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第47話
翌日から、冬耶はハルの弟分として行動することになった。
弟分といっても、ハルを「兄貴」と呼ぶためには、盃をもらって正式な組員になる必要があるらしいので、今は「ハルの監督責任下で仁々木組の事務所に出入りできる」だけのことだが。
御薙が一番信頼しているハルの弟分なら「ハルに言われたから」という理由で御薙のそばにいても不自然ではないだろう、ということらしい。
朝になると一旦御薙と別れ、ハルと共に徒歩で事務所へと向かう。
道中、事務所でのしきたりや作法のようなものがあったら教えて欲しいと頼むと、ハルは「真面目すぎる」と笑い飛ばした。
「むかーしむかしはちょっとしたことで教育の名の下にボコボコにされたもんだけど、今はヤクザも人材難、厳しいこと言うと若い奴はみんなやめちゃうから、挨拶くらいちゃんとしとけば大丈夫だよ。ま、最低限アウトなことは都度教えるから」
朗らかに語ってから、うちはおじいちゃんばっかだしね、と肩を竦める。
それはむしろ、昔々の厳しい人たちがいるということなのでは?
やらかしてクリスタルの灰皿などで教育的指導をされてしまうのだろうかとブルブルしているうちに、事務所についてしまった。
仁々木組の事務所は、『JULIET』からもぎりぎり徒歩圏内にある、現在の耐震基準を満たしているようには見えないかなり年季の入ったビルだ。
仁々木組、などの物々しい看板は表には出ておらず、入り口上部にはただ『タカチホビルヂング』とだけある。
縦に長い五階建てで、通りに面したところから内部を覗けるような窓などはない。
見上げていると、ハルは「こっち」と冬耶を入口から奥に誘導して、鉄板で強化されたドアを開けた。
「お疲れ様で~す」
ハルの軽い挨拶に、出入口付近にいたプロレスラー体型の男が頭を抱える。
「お前な…飲食のバイトみてぇな挨拶やめろ」
「ゆるく生きてるから体育会系のノリは合わなくて」
「何でヤクザやってんだお前…」
ハルは仁々木組の中でも変わり種のようだ。
続いて入り恐々内部を窺うが、プロレスラー体型の男の他にはモニターの二つ並んだ机の前に座る禿頭の男の二人しかいない。
二人とも、中年から高年に差し掛かっているくらいの年齢だろうか。
強面ではあるが、若彦やその部下たちのような威圧感はなく、少しほっとする。
これが組事務所というものかと思いながら、少し古びてはいるが上質そうな応接セットや壁にかかった代紋などを興味深く観察していると、禿頭の男がハルに聞いた。
「そんで?その高校デビューみたいな痛々しいガキはなんだ」
その自分の格好へのツッコミに、冬耶は目を瞠る。
「(事務所で浮かないコーディネートのはずでは…!?)」
御薙とハルに騙されたのだろうか。
自分のセンスを貶されたわけではないが、痛々しいまで言われるとちょっと遠くを見つめたくなってしまう。
「そいつはトウマって言います。何でも大和さんに憧れてヤクザになりたいとかで、しばらく事務所で現実を学ばせることになりました」
「はあ〜?ったく、どんなお坊ちゃんの社会勉強だよ」
怪訝そうに半眼になる禿頭に、ハルは耳打ちした。
「下手に断って別の組に行って悪質な奴らに食い物にされても寝覚めが悪いから、少し怖い思いさせて追い払えって」
「ったく、あいつはお人好しだな…」
禿頭は眉を顰めてつるりと頭を撫でたが、口元は少しだけ笑っていた。
耳打ちではあったが、ハルの声は良く聞こえていた。
いつも冬耶は御薙に対して「この人はこんなにいい人で大丈夫なのか」と思うが、組の中でもそう思われているようだ。
禿頭の表情に御薙への好感を感じ取って、冬耶はなんだか嬉しかった。
「ってことで、カタギの道を踏み外さない程度に新入りとしてよろしくしてやってください」
紹介して、ハルは冬耶の方に向き直る。
「トウマ、この人はジンさん、こっちはキツさん」
禿頭がジン、プロレスラー体型がキツらしい。
「よ、よろしくお願いします」
冬耶が双方に頭を下げると、ジンは一歩前へ出た。
「仕方がねえなあ。おい、新入り。いいか?この事務所にゃ怖いおじさんがたくさんいるんだ。相手をよく見て、俺たちみたいな怖くないお兄さんの言うことをちゃんと聞くんだぞ」
「ジンさん、お兄さんっていくら何でもサバ読みすぎでしょう」
「るせえハル」
「じ、ジンお兄さん…?」
「素直かよ」
ヤクザは上が黒と言えば白いものも黒、ということはジンに準じた方がいいのではと思ったのだが、ここは真に受けるとこじゃねえと早速指導を受けた冬耶であった。
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