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第1話 婚約者にめちゃくちゃディスられてる

「もう嫌だ! なぜあんな高飛車なヤツが僕の婚約者なんだ……!」 その悲痛な叫びを聞いた瞬間、オレの脳裏に、ある筈のない記憶がフラッシュバックする。奔流のように流れ込んでくる記憶に頭の中が掻き乱されて、強烈な目眩を感じたオレは扉の前でひとり静かにうずくまった。 扉のむこうでは落ち着いた男の声と、さっき叫んでいた声変わりもまだなんだろうボーイソプラノの会話がなおも続いている。 オレは目眩と頭痛に苛まれつつも、その内容に聞き耳を立てずにはいられなかった。 だって、扉の向こうで泣きながら「もう嫌だ」って叫んでるのは、間違いなくアールサス・デュール・ド・エルトライク……オレの婚約者だ。 もちろん『あんな高飛車なヤツ』はオレの事に違いない。 さもありなん。 はっきり言ってオレはアールサス様にとっちゃあ『慇懃無礼』が服着て歩いてるよう見えただろう。さっきだってアールサス様に嫌味だと受け止められても仕方ないような事をたくさん言った。 でもオレだって、14歳の誕生日を迎えてすぐに突然お父様から、見も知らぬひとつ年上の『男の子』が婚約者になるんだって聞かされて混乱してたし。 お父様に連れられてこのお屋敷に『ご挨拶』に来てみれば、その婚約者らしき男の子から明らかに不満そうな顔で睨まれてムカっ腹が立ったし。 しかもそれからは、オレが訪れるたびに面倒そうな仏頂面してるし。 婚約が決まってこの三ヶ月、いい思い出なんか一個もない。オレだっていい加減、嫌味のひとつやふたつ、言ってやったっていいって思ってたんだよね。いや、ひとつやふたつどころじゃなく、めいっぱい言ったけど。 扉の向こうでは、アールサス様と、そのお父様である伯爵様がなおも会話を続けていた。 「すまないな、アールサス。しかし今は彼らの資金がどうしても必要なのだ。少なくとも数年はこの婚約関係は持続しなくてはならない。ボルド商会は資金を、こちらは婚約による貴族社会での信用を、互いに提供することになっているのだ」 「……っ」 「どうしても嫌ならばこの婚約は解消する。しかし、せめて三年。三年だけでも我慢してくれないか。このままではわが領は破産してしまう」 「……っ」 グスっ、グスっ、と鼻を啜る音が聞こえる。それを聞いてたらなんだかオレまで悲しくなって来て、オレはそのまま踵を返して元いた書庫まで戻ってきた。 そもそもオレは案内された書庫で本を読んでいたんだ。伯爵位を持っているエルトライク家の歴史ある書庫には、オレの興味をひくような面白い書籍がたくさんあったから。

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