある。  冬耶は、声の聞こえた診察室へと入った。 「ああ冬耶、来たか。今日も中々冴えない顔をしてるね」  顔を見るなりの一言に、はあ…、と曖昧な笑いを返す。  キャスターのついた椅子に座り、覇気と好奇心に満ちた笑みでこちらを見上げている彼女が、五十鈴レディースクリニックの院長であり、冬耶の恩人の一人でもある、五十鈴歌子(うたこ)である。  立ち上がると見上げるほど背が高く、髪は長く、目も口も鼻も手足も大きい。  強靭そうな出立ちは、医者というよりも、格闘家のような印象を受ける。  その雰囲気や言葉には包容力があり、思わず豪傑という言葉が浮かんでしまう女性である。 「時間外にすみません」 「そんなに殊勝な気持ちの患者ばかりだと助かるんだけどね」  オーバーな動作で肩をすくめる。  五十鈴は婦人科の医師でもあるが、鍼灸、柔道整復師の資格も持っているという、医の道を極めている人で、誰にでも分け隔てなく治療をするので、夜の街で働く人たちの強い味方だ。  時間外の駆け込みの患者も多いのだろう。 「それで?中々に大変だったみたいじゃないか。今は具合は?」 「今は、何でもないです」  冬耶は、晴十郎にしたものと同じ説明をした。  経緯を聞き終えた五十鈴は、カルテに何かを書き込みながら、興味深そうに唸った。 「状況的に見て、トリガーになっている可能性は高いね」 「そう思いますか」 「ただの消去法だけどね。…で、その男とは今後も関係を続けたいのかい?」  体のこととは関係ない質問に、思わずむせる。 「ぅ、その、続けるわけにはいかなくて、困っています…」 「続けるわけにはいかない?」 「いつ男に戻るかわからないこの体じゃ…」 「世の中にはいろんな人間がいるってことで」 「多様化にもほどが」 「そう?楽しきゃいいと思うけどね」  あっはっはと楽しそうに笑っている。  五十鈴のような人ばかりなら、世界は平和になりそうだ。  触診などの結果、問題なさそうだということだった。 「疲労が溜まってるみたいだから、よく寝て、よく食べて、よくあったまりな」 「ありがとうございました」 「今度は彼氏と一緒においで」 「そ、それはちょっと……」

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