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第42話
ことん、と目の前に湯呑みが置かれる。
「どうぞ…」
「ああ…ありがとな。いや、そんなに気を遣わなくていいから、お前も座ってくれ」
「は、はい…」
真冬は素直に頷きながらも少し緊張した様子で、御薙の正面に座った。
どこか懐かしい風情の晴十郎の家のダイニングテーブルを挟んで真冬と向かい合っているという状況に、御薙は何となく落ち着かない気持ちになる。
話がしたいと連絡をした時には一切邪な気持ちはなかったのだが、プライベートな空間に二人きりというのは、いつだって「何かが始まってもいいのではないか」という謎の期待感を抱かせるものだ。
あの後。
真冬を晴十郎の家に送り届けてからいくらも経たないうちにうちに「話をしたい」と連絡してしまったのは、直後に起こった出来事のせいで、彼女の身の安全について強い危機感を感じたからであった。
ハルの運転する車を降り、組事務所に入った御薙は、奇妙な静けさを感じ足を止めた。
そして、すぐにその静寂の理由を知ることになった。
「よお、大和」
「……っ」
声のした方向に視線を向ければ、応接用のソファに若彦が座っており、その足元には二人の男が倒れている。
執拗な暴行を受けたとみられ、判別が難しいほどに顔が腫れ上がっていたが、御薙にはすぐに誰だか分かった。
先程御薙と真冬を殺害しようとした倉下と三雲だ。
あまりに酷い有様に、思わず拳を握り締めて若彦へと非難の視線を向けたが、相手はただニヤニヤ笑いながら煙草をふかしている。
「悪かったなあ、こいつらが何か勘違いして暴走したみたいでよ」
ぬけぬけと己のたくらみを舎弟になすりつける、いかにもヤクザらしいやり口だ。
「ま、でも手前ェも無事だったようだし、こいつらは俺がしっかり教育しておいてやったから、あまり怒ってやるなよ」
若彦は、髪を掴んで持ち上げた倉下の顔に、無造作に煙草を押し付けた。
悲鳴が上がり、パフォーマンスのための無意味な暴力に御薙はぎり、と奥歯を噛み締めたが、かといって二人をかばうこともできない。
御薙がこれを耐えがたく思えば思うほど、若彦は行為をエスカレートさせるだろう。
苦しいが、無視することが最善だった。
「……こういうことは、せめて組の中だけにしてください。堅気の人間まで巻き込むのは…」
「言ったろ?俺の指示じゃねえ。こいつらの、俺を慕うあまりの勝手な暴走だって」
「……………………」
「お前みたいなお坊ちゃんにはわからねえかもしれねえが、こいつらみてえな馬鹿には、飼い主が必要なんだよ。こうやって、堅気さんに迷惑かけねえようにしつけてるんだ。社会貢献ってやつだろ」
若彦が笑うと、周囲の男達も同調するように笑った。
これは、組の解散なんて余計なことを考えるからこんなことになる、という忠告だ。
御薙は若彦に頭を下げると、入ってきたばかりの事務所を出た。
真冬の安否が気になる。
若彦への対応を考えるのとともに、打てる手はすべて打っておかなくてはと思い、先程車の中で思いついた案が使えないかと、連絡を取ってみることにした。
電話をかけ、出来るだけ早く会って話がしたいと打診すると、先程別れたばかりだというのに真冬は快く応じてくれた。
そして夜に晴十郎の家で、ということになり、今に至る。
曰く、
「夜はマスターは留守なのでお気遣いなく」
とのことだが、留守だから気を遣うのではないだろうか。
たまに突然思わせぶりなことを言うのを、最初のうちは駆け引き的な冗談なのかと思っていたが、どうもそういうことではないらしい。
会話や雰囲気から察するに、恐らく真冬はそれなりに生活水準の高い家で育っている。
突然性別が変わるような事件がなければ、夜の街に関わるようなことはなかったのではないだろうか。
つまり駆け引きではなく、知らぬが故の天然なのだ。
いい年をして、そんな世間知らずの天然に振り回されている自分も本当にどうかと思う。
だがまあ、仕方がないだろう。惚れた弱みというやつだ。
真冬の性別が変わってしまうという体質についてはやはり驚いたが、男になった真冬を前に考えてみて、すぐに「そんなに気にならないな」と思った自分にはもっと驚いた。
ただ、真冬の方が気になるのであれば仕方がないと諦めようとしていたが、先程の倉庫での会話では、なんだか望みがありそうな感じだったので、こういう状況になれば、いらない希望を抱いてしまう。
しかし、今はそれは置いておかなくてはならない。
御薙は邪念を捨て、本題を切り出した。
「その、お前の体質のことなんだが……、」
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