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第60話

「うるせえな、知らねーっつってんだろ!」  御薙を追い店に入って一番に目にしたものは、男が宙を舞い、床へと落下していく瞬間だった。  声から察するに、やったのは国広だろう。  息を呑んで奥を見れば、青筋を立てた国広が柄の悪い男達に囲まれている。 「このガキッ……、」  仲間を蹴り飛ばされて色めき立った男たちはしかし、現れた御薙を見て動きを止めた。  御薙が躊躇なくその騒乱の源へと足を進めていくので、冬耶も恐る恐るそれに続く。 「おい国広」 「ああ?…ったく、何しに来たんすか、御薙さん。わざわざトウマまで連れて」  舌打ちを響かせ、不機嫌そうに溜息をつく国広に、御薙は呆れたように嘆息した。 「お前なあ……」  この調子なら、心配することなど何もなかったかもしれない。  しかし、相手はまだ五人いて、倉下を入れれば六人になる。  外で見張りをしていた男も合流すれば七人で、かなりの多勢に無勢だ。  国広一人にこれほどの人数を連れてきているなんて。  柄の悪い男達の中の一人が、少し距離を置いた場所に立つ倉下の方を窺う。 「倉下さん、こいつやっちゃっていいすか?」 「いや…、お前たちじゃあの二人を相手にはできない。俺が話をする」  倉下が一歩前へ出、御薙は苦く目を眇めた。 「倉下…、」 「息せき切って駆け付けてくるなんて、若頭にとって、ここは本当に大事な店なんですね」 「お前はここで何してる」 「はは、とんだ茶番だな。知ってるんでしょう?俺が何をしているか」  お前が告げ口したんだろうという倉下の鋭い視線が御薙を突き抜け、その後ろにいる冬耶へと突き刺さる。  睨み返すほどの気概はないが、何とか目をそらさずに受け止めた。  御薙が何か言い返す前に、国広がその逞しい肩を掴み、後ろへ追いやるようにして前へ出る。 「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ。折角来てもらって悪いが、御薙さんはちょっと下がっててくれ。俺は俺の店に不法侵入してきた奴を半殺しにするところなんだ」 「国広、ちょっと待て」  倉下が男達を止めたことで、御薙としては交渉の余地があると思ったのだろう。ボディランゲージ一択の国広を止めようとする。  戦わずに済むのならば、当然その方がいい。  だが、事態は急変した。 「おーい、倉下さん、こいつら俺がもらっちゃってもいい?」  店の裏口の方から、倉下の部下らしき男が歩いてくる。  男達が引きずるようにして連れてきた二人の女性を見、冬耶は目を剥いた。 「痛っ…、ちょっと、離してよ…っ」 「っ…やめて、」 「(メノウ、月夜……!)」  何も知らずに裏口から入ろうとして、この男達に捉まってしまったのか。  強く腕を掴まれているからか、二人は顔を歪めている。  国広はちらりとその様子を見やり、うんざりと肩を竦めた。 「そいつらを人質にしても無駄だぞ。知らねえことを話すことは出来ねえ」  だが、倉下以外の男達の目的は、倉下とは異なっているようだ。 「案外、女同士の方が『真冬』の行方を知ってるかもしれないだろ?どうだ?」 「さわんな、離してってば!」  男がメノウの顎を強く掴み、顔を近づける。  メノウは嫌悪感をあらわに首を振り逃れようとして、より一層強く拘束されて呻いた。  自分のために、彼女たちが危険に晒されていると思うと、申し訳なさや情けなさで目の前が真っ暗になる。  憤ったところで、冬耶にできることはなくて。  絶望が冬耶を攫いかける。 「おい、いい加減にしろ。倉下、手前ェ、こんな真似が通ると思ってんのか」  怒りをみなぎらせ唸る御薙を、倉下は飄々と受け流した。 「組長補佐のつけてくれた部下なんでね。あの人が組長になれば、シマ内の店のオンナをどうしようと誰も文句は言えねえでしょう」 「…………」 「『真冬』が今どこにいるのか。こいつを教えてくれたら、俺たちもさっさと帰りますよ」  それが、本心からの言葉なのか、わからない。  けれど、このまま『真冬』になって、「ここにいる」と言ってしまえたら。  そんな誘惑が脳裏をよぎって、冬耶は一人苦悩した。

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