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第15話
適当に寛いでてくれ、と通された部屋は十畳ほどのリビングで、テレビの前に適度に使い込まれた革のソファが置いてあり、恐らく部下などが掃除をしているのだろう、生活感を失わない程度に綺麗に片付いていて、居心地の良さそうな空間だった。
奥のドアは寝室に続くものだろうか?冬耶からすれば一人で暮らすには少し広すぎるが、ヤクザの『アニキ』の部屋というと、芸能人の住むような天井の高いだだっ広い高級マンション、というイメージがあったので、それを思えばこじんまりとしている。
もっとも、そのようなセキュリティにとても優れている物件だったら、早朝に一人でこっそり抜け出すことなどできなかったかもしれないけれど。
「ビールでもいいか?」
「あ、飲み物、キッチン触ってよければ、やりましょうか?」
「いい、座ってろ」
「はい……」
断られて、ソファから浮かせかけた腰を再度おろした。
所在なく部屋の主を待ちながら、冬耶は「一体どうしてこんなことになってしまったのか」と苦悩する。
今冬耶がいるのは、先日絶望的な気分で逃げ出した御薙の部屋だ。
またここに来てしまうなんて…。
朝は晴十郎、昼は五十鈴。二人の恩人に元気をもらい、八方塞がりな現状ではあるが、うまくかわしながら時間を稼いで、ほとぼりが冷めるのを待つのもいいのではないか、というちょっとした希望が見えたところだった。
時間を置けば、御薙の気持ちだって冷める可能性はある。
酔っぱらっていた自分が、軽率に連絡先を交換していなくてよかった。
とにかく、物理的な距離を置こう。
そう自分を励ましながら出勤すると、待ち構えていた様子の店長に「顔貸せ」と奥の部屋に連行された。
……嫌な予感しかしない。
そしてその予感は的中した。
「『真冬』、お前には、今日は出張キャストをしてもらう」
「出張キャスト?うちそんなサービスしてましたっけ?」
「してねえよ。けど御薙さんが、今日は自宅で会いたいって連絡してきたから、こちらとしてもデリバリーするしかないんだよ」
「…はい?」
「同伴でアフター、と思えばそんなに特殊なことでもないだろ。頼んだぞ」
「ま、待ってください!店長も見たでしょう?私が…、俺が、男になってるところ…!どういう条件で変化するのかもまだわからないのに、御薙さんの自宅なんてそんな、逃げ場のないところで…」
慌てて無理だと訴えると、国広は「まあそうだな」と頷いた。
同意を得られて、少しほっとする。
「そこは安心しろ、俺には秘策がある」
「え…秘策?」
まさか、国広には、性別が変化するメカニズムがわかったとでもいうのだろうか?
驚いていると、彼は自分の懐から何かを取り出した。
「これを使え」
渡されたのは、1センチほどの厚みの、タバコの箱より小さい紙箱である。
一瞬なんだかわからなかったが、表面に「コンドーム」と書いてあるのが見えて、一瞬気が遠くなった。
「あの…、これを何か…特殊な使い方をすることで男に戻らなくなるとかそういう…?」
「何だよゴムの特殊な使い方って。別に普通に避妊具として使え。試供品で貰ったものだから、金はいらねえぞ」
「いや、コンドームの適切な使用は、とても大切なことだとは思いますけど!でもあの、避妊とか感染症予防とかそういうことではなくて」
「まあとりあえずお守り的に持っとけ。渡しといて何だが御薙さんのあの雰囲気だと、「今日はちょっと体調悪くて……」とか仮病使えば無理に迫ってくるようなことはねえだろーし、服脱がなきゃ何とか誤魔化せんだろ?上手くやれ」
冬耶に拒否権などないのだった。
国広は一体何を考えているのだろう。
いや、彼が銭の花を咲かせることしか考えていないのは冬耶にもわかっている。
恐らく御薙は、『真冬』の借金が早くなくなるようにと今日も指名を入れてくれて、国広はそんな彼の誠実さにつけこんで、出張費などを得たに違いない。
そもそも、『真冬』が実は『冬耶』だとバレたら、金どころではない気がするのだが、不安に思わないのだろうか。
もっとも、もう来てしまったのだから、泣き言を言っても仕方がない。
国広の言う通り、服を脱ぐような展開を上手く避け、やり過ごすしかないだろう。
なんとかかんとか決意を固めていると、瓶ビールとグラスをもった御薙がリビングへと戻ってきた。
ソファの前にあるローテーブルに置くと、冬耶の隣に座る。
「……悪かったな、突然呼びだしたりして」
「いえ、そんな……、あっ、やりますよ」
後ろめたいことが多すぎて、せめてビールを注ぐくらいはやらせてもらおうと、瓶を手に取るため腕を伸ばした。
その時、何かが落ちる微かな音がした。
「ん、なんか落とし……、」
御薙が拾ったものを見て、動きを止める。
「え?……あっ!」
少し遅れて彼が硬直した理由を知り、冬耶もまた硬直する。
落し物は、……国広の託した『秘策』だった。
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