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第5話 横取り

 ヌェーヴェルが目を覚ました。  それまでずっと、石像の様に息を殺し存在を消していたノウェルが、椅子から跳ね上がるように立ち上がった。 「ヌェーヴェル! 気分はどうだい?」 「····煩い」 「す、すまない。水でも持ってこよう。少し待っていてくれ」  ノウェルはいつも通りの急ぎ足で、メイドに水を準備させに行った。呼びつければいいのに、とヌェーヴェルは呆れた。しかし、メイドが持ってくるよりもノウェルの速足のほうが早いのは確かだ。 *** 「お待たせ、ヌェーヴェル。医者は呼ばなくていいのかい? 僕にできることはあるかな。ああっ、まだ横になっていなくちゃ」 「横になったままでどうやって水を飲むんだよ。ったく、そんなに()くんじゃない」 「あぁ····。ごめんよ、ヌェーヴェル····」 「ふはっ、まるで仔犬みたいだな」  起きがけから喧しい奴だが、俯き肩を落とす様は、叱られた仔犬そのものだ。どうにも、こういう所があしらい難い。面倒くさい奴だ。 「なんだよ、そのショボくれた顔は。俺なら大丈夫だから、焦らなくていいって事だよ」 「ヌェーヴェル····! やはり君は私の天sんぐっ──」  ノウェルの煩い口を塞いでやった。俺は小さい頃から『天使』と呼ばれるのが嫌いだ。周囲の大人は、見目麗しい俺を持て囃して取り入ろうとする。容姿が麗しいのは仕方のない事だが、下心があるのが許せない。  なのに、コイツはそれを知ってなお、俺を『天使』だと言う。コイツの場合、本心で言っている辺り質が悪い。流石の俺も、正面切って本心からそう言われると照れる。 「うっっわ! てめ、舐めやがって! 気持ち悪ぃな!」 「美しい手を差し出す君がいけないんだよ」 「何言ってんのお前。救いようのない気持ち悪さだな····。お前の喧しい口を塞いだだけだろ」 「どうせなら、その柔らかい唇で塞いで欲しいな」  なんで柔らかいって知ってるんだよ。触らせた事なんてないはずなのに。   「お前、さっさと帰れ」 「まったく、君は酷いヤツだね。こんなに君を愛してる僕を追い返すなんて」  頬を赤らめ、細めた目で俺をうっとりと見る。 「気色悪いんだよ。そんな眼で俺を見るな」 「ふふっ。それじゃあ、今日は帰るね。また君に会いに来るよ」 「····来んな」  ノウェルは、ひらひらと手を振って部屋を出て行った。あのあからさまな態度、おちょくられているようにしか思えない。    まだ本調子ではないが、身体は随分楽になった。まだあの絶倫吸血鬼畜王子の相手をする余裕は無さそうだが。  と思っていたのだが、あの馬鹿のせいで身体が疼く。もう少しだけ休んだら相手をしてやろう。夕餉の前に少しだけ戯れてやるんだ。あの厄介者2人と。 ***  バルコニーに立つヴァニル。ヌェーヴェルとノウェルのやり取りを監視していた。  去り際にノウェルが見せた、ヴァニルをちらりと見た厭らしい目付きが腹をムカつかせる。窓の外に立つヴァニルに気づき、挑戦的な視線を送っていたのだ。  ノーヴァの為にも、ヌェーヴェルをノウェルになど奪わせはしないと、ヴァニルは固く心に誓った。 *** ──コンコンッ  窓を叩く音。ここは3階だぞ。誰がノックなどできようものか。と、普通なら恐怖する場面だろう。けれど、俺には心当たりがあるだけに、大きな溜め息が漏れてしまった。  恐る恐る振り返る。喧しいノウェルを見送った直後の清々した表情(かお)が、鬱陶しくも劣情を孕んだ表情(かお)へと変わったのを自覚した。 「お前、どっから入ってくんだよ」 「ヌェーヴェル····。ノウェルは、その、アナタにとって何ですか?」 「いきなりだな。····ふん。ただの従兄弟だよ。それ以上でも以下でもない」 「そうですか」 「何が気になるんだ? 言いたいことがあるならハッキリ言え」 「ノウェルは、貴方を好いているでしょう。貴方はどうなのかと思って」 「別に、アレは俺をからかっているだけだ。遊び半分だろう? 見ればわかるじゃないか」 「はぁ····。貴方は本当に愛くるしい馬鹿ですね」 「はぁ!? なんでいきなり喧嘩売ってくるんだよ。買ってやろうか?」 「喧嘩は売ってませんよ。喧嘩する暇があったら、とことん抱き潰してあげます」 「なっ、馬鹿はどっちだよ! 言っておくが俺は男に興味があるわけじゃないからな。だからノウェルの事も、くだらない事を聞くな。まったく、誰が潰されるかってんだ····」  言い訳じみたことを言っているのはわかっている。そして、今俺の顔が熱くなっているのは、ヴァニルに犯される夜毎の情事を思い出してしまったからだ。囁かれ慣れた誘い文句に、期待して胸を躍らせたわけではない。  それにしても、呆気に取られた顔でも、元が良ければただのイケメンなんだな。 「······ぷっ、あっはははは! 何を言ってるんですか貴方は、ふふふっ」 「何がおかしいんだよ!」 「アナタ、私に抱かれてイってるじゃないですか。毎晩、私に抱き潰されているくせに····」  耳元で、トーンを落とした声で囁くように言うヴァニル。確信犯だ。一体、吸血鬼にはどれだけの催淫能力があるのだろうか。これはもう耐えられない。 「少しだけ、ノーヴァには内緒で頂きましょうか」 「ちょ、こらっ! やめっ····んあぁっ」  必死の抵抗も虚しく、ヴァニルは俺の鎖骨を舐め上げ、首筋に牙を喰い込ませた。 「んぅ····くっ······も、いいだろ」 「ぷはぁ····ご馳走様です。そろそろ、こっちが欲しいですか?」  ヴァニルは俺のケツを解しながら聞く。 「要らねぇって言っても、挿れるんだろ」 「勿論です。こんなに美味しそうな貴方を食べずにはいられません。さぁ、自分で開いて見せてください」  俺は唇を噛みしめながら、ヴァニルにケツを開いて欲しがって見せる。穴にデカブツをあてがうと、唾液を垂らして潤滑油の代わりにする。 「んぁっ、早く挿れろ」 「せっかちですねぇ。ほら、力を抜いてください。挿れますよ」 「うあ゙ぁ゙ぁっ····デカいんだから、ゆっくり挿れろって、いつも言ってんだろ····」 「すみません。早く貴方の奥を抉りたくて····おや、締まりますねぇ。期待してるんですか?」 「ばか····してねぇよ。普通に、気持ち良いだけでっ、ひあぁぁっ!! いいのに····」 「いい加減、正直になってほしいですねぇ。貴方、酷くされるほうが良いのでしょう?」 「······そんなわけねぇだろ」 「本当ですか? なら、優しくしてあげましょうか」  ヴァニルは、入り口をぬぽぬぽと出入りして音を立てる。羞恥心が駆り立てられ、ケツの穴がキュッと締まる。 「音、恥ずかしいですか? こういうのも好きなんですね。本当に、私好みの変態で嬉しいです」 「誰が、変態だ! 音やめろよ。もう、いいから····奥まで挿れていいから····」 「奥に欲しいんですね? だったら“挿れてください”ですよね?」 「くそっ····。奥まで、い、挿れて····ください」 「承知しました。息を吐いて····ここ、力入れてください」 「なっ、結腸じゃねぇよ! そこはやめろっでぇぇ!! ん゙っ、ぐぁぁぁっ····奥、ゴリゴリすんなぁ······」  結腸に挿れろとは言っていない。その手前を抉る程度で良かったのだ。 「あー····ここ、引っ掛けると気持ち良いんですよ。あぁ、貴方は知らないですよねぇ。もう少し奥までいきますね」 「もう入んねぇって! やめっ、んぶえ゙ぇ゙ぇぇ····」  回復しきっていないのに、ヴァニルは好き放題に俺を犯す。吸血を控えていたようだから、こっちで発散するつもりなのだろう。本当に迷惑な奴だ。  ***  外から覗くヴァニルに気づいていたノウェルは、部屋を出ると扉に張り付き聞き耳を立てていた。  ヌェーヴェルの漏らす嬌声が、ノウェルを欲情させる。喉を己の手で締め上げ吐き気を抑え、腹の中がぐちゃぐちゃぐるぐるしているのを感じる。  愛しいヌェーヴェルの喘ぎ声は、聞くに絶えないほど厭らしい。可愛いヌェーヴェルが漏らす声を聞き逃すまいと、扉に強く耳を押し付ける。  喘がせているのがあの吸血鬼というのは我慢ならないが、それよりも欲が先に立った。ノーヴァの洗脳の甲斐あって、誰もヌェーヴェルの部屋に近寄らないのをいい事に、ノウェルは部屋の前で自慰を始めた。 「アンタ、そんなとこで弄って····変態過ぎない?」 「······なっ!!?」 「節操なしの変態だね」 「おまっ、お前っ、いつからそこに!?」  ノウェルは突然現れたノーヴァに驚き、慌ててイチモツをしまう。 「アンタが部屋から出てきたところかな」 「····初めからじゃないか」 「ふふっ、いいじゃない。ボクは好きだよ。変態さん、ボクがイかせてあげようか?」 「よ、余計なお世話だ!」 「どうして? ボク、手も口も上手いよ」  元々赤らんでいたノウェルの顔が、さらに真っ赤に染まる。反論しようにも、怒鳴りつけようにも、状況が状況なだけに何も言えない。  ノウェルが言葉を詰まらせていると、部屋からヴァニルが出てきた。 「まったく、無粋ですねぇ」 「あれ? ヴァニル、ヴェルの部屋に居たんだ」 「えぇまぁ····」 「抜け駆け····してないよね?」 「してたぞ」 「ちょっ、アナタ何言ってるんですか!?」 「なるほどね。そういう事。ふ~ん····。 ヴェルは?」 「だって、さっきはノーヴァばかりだったじゃないですか····。ヌェーヴェルは、また眠ってしまいましたよ」 「まぁ、仕方ないね。今回だけは見逃してあげる。面白いものも見れたことだし、ね?」  ノーヴァはノウェルをじっと見て、にやりと下舐めずりをした。ノウェルは「バカどもめ!」と吐き捨て、急ぎ早に屋敷を出ていった。  自室に戻ったヴァニルとノーヴァ。灯りもつけずに、椅子に縛りつけたヴァニルの性器をノーヴァが扱き続けている。イきそうでイけない、絶妙な加減を効かせている。これは、仕置きと称した遊びだ。  耐え切れなくなったヴァニルは、一度だけイかせてほしいと懇願する。そうして漸く、深い快感を与えてもらえるのだ。 「ん····ノーヴァ。あの男、気をつけないといけませんね」 「ノウェルの事?」 「えぇ。放っておくと、いつかよからぬ事を仕掛けてきそうで」 「大丈夫じゃない? ただの意気地無しの変態でしょ」 「ははっ、酷い言われようですね。何かありましたか?」 「さっき、ヴァニルが部屋から出てくる前──」  ノウェルの痴態を目撃した旨を話すと、ヴァニルは腹を抱えて笑った。 「あっはははは····ふぅっ····あの人、随分と拗らせていますね。いやぁ、実に滑稽だ」 「うん、混じれば良かったのにね」 「え、嫌ですよ。せっかく私の番でしたのに」 「抜け駆けね。はぁ······喉が渇いたな。ヴェルの所に行こうよ」 「そうですね。私も笑い過ぎて喉がカラカラです」  そう言って2人は黒い翼を広げ、ヌェーヴェルを求めて窓から飛び出した。

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