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第59話

 どうしよう、とおろおろしているところへ、電話を終えた御薙が戻ってきた。  一目で動揺が伝わったらしい。足早に冬耶の座るソファへと寄ってくる。 「…どうした?」 「あっ…、あの、店長が…!」 「……国広が?」  冬耶は、先程三階から聞こえてきた会話と、今の電話でのやり取りについて手短に話した。  聞き終えた御薙は、腕組みをして難しい顔で唸る。 「まあ…、国広のことだから、大丈夫だとは思うが…」 「そ、そうですね…」  そう言われれば確かに、あの怖いものなど何もなさそうな国広相手に無用の心配という気もする。  しかし、多人数だったら?卑怯な手を使われたら?  心配をしたところで、自分が行ってもどうにもならないどころか、より事態を悪化させるだけだというのは理解していた。  もちろん、御薙に助力を頼むわけにもいかない。  こっそり行って、揉めているようなら通報したりするのはどうだろうか。  はたから見れば、仁々木組の人間が仁々木組の人間を通報するというおかしな構図になるが、この際仕方がない。 「(俺のせいで店長に何かあったら…マスターにも申し訳が立たないし…いざとなれば通報で…)」  一人決意を固めていると、突然御薙が立ち上がった。 「行くか」 「え?警察に?」 「??何で警察に?」 「あっ…いえその、…」  目を丸くした御薙に、何でもないと首を振る。  うっかり考えていたことが口から漏れてしまったようだ。 「店のことが気になるんだろ?」 「あの、でも、」  確かに気にはなるが、今一番若彦から狙われている御薙が、己の身を危険に晒してまで出向くべき案件なのか。  国広と御薙を天秤にかけたら、申し訳ないが御薙の方に傾いてしまう。(もちろん、国広なら大丈夫なのではという目算が大きいからこそだが)  躊躇う冬耶に、しかし御薙は笑った。 「国広は俺にとっても、…あれだ、困った弟分みたいなものだからな。それに、堅気さんに狼藉を働くなんて、親父も許さねえだろうし」  こうなってしまうと、御薙の決心を覆すことは難しそうだ。  今更、正直に話すべきではなかったと少し後悔したが、話してしまった以上、なかったことにはできない。  御薙の心遣いをこれ以上遠慮することは、冬耶にはできなかった。 「不安なら、お前は残っててもいいぞ」 「お、俺も行きますっ……!」  ぐずぐずしていては、置いていかれてしまう。  冬耶は覚悟を決め、さっさと出て行こうとしている御薙の背中を追いかけた。  二人で『JULIET』に駆け付けると、店の前には柄の悪い男が立っていた。  事務所では見たことがないが、若彦の取り巻きの一人だろうか。 「あの人も、仁々木組の人ですか…?」 「違うな。知らねえ奴だ」 「知らない…?」  では、店に来たのは別件のならず者だったのだろうか。  向かうところ敵だらけの国広のことだから、恨みを持つチンピラの一人や二人や三人や四人…どれだけいてもおかしくない。 「スタッフ用の入り口の方も…、え、御薙さん…?」  念の為、従業員用の裏口も確認してはどうかと提案しようとしたら、何と御薙がずんずんと柄の悪い男の方に向かって歩いて行くではないか。  冬耶は慌てて後に続いた。 「おい」 「ああ?なんだてめ…、あっ!お前はぶァッ!」  ドサッ…。  柄の悪い男は、御薙の一撃に沈んだ。  止める間もない、一瞬の出来事だった。 「み、御薙さん?」 「大丈夫だ。加減はした」  別にこの男の安否確認をしたわけではなかったが、自信たっぷりに言い切られて、冬耶は頷くことしかできなかった。  この腕っぷし。一人で乗り込んでくるわけである。  店の周辺はそれほど治安のいい場所ではないので、喧嘩を目撃する機会はあるが、こんなにあっさり一発で人が倒れる様は見たことがない。  それにしても正面突破が過ぎるとハラハラしながら、冬耶は何の躊躇もなく店に入っていく御薙を追いかけた。

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