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第61話

 俯きかけたその時、コン、と音が響き、冬耶を含む全員の視線が音の発生源へと集中した。  国広がカウンターをノックするように軽く打ったのだと認識すると同時に、その鋭い視線がこちらに向けられていることに気付く。  冬耶は自分が睨まれたのかと思い怯んだが、どうやらそれは御薙への合図だったらしい。  国広が床を蹴ると、御薙も動いた。  人質がいるのにいきなり攻撃してくるとは思わなかったのだろう、国広の流れるような足技で、メノウと月夜を拘束していた男たちが声を上げて倒れる。  同時に御薙は、拳を振るい三人をあっさり床に沈めてしまった。 「っこいつら…」  呆気なく五人もの仲間が倒れ、残された男達は後退る。  これで完全に形勢が逆転したかに見えたのだが…。 「動くな」  低い声。  倉下が御薙に銃を向けているのが見え、冬耶は息を呑んだ。 「ステゴロ最強の呼び声の高いあんたでも、流石に弾丸より早くは動けねえだろう」 「……………」 「まあ俺も、こんな街中でぶっ放したくはないんで、これ以上抵抗しないでもらえると助かるんですが」  余裕のあるおどけた口調だが、倉下は確実に追いつめられているはずだ。  本気を感じたのか、国広も動きを止めている。 「(御薙さん…!)」  先程の国広のように、一瞬でいい、倉下の注意を引き付けることはできないだろうか。  あの二人なら、その隙にこの事態をひっくり返せるのでは。  御薙は倉下に、倉下は御薙に、その他は御薙と倉下の方を注視しているのを確認し、冬耶はそろりと後退る。  倉下の死角に入りスマホを鳴らすのはどうかと思ったのだが、何かにぶつかり、後退を阻まれた。 「っ…!」  驚いて振り返ろうとした動きごと封じられ、首筋に冷たいものが当てられる。 「…じっとしていろ」  驚愕と恐怖に、鼓動が大きく鳴った。  至近の昏い声には聞き覚えがある。三雲だ。  いつの間にやってきていたのだろう。  冬耶の窮地に気付いた御薙が、叫んだ。 「トウマ…!」 「形勢逆転ですかね」  国広が忌々し気に舌打ちをする。 「そんなガキが人質になると思ってんのか。さっきのと明らかにレートが違えだろ」  相変わらずのひどい言い草にも、油断なく銃を構えたまま、倉下は乾いた笑い声を漏らした。 「残念だが、そいつがただの新入りの舎弟じゃないってのは、わかってんだよ」 「……何?」 「お優しい若頭にとって、さっきの女の子と大してレートが変わるとは思えねえな」 「(え……?)」  どういうことだろう。  まさか、真冬だとバレているのだろうか?  その可能性だけはないと思っていたのに。 「ガキの頃、親交があったって裏は取れてるんだ。行方不明だった三年間、どこに隠れていたのかな?平坂冬耶君」 「!」  三年ぶりに晴十郎と五十鈴以外の人に本当の名前を呼ばれて、冬耶は驚愕した。 「(そうか、裏をとるって……)」  真冬とトウマが一致することはないため調べられたところで何も出てこないと高を括っていたが、なるほど、トウマが冬耶なことは分かってしまう可能性があったのだ。  反射的に御薙を見ると。 「……え?」  目が点になっている。  御薙は、冬耶を上から下まで何度も確認して、はっと目を見開いた。 「あっ…、お前、平坂さん家の冬耶か…!」  ・・・・・・・。  店内に、気まずい静寂が流れた。  ちらりと倉下を見れば、御薙が気づいていなかったことに衝撃を受けているように見える。  そんなことを思っている場合ではないのだが、少しかわいそうだと思ってしまった。  しかも、彼の災難はこれで終わらない。 「と、兎に角、っぅあっ!」  話を続けようとした倉下の手に、飛んできた何かが突き刺さり、銃を落としてしまう。 「冬耶君、思い切り後ろに跳びなさい」  聞き慣れた声。  何が起こったのか。突然のことに浮足立ちかけたが、反射的にその通りにすると、頭に衝撃があって目の前に星が散った。  失念していたが、拘束されていたのだから、跳べば三雲に頭突きをすることになるわけで…。  呻いて拘束を緩ませた三雲の手にも何かが突き刺さり、冬耶に突き付けられていたナイフが床に落ちる。  御薙が足早に近寄ってきて、ナイフを回収した。 「…大丈夫か?」 「は、はい…、今のは…」 「皆さん、無事ですか?」  店の入り口の方からひょっこり姿を見せたのは、およそこの場に似合わない穏やかな笑みをたたえた晴十郎だった。

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