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第2話 ゲイバーに連れていった

 店のドアをあけると、店内の客の視線がいっせいに集まった。  『フィレンチェ』というこの店は知る人ぞ知るゲイバーである。  当然客は全員男で、さすがの織田でも知らずに入ったら異様な雰囲気に気づくはずだ。   「岬、ここは……」 「ああ、マスターが親しいんだ」    岬は所在なさげに立っている織田を促して、カウンターに座った。  何か聞きたそうにしている織田に説明をしてやる。   「こういう店は、お互いプライバシーには立ち入らないから助かるんだ」    人気商売をしている岬はゲイバーで出会いを探したりする気はないのだが、マスターと話すのが好きでたまに立ち寄っていた。  ゲイであることや芸能人であることを気にせず、心を許して話せる相手はここのマスターぐらいだ。  しかし岬のルックスは人目を引くため、男から誘われることはしょっちゅうある。  誰にも落ちたことのない岬が男を連れて現われたので、店内の客は好奇心の目を向けていた。   「なんだか見られているような気がするんだが……」 「お前みたいなタイプはモテるんだよ、こういう店では」    岬がからかうと織田は露骨に嫌そうな顔をした。  ゲイにモテるなんてとんでもない、とでも言いたそうな顔だったが、さすがにマスターの前ではそれも言えないだろう。  バーボンのロックとウーロン茶を頼んで、マスターが二人の前を離れると、織田はポケットから一枚の写真を取り出した。   「安藤良美、二四歳。一週間前から行方不明だ」    その女性は岬のファンの一人だった。顔はよく知っている。  一週間前と言えば、岬のバンドは今日と同じ場所でライブをやっていて、彼女も来ていたのは覚えていた。   「まあ、ウチのファンだということは間違いないな。ほとんど毎回来てくれている」 「親しかったのか?」 「見かければ声ぐらいはかけるが、個人的なつき合いはないぞ」    織田の話では、女性が消息を断ったのは先週の岬のライブの後で、日頃から外泊が多かったため、家族もすぐには気づかなかったらしい。  無断欠勤が続き、携帯に連絡がとれなくなったことで、ようやく2日前に家族が届けを出したということだった。   「言っておくけど、俺はアリバイがあるぞ」 「ああ、分かってる。お前はライブが終った後、メンバーと二時間ほど飲んでいたとライブハウスの店員が証言している。お前は目立つから、その後も一人で飲んでいるところを見ていたヤツがいたしな」 「先週もこの店に来たんだ」    誰かに見られていたとは驚いたが、アリバイを証言してくれたヤツがいたのなら文句は言えない。   「マスター、俺が先週ここへ来たのは何時頃だったっけ?」 「終電がなくなる頃だったから、日付が変わる頃だったんじゃないかな」    ライブが終ったのが十時過ぎだったから、その後二時間ほどメンバーと飲んでここへ来たというアリバイは辻褄が合ってる。  織田も納得した顔をしてマスターに微笑んだ。   「ファン同士の揉め事なんかはあるのか?」 「どうだろうな……俺の知る限りではそんな様子はなさそうだが」    岬は女には興味がないので、どのファンともそれ程親しくないし、公平に声をかけるようにしている。  安藤良美は最初はよく一人でライブを見に来ていたが、そのうち顔見知りができたのか数人のファンと楽しそうに話していた。  特に美人でもない地味な容姿だし、ほがらかそうな性格だったから誰かから恨まれているとは信じ難い。   「何でも気づいたことがあれば教えてくれ」 「そうだな……男と来ている時はあったな」 「それはこの男か?」    織田がもう一枚取り出した写真を見たが、岬は男の顔まではよく覚えていない。   「ちょっとわからないが、サラリーマンっぽい感じの男だったなあ」 「それは多分この交際相手だろうな。親しげな感じだったか?」 「二人で来ていたし、そいつ以外に男と一緒にいるのを見たことはないから、個人的な知り合いだろうな」    自分が疑われているのではないとわかったので、岬は出来るだけ織田に協力したいという気持ちになっていたが、それ以上その女性について岬の知っていることはない。  毎週のようにライブに足を運んでくれていた良いお客さんだ、ということだけだ。   「交際相手とはうまくいっていたようだし、失踪するような心当たりはまったくないそうだ」 「じゃあ、何かの事件に巻き込まれているのか?」 「可能性は高いな。家族は最近外泊が多くなり、服装などが派手になってきたので、悪い友達でもできたのではないかと心配していたと言っていた」    見た目が派手で遊んでそうなタイプのファンはいくらでもいるが、彼女はそういうタイプではなかったように岬は思う。  自分のライブに来るようになって派手になったと言われているのなら心外だ。   「派手に遊んでいるようには見えなかった。普通のOLか何かだと思ってたし」 「彼女のライブ好きは友人の間では有名だったらしく、お前のバンド以外にも通っているライブがいくつかあったようだな。このあたりでバンドマン風の派手な男と歩いていたのを見かけた、という証言もある」 「なんでバンドマンだとわかるんだ」 「楽器をかついでいたそうだ。ギターのような」 「なるほどな。でもうちのメンバーではないんじゃないかな」    岬のバンドにはギターとベースがいるが、派手なタイプではなく、私服の時には大学生のようなごく普通の外見だ。  ステージ衣装のまま楽器をかついで表を歩いていたとも考えにくい。   「まだ事件だとは断定できないんだが、後からでも思い出したことがあればなんでもいいから連絡してくれるか」 「もちろん、俺に出来ることがあれば協力する」  

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