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第79話
「(誰……っ!?)」
すぐに状況を把握しきれず反射的に身じろぐと「動くな」と拘束を強められる。
倉下と若彦が捕まったことで、安全を確保したつもりになってしまっていた。
恐ろしい事態に一瞬パニックになりかけたが、声に聞き覚えがある気がして、思い出そうとすることで多少冷静さを取り戻ってくる。
以前もこんな風に拘束され、至近で聞いた声のような気がした。
…三雲だ。
若彦の指示でまたこんなことをしているのだろうか。
否、彼は若彦に傾倒して敵対したというよりは、御薙に複雑な思いをぶつけていたという感じだった。
では、彼自身の中で片付いていない何かを果たしに来たのか。
「もし騒いだら、…わかってるな?」
抵抗をしたところで、荒事に慣れた三雲を制することなど冬耶にはできないだろう。
力を抜いて素直に頷くと、口を塞いでいた手が離れてホッとしたのも束の間、すぐに勢いよく壁に押し付けられる。
「っ……、」
抵抗する気はないのに乱暴にされてつい文句を言いたくなったが、三雲の昏い瞳と手の中の光る物が目に入って、口を噤んだ。
「真冬はどこにいる」
三雲の目当ては真冬か。
真冬は、彼の目の前にいる。
当然、そんなことを言っても信じてもらえないだろう。
薄暗くて相手の細かい表情まではわからないけれど、初めて会った時よりも明らかに気配が荒んでいて、下手な対応をすれば刺されるかもしれない。
どう答えたものかと必死で考えているのが返答を拒否しているように見えたのだろう、三雲は口元を歪ませた。
「お前が関係者なのはわかってるんだ!真冬さえ、あの女さえいなければ、あの人は…っ」
倉下と店を襲撃した時に言っていた、真冬のせいで御薙が変わってしまったという話のようだ。
御薙は何があってもぶれない強い心を持った人だから、『JULIET』に足を運ぶようになってライフスタイルに多少影響はあったかもしれないが、中身は何も変わっていないはずなのに。
三雲にとって、御薙はどういう存在だったのだろうか。
「大和さんは、何も変わっていません」
「違う、変わった、ヤクザをやめるなんて、」
「組の解散は、大和さんが言ったことじゃ…、」
「うるさい!お前に何がわかる…っ!」
三雲は御薙の何を見ていたのかと、思わずしてしまった反論だった。
激高した三雲が腕を振り上げる。
「っ…!」
己の失策を悟ったが避けられそうもなく、冬耶が目を閉じ身を硬くした瞬間。
「三雲、お前…っ」
御薙の声だ。
ハッとして目を開けた時には、殴られた三雲が吹っ飛び、ゴミ箱に突っ込んだところだった。
ガシャン、とすごい音がして、思わず首を竦める。
「うっ……、く…、」
「こいつに手を出すなら、俺も容赦しねえぞ」
「……っは……、はは…っ、」
ゴミ箱の前に蹲ったままの三雲が突然笑いだしたのでギョッとした。
「あんたには、やっぱり暴力しかない」
「……俺は、」
「組を解散したって、元ヤクザに優しくしてくれる奴なんかいない。あんただって同じだ。俺たちの居場所は、ダークサイドにしかない」
「…居場所は、誰かが用意してくれるもんじゃねえ。自分で作るもんだ」
「……………………」
三雲はのろのろと立ち上がり、ダメージの残る足取りでこちらに向かってくる。
御薙が冬耶をかばうように立ち位置を変えたが、三雲はそれ以上何かをする気はないらしく、横をすり抜けて通りの方へと歩いていく。
その背中に、御薙が声をかけた。
「お前も、困ったらいつでも俺を頼って来い」
応えず、三雲は去っていった。
しばし通りの方へ視線を向けていた御薙は、はっとして冬耶の肩を掴む。
「冬耶、大丈夫か、怪我は?」
「大丈夫です。ちょっと驚きましたけど……」
安堵の息を吐き出した御薙に、次の瞬間強く抱き締められる。
「…、」
温かさを感じ、ようやく現実感が戻ってきた。
同時に恐怖心も遅れて湧き上がってきたが、それもすぐに抱擁のぬくもりが融かしていく。
「…気付くのが遅くなってすまなかった。また怖い目に遭わせちまって…、」
苦い声に、厚い胸に埋めたままの顔を振った。
既に店まで迎えに来ていて、なかなか戻ってこないこと心配して様子を見に来てくれたのだろう。
冬耶がもう少しうまくやっていれば、切りつけられるような事態にはならなかったかもしれないことを思うと、駆けつけてくれた御薙には感謝の気持ちしかない。
「危ないところを助けに来てくれて、ありがとうございます」
冬耶は心からのお礼を言った。
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