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第41話

 晴十郎と実りのない通話を終え、懐に端末をしまいながら、御薙は深いため息を吐き出した。 「(やっぱこっち側にはついてもらえねえか…)」  真冬を送り届けたあと、晴十郎に電話で今回の件について連絡を入れた。  内部抗争に本格的に巻き込んでしまったことへの謝罪と併せて、若彦との一件が落ち着くまで真冬を守ってもらえないかを頼もうと思ったのだが…。 『大体の経緯は真冬さんから聞きましたよ。危ないところを助けていただいたとか』 「いや、それはうちのゴタゴタに巻き込んじまったから当然です」 『あのお坊ちゃんが相手では、何かと大変でしょう。お察しします』 「あー、それは避けようのないことなんでいいんですが、真冬のことだけ」 『真冬さんが、どうかしましたか?』 「……………………」  察しのいい晴十郎ならば御薙の言いたいことなどわかっているはずなのに、わざとらしく聞き返されて言葉に詰まった。  沈黙に、晴十郎は穏やかな声で言葉を重ねる。 『私ももう歳ですから、自分の生活を守るだけで精一杯です。大和君、貴方の若頭としての手腕には、今後期待していますよ』  一人で仁々木組を潰せるほどの武力の持ち主がよく言う。  晴十郎とは御薙が仁々木組に世話になるようになった頃からの付き合いだが、当時から今までほとんど容姿も変わらず、只者ではないという気配は年々研ぎ澄まされていくばかりのように思える。  要するに、断られたのだ。  もちろん、御薙だって他ならぬ真冬のことを他人に任せたくはない。  先程も、自宅にお持ち帰りしたい衝動を、晴十郎のそばにいる方が安全だとぐっと我慢して、断腸の思いで家まで送り届けた。  それでも晴十郎の力を借りたいのは、御薙は若頭と言っても、そもそも仁々木組自体が小さい上に、動かせる人員も御薙を慕っている若い組員と組長を慕っている古参の年寄りだけで、とても人一人を途切れなく警護し続ける力がないからだ。  だから、晴十郎が常に真冬を近くに置いて守ってくれたらそれだけでも懸念事項が減ると思ったのだが、これは甘かったらしい。  晴十郎だって真冬を大切に思っているだろう。  だがこうして御薙を突き放すのは、組長になるつもりならこれくらいのことは何とかしてみせろと、そういうことなのだろう。 「ったく、人手が足りないってのに、三雲の奴をとられちまったのは痛えな」  思わずぼやくと、運転席のハルがバックミラー越しに謝る。 「すみません、あいつここんとこちょっと元気ないなーって思ってましたけど、元々内向的な奴なんで、見落としてしまって…」 「いや…、若彦さんが一枚上手だっただけだろ。特攻してもあいつがいるから連携できるかと思ったが、本気であっち側に行っちまったとは、自分の人望のなさが流石に情けねえっつーかなんつーか」  三雲から、真冬を攫われてしまったと連絡があり、慌てて駆け付けたらまんまと拘束されてしまった。  真冬は、こいつは何しに来たんだと思っただろう。自分でもそう思う。  三雲が今まで御薙に向けていた憧憬の眼差しは、偽りだったのだろうか。  昏い瞳で「あんたが、悪いんだ」と吐き捨てた、その真意を知りたい。 「…三雲の奴は、脅されてるとかじゃなさそうだったんで、騙されてるんじゃないですかね。腹が減れば戻ってきますよ」  ハルの特に冗談でもなさそうな能天気な慰めに、脱力する。 「お前は楽天的だな」 「俺は失うもの少ないっすからねー。とりあえず、向こうの現在の本気具合がわかったのを収穫としましょう」 「…………」  若彦が本当に本気だったら、今頃自分たちは無傷ではあるまい。  しかし、手下二人に拳銃を持たせ、あわよくば殺害しようとしたということは、本気で御薙を排除しようとし始めたということだ。  御薙も本気で応じなければ、確実に始末される。 「真冬サンのこと、晴十郎サンが駄目だったんなら、次に安全なのは大和さんのそばじゃないですか?」 「俺の?」 「このあたりにステゴロで大和さんに敵う人はいないでしょ。俺らが見張ってるよりよほど安全かと」 「そりゃ買いかぶりすぎだ。大体、あの男所帯に女一人置いとくのは……、」  反論しながら、はっとした。  女を連れまわせば目立つし、余計な心配事が増えるだろう。  だが、これが男だったら……?

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