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第56話
それから数日。特に大きな事件もなく、冬耶は平和な非日常を過ごしていた。
事務所にも馴染み、小間使いのようなポジションで(主にジンに)便利に使われている。
ジンとキツの他にも何人かの組員と会ったが、どの人も言葉は多少粗っぽくても親切で、理不尽なことを言われたりすることはない。
みんな国広より優しいな、というのが現時点での印象だ。
…国広は、そう思われていることをもう少し反省してもいいと思う。
御薙は思っていたよりもずっと忙しそうで、不在の時も多い。
高齢の組長の仕事を多く代行しているほか、組の解散後の組員の就職先探しなど、やることが山積しているようだ。
夜には必ず戻ってくるが、二人きりでいる時はなんだか甘い雰囲気になってしまって恥ずかしい。
かといって一緒にいたくないかというとそんなこともなく、いない時には早く帰ってこないかなどと考えているので、今一番わからないのは自分の気持ちだった。
ただ、早く帰ってきて欲しいというのは、御薙が危険な目に遭っていないか心配だからというのもある。
御薙が外出する時、ハルは冬耶を守るために事務所やマンションの部屋に残ることになってしまう。
信頼できる腹心を連れずにあちこちして大丈夫なのだろうか。
心配で聞いてみたが、『今は揉めてる組もないし、一番危険な若彦さんの方も色々小細工を弄してるってことは、まだ白昼堂々鉄砲玉寄越すほど追い詰められてはいないってことだから大丈夫だ』とのことで、安心できるほどではないが、外出を躊躇うほどの危険はないらしいのだが、それらも全て推測でしかない。
とはいえ、冬耶がどれほど心配したところで御薙の危険が減るわけではないこともわかっている。
ネガティブな気持ちを募らせると性別が変わってしまう確率も高まるため、ジンが頻繁に用事を言いつけてくれるのは、逆にありがたかった。
気をまぎらわすためには忙しくしているのが一番だ。
今日も言いつけられる用事がなくなると、二階の掃除でもしようと自発的に掃除機を手に奥のドアへと足を向けた。
吹き抜けの階段を上がり始めると、上の方からガタン!と大きな音がして、驚いて立ち止まる。
続いて、どすの利いた怒鳴り声が聞こえてきた。
どうやら、三階から漏れ聞こえてくるようだ。吹き抜けというのはとにかく音が響く。
そしてこのビルは、外側の装甲は厚いようだが、中の壁やドアは建物が古いせいか薄い。
御薙にも、内密の話をするときは声を潜めた方がいいと注意をされていた。
よくないとは思いながら、冬耶は足音を忍ばせ、二階まで上がる。
二人とも興奮して声が高くなっているようで、ここからでも十分やり取りを聞き取ることが出来た。
何度も聞いたことがあるわけではないので確証はないが、若彦と倉下の声のようだ。
『見つからねえってのはどういうことだ』
『かなり調べましたが、本当にこのあたりに来るまでの足取りがわかんねえんです』
『じゃ何か?突然湧いて出たとでもいうのかよ』
また、ガタン、と鈍い音が響いた。
呻き声が聞こえる。倉下(仮定)が殴られたようだ。
『使えねえな』
『すみません…、でも、ひとつ面白いことはわかりました』
『何だ。…………………………、…フン、なるほどな』
声を潜めたのか、「面白いこと」の中身は聞き取れなかった。
だが、続いた言葉に、冬耶は息を呑む。
『とにかく、『真冬』のことは『JULIET』のいけ好かねえガキが知ってるはずだ。若い衆を使ってもいい。締め上げろ』
「(そんな、店長……!?)」
驚愕していると、突然三階のドアが開いた。
すぐに隠れようと思って二階のドアの側にいたというのに咄嗟に動けず、勢いよく下りてきた倉下に見つかってしまう。
「てめえ……、」
挨拶をして、白々しくても何も聞いていないふりをしなくては。
頭ではそう考えているのに、口が動かない。
「(どうしよう……!)」
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