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第1話 十年ぶりの再会

 ステージの上から岬康介はある男を凝視していた。    ライブハウスの中は照明が暗く、スポットに照らされている岬からは、一番後ろにたたずむその男の顔ははっきりとは見えない。  だけど、その風貌に見覚えがあるのだ。  ライブハウスに不似合いなその男はスーツをかっちりと着込み、音楽を楽しんでるとは言えない形相であたりを見回している。    百人もはいればいっぱいの店内にいる客はほとんどが顔見知りのファンだ。  しかも岬の属する『ロスト・チャイルド』というバンドのファンは女性が圧倒的に多い。  長身でスーツ姿で壁にもたれて立っている男の隙のない姿は否応なく人目を引いた。    最後の曲を歌い終えた時に、男が入り口を出ていくのが目にはいった。  このあとアンコール曲が控えている岬には追いかけることはできない。  男の正体は分からなかったが、確かに知っている人間だったように思う。  思い出せそうで思い出せないもどかしさを残したまま、岬はステージを降りた。    あいつのせいで、今日のライブは集中できなかったな、と苦々しい気持ちで店を出ると、とっくに帰ったと思ったその男が店の外に立っている。  あれから片付けや精算をしていて、一時間は経っているはずだ。  その間ずっとここで待っていたというのか。   「新宿署の織田だ」 「織田……?」    男は無表情に警察手帳を取り出し、岬の前に提示した。  思い出した。  織田という知り合いは高校の同級生にひとりいるだけだ。間違いない。    織田修司。  刑事になっていたのか……  岬は警察手帳というものを初めて見たので、本物かどうか知る術もないが、岬の知っている記憶の中の織田という男は嘘をつくような男ではなかった。   「康介……だよな?」    岬というのは名字なのだが、名前と間違われることがあまりに多いので『ミサキ』というのを芸名にしていた。  康介、という本名を知っている人間は岬の周囲には少ない。  高校時代は康介、と友達から呼ばれていたのを、織田は覚えていたのだろう。  しかし十年近く会った事もなかった同級生に名前を呼ばれたことに、岬は違和感を覚えた。   「俺が何かやったとでも言うのか?」    少し棘のある言い方になってしまった。  刑事が訪ねてくるような覚えは、岬にはまったくない。  警察と聞けば懐かしさよりも警戒心が先に立つのが普通だろう。   「いや、そうじゃないんだが、ある事件の参考人として話が聞きたい。少し時間をもらえないだろうか」    織田が申し訳ない、というような表情を浮かべながらペコリと頭を下げたので、岬も態度を和らげた。   「ここじゃ困る。こんなところに突っ立っていたらファンが押しかけてくるぞ」 「ああ、そうか。大変だな、人気ボーカリストというのも」    どうせ、軽く飲んで帰るつもりだった。  事件の参考人として話をするのなら、人目につかない場所のほうがいいだろう。  岬が行きつけのバーがあるからそこでどうだ、と提案すると、仕事中だから酒は飲めないがつき合うと織田は答えた。  店へ向かう間、織田は事件については触れず、岬の近況などを聞いてくる。  世間話から口を柔らかくさせるというのが常套手段なのかもしれない。  織田の世間話に返事をしながらも、岬は落ち着かなかった。  刑事である織田にとっては何でもないことかもしれないが、いきなり事件の参考人と言われたのだ。  いったい何の事件か気になるに決まっている。   「それにしても久しぶりだな」 「ああ、卒業以来だから約十年ぶりか」 「ステージの上から気になっていたんだが、なかなか思い出せなくてな」 「岬もずい分変わったじゃないか。ここへ来る前にお前のCDを聴かせてもらったぞ」    同じクラスだった織田とは当時接点はあまりなかった。  織田は優等生で文武両道というカタブツで、岬は軟派を絵に描いたような不良だったから、あまり口をきいたこともなかったはずだ。    高校を卒業してから織田は大学へ進学し、岬はバイトをしながらミュージシャンを続けていた。  岬は同窓会に行ったこともなかったし、こんなことでもなければ一生再会しなかったかもしれない相手だ。   「しかしお前が刑事とはな。似合いすぎだ」 「オヤジが警察官だったんでな」    どうりで、と岬は納得した。  正義感が強く頭の固そうな性格から、厳格な家庭に育ったのだろうとは思っていたが、親が警察官だったとは知らなかった。  同級生とはいえども、ほとんど織田に関して知っていることなどないに等しい。  世間話のネタもすぐに尽きてしまった。  

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