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第37話
お互いのために会わないようにしなくては、と思っていたのに、会ってしまえば、途端に慕わしい気持ちが溢れてきてしまう。
厚意とはいえ、自分のために来てくれたのだと思えば、猶更。
だが、今はそんなことを考えている場合ではないのだ。
しがみつきたいほど楽しいことの多い人生ではないが、流石にこんな死に方はしたくない。
ましてや、御薙を巻き込むなんて絶対に嫌だ。
御薙も考えると言ってくれたし、動ける自分がまず周囲の状況の確認をしよう、と決意した冬耶は、突き飛ばされたまま座り込んでいた固い地面から立ち上がってみた。
打った尻は少し痛むが、怪我はなさそうだ。
「真冬、そのまま、ちょっと後ろ向いてくれ」
「?はい…」
立ち上がってすぐ、少し離れた場所で拘束されている御薙からの指示に、何だろうと思いながらも素直に従う。
「それなら、自力で外せるかもな」
「この…結束バンドですか?」
どうやら、冬耶の拘束を気にしてくれていたようだ。
道具としての性質上、そんなに簡単に外れてしまったら困る類のものだと思うのだが、自力で何とかなるのだろうか。
「引っ張るとか……?」
「まあ、力任せでも絶対に外れないってわけじゃねえが、もう少し楽な外し方がある」
御薙は、前屈みになり、両腕を上げ、横に引っ張りながら振り下ろす、という動作を何度か繰り返せば、外れるはずだと教えてくれた。
本当かな?と半信半疑だったが、実践してみると、振り下ろすごとに締め付けは緩み、手首に食い込むほどだった結束バンドはあっけなく外れた。
「すごい…、本当に外れました……!」
「大丈夫か?痛かったと思うが、怪我してねえか」
擦れた場所は多少痛かったが、拘束されたままよりはずっといい。
「大丈夫です。御薙さんの方は……」
「俺は、チェーンで繋がれてるからな。流石に動けそうもねえ」
流石に御薙の方は念が入っている。
冬耶に関しては、御薙の指示でバンドを外すことくらいは織り込み済みなのだろう。
非力な女一人自由になったところで、何もできないと思われているのだ。
実際、少し歩きまわってみたが、入ってきたドアには鍵がかかっているようだし、シャッターを壊すことも難しい。
一応窓もあるが、倉庫のかなり高い位置にあり、割ったところで脱出は難しそうだ。
そもそも、脱出したところで、外では彼らが見張っているだろう。
彼らは銃も持っていたし、仮に御薙も自由になったところで、ここから生還できる可能性は低いのではないか。
せっかく両手が自由になったというのに、自分にやれることが見つからず悔しい。
冬耶は、じっと自分の手を見つめた。
性別が入れ替わるような謎の体質なのだから、こんな時くらい謎のパワーを発揮して大脱出できればいいのに。
いっそ鬼にでもなれればなどと現実逃避をしてしまいそうだ。
晴十郎や五十鈴の言う鬼がどういうものか、冬耶には節分の鬼のようなイメージしかないが、とりあえず強そうではある。
VSヤクザということなら、役に立ちそうだ。
「(駄目だ。もっと現実的なことを考えないと……)」
せめて体が男に戻れば、荒事の際はもう少し役に立てるかもしれない。
女の体になって生活をしてみて、圧倒的というほどではないが、体力や筋力に差を感じた。
無論、個人差はあるだろう。例えば五十鈴ならば、女性だが男の冬耶よりも強そうなので、あくまで平坂冬耶の性別が入れ替わった時の差異ではある。
だが、どちらにしても、男に戻るということは、現状では鬼になるのと同じくらい非現実的な話だ。
男に戻るということは、御薙に協力してもらわなければならないわけで、まさかそんなことを言えるはずもない。
そんな思考に行きついてしまった自分がとても浅ましく感じられて、冬耶は自己嫌悪に唇を噛んだ。
喧嘩の一つもしたことのない自分の考えられることはたかが知れている。
御薙の意見も聞いてみようと視線を上げると、彼も自分の方を見ていた。
その視線はやけに真剣で、冬耶は戸惑う。
「あ、あの、……」
どうしてそんなに見ているのかと聞くと、御薙は気まずそうに目をそらした。
「……悪い。未練がましいな、俺は」
「え……?」
未練……?
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