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第63話
御薙は駐輪場までの道中、先程の電話の内容について話してくれた。
ハルからの連絡で、御薙が事務所を出た後、若彦が組長を連れ出したというのだ。
「行き先は、この間お前も連れていかれた埠頭の倉庫だ」
「そんな…!…お仕事の話とか、そういう可能性は…」
「可能性はゼロじゃないし、そうであってくれたらいいとは思うが、俺にはわざわざあんな所に行って話す案件が想像できねえ」
倉下と三雲が冬耶をあの場所に攫ったのは、御薙を呼びだし、あわよくば殺すためだった。
人気もなく、夜になれば殊更に目撃者もない、荒事には格好の場所だろう。
若彦はそんな場所に実の父親を連れて行って、どうするつもりなのか。
御薙の厳しい表情を見れば、楽観できる状況ではないことは明らかだ。
冬耶も両親との関係はあまり良好ではなかったので、親子であっても愛情が希薄な場合もあることは理解できるけれど、それは別に危害を加えていい理由にはならない。
「心配すんな。ハルも現場にいるし、いきなり殺されたりはしないだろ」
自分も心配だろうに、御薙はそう励ましてくれる。
「親父も若い頃は武闘派でならした口だからな。そう簡単にやられはしねえ」
頷いたものの、杖をついた組長は、そのあたりを散歩していそうなごく普通の高齢者に見えたし、若い頃ほど強気でいられるかどうかはわからない。
すれちがいざまに「しっかりやんな」と激励してくれたことを思い出し、無事でいて欲しいと祈った。
国広の言う駐輪場とは、店の近所の月極駐車場にある一角のことだったらしい。
奥の方に一台だけオートバイが留まっており、御薙はそれを一目見て、国広のものだと断定した。
「あいつ、守銭奴のくせに金のかかりそうなの乗ってんな…」
苦笑しながらも、見下ろす御薙はなんだか嬉しそうだ。
「高いバイクなんですか?」
「そもそも外車はパーツの取り寄せに金も時間もかかるから、単純に足にするっていうよりは、好きで買うってイメージのバイクだな」
「な、なるほど」
御薙が乗っているのをうすぼんやりかっこいいとは思っていたが、自分が乗る発想がなかったためオートバイのことは何もわからない。
しかし車体をよく見ると、そんな冬耶でも知っているくらい有名な海外のメーカーの名前が書いてある。
国広が金を求めるのはこのオートバイのためなのだろうか。
オートバイに乗っていること自体初めて知った。
「乗ったことあるか?」
問われて首を横に振ると、御薙から簡単に乗り方をレクチャーされた。
「こいつは恐らくあまりタンデム向きじゃねえから、途中で辛くなったら体を軽く叩くとか、意思表示してくれ」
乗ったことがないのでどうなるかはわからないが、どうしても無理そうなら残念だが早めに下りた方がいいだろう。流石に、これ以上迷惑をかけることはできない。
「ほんとはこんな格好で乗るのもよくないんだが…非常時だしな」
チンピラ風な冬耶はともかく、御薙はスーツだ。革靴で大丈夫なのだろうか。
互いに借りたヘルメットをつけ、先に乗った御薙の肩に掴まりながらなんとか後ろに座ると、腕を回す。御薙の背中は広い。
エンジンがかかると、ドッ、ドッ、ドッと鼓動のような振動が全身に伝わってきた。
こんな時なのに、なんだか胸がどきどきする。
走り出すと、車とは違い生身で感じる風圧に驚く。
恐らく御薙がスピードを加減してくれているからだろう、恐ろしいとは感じなかった。
低い鼓動のような音を聞きながら、振動とスピードに身を任せていると、一つの生き物になったように感じる。
御薙も、同じように感じたことがあるだろうか?
これが、子供の頃ずっと憧れていた、御薙の見ていた景色。
様々な感情が入り混じって、流れていく景色がじわりと滲んだ。
「(っ…駄目だ…、)」
今は感傷的になっている場合ではないと己を戒めて、冬耶は回した腕に少しだけ力を込めた。
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