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第3話 キスされた

 織田と携帯の番号を交換して、一緒に店を出た。  一人で飲んでいても良かったが、店にいる人から織田のことをあれこれ聞かれるのは面倒だし、ファンの一人が行方不明と聞いて飲んでいる気分でもなくなってしまった。   「お前はまだ仕事か?」 「ああ、もう少しライブハウス関係を聞き込みに回ってみようと思う」 「ついて行ってやろうか?」    ライブハウス関係なら、岬のほうが圧倒的に詳しい。  このあたりのライブハウスなら、大抵顔なじみだ。   「いや、お前にそこまで迷惑をかけることはできない」 「遠慮しなくていいんだぜ、どうせヒマなんだし」    そう言いかけた岬の腕を突然織田が、ぐいっと引っぱった。  素早い動作で細い路地へ岬を引っぱりこみ、周囲に目を光らせている。   「どうしたんだ」 「尾けられてる」    織田は岬の姿を隠すように壁に押し付け、抱き合っているような体勢になった。  誰かが物陰に隠れてこっちを伺っているような気がした。   「見るな、じっとしてろ」    織田は低い声で鋭く命令するように耳元で言うと、岬の身体を抱きしめ髪をまさぐるような演技をしてみせた。    新宿あたりの裏道では男同士のこんな光景は日常茶飯事だ。  織田の意図は分かったが、岬はどうも息苦しさを覚えて、顔が熱くなった。  理由は自分の胸がよく知っている。    織田は岬の好みのタイプなのだ。  高校時代にはまだ自分の性癖を認識していなかったから、織田に対してなんの気持ちも抱かなかったが、久しぶりに会った瞬間に気づいていた。    精悍で彫りの深い顔立ち、スレンダーで筋肉質な体つきはまさに好みのど真ん中だ。   長身の織田に覆いかぶさられて、壁を背にした岬に逃げる余地はない。  仕方がないので演技に協力してやろう、と背中に腕を回すと、織田の唇が頬をかすめた。   「岬……悪いな」    織田が耳元でクスっと笑ったような気がした瞬間、岬の唇は織田のキスでふさがれた。  何をするんだ……  演技にしてはやり過ぎだろう、と抗議しようにも、強い力で押さえつけられている。  華奢な岬の力ぐらいでは、押し返そうとしても織田はびくともしない。    岬は本気で抵抗できなかった。  演技とはとても思えない織田の熱いキスに溺れそうになり、思わず抵抗を緩めると、舌がすべりこんできて口内を弄られた。    溶けそうだ……  巧みな織田のキスに無意識で自分からも舌を絡めてしまい、身体の力が抜けて縋りついてしまった。  これが演技なら迫真だ。  身体が痺れそうなほど、織田とのキスは甘く、悪戯にこんなことを仕掛けてきた織田が恨めしい。   「ここから裏通りへ出られるか?」    唇を離した織田は、何事もなかったように冷静な声で岬に低く囁く。  その声があまりに普通だったので、岬は我を取り戻して織田の耳元へ囁き返した。   「道なら俺が詳しい。ついて来い」    身体を離すと織田は岬の肩を抱いて、来た方とは逆へと歩き出した。  仲睦まじく演技は続行中だ。    岬はこのあたりの雑居ビルには詳しく、わざとビルの中を抜けて、尾行がしづらいようなルートで裏道へ抜けた。  通りへ出ると、さすがに織田は抱いていた岬の肩を開放して、並んで歩き出した。   「岬、お前、後を尾けられるような心当たりがあるのか?」 「知らねえよ、俺が尾けられたとは限らないだろう?」 「なるほどな、俺が狙いだとしたら、俺を刑事だとは知らないヤツだな」 「なぜだ」 「自分から捕まりに来るようなバカはいないだろう」    それもそうだ。  どこかで見かけてついて来ただけなら、織田が刑事だとは知らなかったのかもしれない。   「恐らくライブハウスからずっと尾けられてたな」 「最初から気づいてたのか?」 「初めはお前のファンかと思ってたんだが、さっきのバーを出た時に物陰に隠れた男がいたからな」 「男か……」    昨日まで岬の周りで怪しげな人物を見かけたことなどなかった。  織田が現われた途端に尾行されたことで、事件に巻き込まれているという信憑性が高まる。    それより、岬はなぜ織田が尾けられていることを知っていて取り押さえなかったのか不思議だった。  織田は確か武道の達人だ。  男の一人ぐらい素手でなんなく取り押さえることができたはずだ。  その質問に織田は笑いながら答えた。   「尻尾を掴むまでは、派手な動きはしない。俺を刑事だと知らないならその方がいい」 「泳がせるのか?」 「理由があれば必ずまた接触してくる。岬、しばらく気をつけろよ。あまり夜は一人で出歩くな」 「ああ、わかった」 「不審なヤツがいたらすぐに俺に連絡しろ。自分から接触したりするなよ」  織田は署に車を停めてあるから送る、と言った。  自分が一緒にいて岬が尾行された以上、送っていくのは責任だと言う。  電車もない時間になっていたので、織田の言葉に甘えて送ってもらうことにした。  

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